第0話 -中編-

彼は僕を見て笑顔になると、それと同時にバケモノの首を斬り落としていた。

男性は電柱のてっぺんからバケモノの首をどこかへ投げ捨てると、そのまま一歩進む。


当然、その先は空中。

「危なッ」


男性は余裕の笑みのまま、下降してきた。そして地面にあっさりと着地する。

そのまま変わらぬ笑顔で大太刀を鞘に収める。


「え?」

「若宮弓だな?」


僕は一瞬、脳内の時間が止まった。

なんだ、この人。


なんで平気なんだ?なんで普通に話しかけてきてるの?たくさんの疑問が、頭の中で大氾濫する。


「いや〜、運が良かったよ。この資料だとお前のいる児童養護施設の場所がよくわかんなくてさ。道に迷って大変で大変で」


理解出来ずに固まる僕を無視して、彼は無遠慮に続ける。

「ましてや長野なんて土地勘ないとこで迷子とか、辛かった〜。こんな早く見つかって、ほんとよかった」


彼はうんうん、と何か偉大なことを達成したように大層な演説をする。

さらにはよくあるスポ根マンガのように、僕の肩を親愛たっぷりにバシバシと叩く。


初対面の人間に対して、こんな一方的に話しかけてきて、肩を馴れ馴れしく叩くヤツがいようか、いやいまい。驚きより、恐怖だった。


ついにバケモノよりまずいヤツがでてきてしまった。僕はひざが笑えるくらい震える。


どうしよう。このまま金貸せって言われるのかな。絶対に返ってこないお金を、貸さなきゃいけないのかな。

僕、お金ないのに。

考えても仕方ないのに、無駄に考えてしまう。


逃げるという行動が一番最善のはずだ。

なのに、思考だけが無意味に回転して、体は死んでしまったように動かない。


だから、僕はダメなんだろうな。

ふ、とそんなことを思った。


児童養護施設のみんなが僕によそよそしいのは、バケモノ騒動からじゃない、元々だ。

たぶん、バケモノ騒動でそれが露骨になっただけ。


僕みたいな陰気で機転の利かないつまらないやつに、誰も近寄りたくなんかないよな。


もう、いいや。


「……お金でもなんでも貸します。臓器でも売ります」

男性の話が、ピタリと止まる。

「えーっと、何言ってんの」


彼は少し驚いたような顔をする。

「金とか臓器じゃなくて……ま、いっか」

彼は満面の笑みを浮かべる。


「俺の名前は若葉。君のお父さんの部下だ」


若葉、と名乗った彼の言っていることが、よくわからなかった。


「僕のお父さんの、部下?」

「おう」

アッシュグレーの髪が、光の反射で銀色に見える。

よく見ると、後ろで一括りにされた髪がしっぽのように揺れていた。


「鳳の家から、弓を迎えに来た」


僕は訳が分からなかった。


なのに、胸を新緑の風が吹き抜けていくような、爽やかな感覚。

彼が、この苦しさから解放してくれる救世主みたいに見えた。


「……いや、待ってください」


冷静になれ、僕。

目の前の男をジロジロと値踏みするように見る。明らかに、怪しい。


どう考えても銃刀法違反の大きな刀を、彼はのん気にゴツイ布でできた鞘にしまう。


着物を着崩したようなよくわからない格好も、学校で一番のマッチョと言われる体育の木原先生並の体格も、見た目から怪しさがすごい。

第一、顔も見た事のない父親の部下なんて、誰が信じるんだよ。


「何者ですか、あなた」

「俺?俺は若葉だってば」

「名前じゃなくて.......」

うーん、と頭をかいた後、彼は「あ」と何かを思いついたように笑った。


「弓、最近何か変なものみないか?」


首元にナイフを突きつけられたような感覚になる。たった一撃で核心を突かれた。


「変なものって、何ですか」

「さっきみたいなやつ」

男は「こんくらいの、さっきのイグアナの親戚みたいな〜」と手で形をつくり、忙しなく動かす。


「弓も見えてただろ? あれだよ」

「見えてたら、なんですか?」


若干半ギレな僕に気がついているのか気にしていないのか、彼はニコニコ笑いながら「あれね、妖」と勝手に説明を始める。


「あんなちっさいやつは大した害がない。アレに憑かれても、せいぜい腹壊したり犬のフン踏んだりする程度」


割としっかり有害じゃないか。

突っ込むと話が長くなりそうで、僕は大人しく黙って彼の話を聞くことにした。


「俺らが倒すのはもっとバカでかい妖。良くて火事や土砂崩れ。最悪は大地震や大噴火。誰かに憑くなんて、みみっちいもんじゃない。存在するだけで、害がある。そいつらを、倒す。弓のお父さんは、そういう仕事をしてるんだ」


なるほど。


僕は笑顔でうなずいた。彼も「わかってくれたか!」と満足そうに笑った。


そうして目を合わせたまま、僕はゆっくり彼から距離を取ると、一気に振り返って住宅街に似つかわしくないほど全力で走り出す。


言ってることが危ない宗教か頭のイカれた人間だ。誰が信じるかそんなこと!


「弓!」

「なんですか妖による大地震って! 地震や噴火のメカニズムくらい中学生でも知ってます!」


僕が走り出してから一瞬で追いつかれた。


母猫にくわえられた子猫のように、襟首を掴まれた僕は一通りじたばたした後、逃れられないことを悟って大人しくする。


「……離してください」

「弓、お前の施設にいる妖は中級だ。放っておけば、いずれ死人が出る」


彼の言葉にはっとして、僕は思わず振り返る。ばっちり目が合ったが、彼にはそらす気はないみたいだった。


「カマかけたつもりだったけど、やっぱり当たりか」

「んぐふっ」


手を離され、僕はあっさり落とされ、地面にへばりつくような体勢になる。

僕はすぐに、彼を睨みつけるように見上げた。


「カマかけたって、どういうことですか」

「多すぎるんだよ……にしてはな」


彼は僕の背後を指さす。恐る恐る振り返ってみるが、そこはいつもと変わらないコピーして貼り付けられたようにありふれた住宅街。


何もいないと抗議しようとすると、彼は僕の背後から視線をそらすことなく、「まぁ見てな」とだけ呟いて抜刀する。


『ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいい』


「ッ!」

刀が顕になった瞬間、耳が壊れそうなほど大音量と、形容しがたい不協和音が脳みそを直に揺らす。


三日間ほどの街の雑音を、全てこの数秒につぎ込みぐちゃぐちゃに混ぜたような叫び声に、車酔いしたときに似た吐き気を感じる。


耳を塞ぎながら振り返れば、そこにはありえないほどの数のバケモノがいた。


集合体恐怖症なら間違いなく泡を吹いて倒れるほどバケモノがひしめき合う状態で、さっきまで見ていたコピペ住宅街はすっかり唯一無二のオリジナルとして完成している。


「な?見えるやつには妖は寄ってきやすい。霊力があるからだ。妖は霊力を手にすればより強くなれる。だから集るのさ。逆に霊力があれば誰でもいい。それこそ自分より霊力を持つ妖でもいい。そんな訳で、強い妖は他の妖も引き寄せる。引き寄せられた妖の何体かが、こうして弓にストーキングを──」


「その説明まだ続きますか!?」

「続くけど?」

「後で何時間でも聞くので、どうにかしてくださいコレ!」


姿を現した妖は、どれも小型だった。施設にいるキメラのようなバケモノより二回り以上小さい。

中にはメダカくらいのものもいる。


でもこれだけ集まればかなり嫌だ。怖すぎる!


僕は彼の後ろに隠れるように、妖を指さして半分泣きながら「はやく!」と叫ぶ。

「じゃあ、こいつら蹴散らしたら施設に案内してくれる?」


僕は赤べこを五倍速にしたくらいの速さで首を振る。

それを見ると、彼は満足そうにうなずいて妖の方へ飛び出した。


その姿は、どこか初夏の風のようだと思った。


彼は大きな刀を思いっきり振り回すと、小さな妖は一振りで十体以上倒される。


二回ほど振り回したら、彼は大太刀を地面に突き刺し、腰にさしていた脇差を抜く。

取りこぼした妖を素早く突き刺すように斬っていけば、ものの数分で妖は一掃された。


「よっし、こんなもんかな」

脇差を鞘に収め、地面に突き刺さった大太刀を抜く。


せっかく半年前に舗装された道路は、可哀想なことに穴が空いて周辺がひび割れていた。

アスファルトを突き破る大太刀の強度に腰を抜かしつつ、いとも容易く突き刺した彼の馬鹿力にも腰を抜かしそうだ。


「弓〜、案内頼むぜ」

「若葉さん、あの、コンクリ……」

「若葉でいいよ。さ、施設に行こうぜ!」


彼は肩を組むと、酔っ払い以上ののご機嫌さで僕を引きずって行った。

施設の場所、そっちじゃないんですけど……

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