第26話 百合のノリツッコミ

 それは突然の出来事でした。


「マアガレットお嬢様! 急な来客が来ました」


 私とマアガレットが午後のティータイムを過ごしていた所に、カレンダが急ぎ報告に来た。


「……何事でしょう?」

 

 マアガレットは先程まで私の首筋を舐めていた唇をハンカチで拭いながら、席を立ち上がった。


 はぁはぁ、助かった……アポ無し来客ありがとう。


 邪魔者マアガレットが居なくなったので、お菓子の残りを全部いただく事にした。


 “はぐぶしゅっ”


 まったく、彼女がいるとお菓子もろくに食べれない。

 私の唇を見ながらエルサの顔が近付いた。


「ユリお姉様、こんなにお口を汚して……」


 “チュッ!”


 えっ⁉︎ 

 そう言ってエルサは私の口にキスをした。

 私はエルサの不意打ちにナスがママの状態……しばらく二人の時間が続いた。


「……お姉様が可愛くて……食べてしまいました」


 エルサはハニカミながら私に微笑んだ。


 甘酢っぺぇ!


 いえ、これはいけない! エルサが可愛くて受け入れている自分が怖い! 私の名前は百合ですが百合ではないのだから。


「どうぞ、こちらに」


 マアガレットの声に振り向くと黒服の令嬢がうしろに付いて来たのが見れた。

 さらにそのうしろにはカレンダと……見知らぬ初老のダンディーが! おそらく黒服の令嬢の使用人と思われる。


「ご一緒してよろしいかしら」


 この黒い衣装は……ゴスロリ! この令嬢の黒服は間違いなくゴスロリファッションだ。

 全身がほぼ真っ黒でフリフリが付いている。

 頭には機能してない小さな黒い帽子を乗っけて、おまけに機能してない小さい黒の傘、アンブレラを手にしている。

 さらに決定的なのが、髪型も縦ロールの黒髪で決めている所だ。

 彼女はゴスロリ好きな人である事が決まりだ。

 年齢は……カレンダよりも歳上に見える。

 二十代後半、三十代前半といった所か。


「マッ! 返事もなさらないのですね」


 私がゴスロリのファッションチェックと人物分析をしていて返事をしなかったせいか、黒服の令嬢はご立腹のようだ。


「どうぞ、こちらの席へ」


 それを察したマアガレットは黒服の令嬢をテーブルに案内して事を収めようとした。

 黒服の令嬢は私を睨みつけながらイスに座った。


 怖いよ〜! 新たな出会いにすぐ反応できる私ではないんです! 察して欲しいわ。

 マアガレットの知人? やっぱりマアガレットの知り合いは変なのばっかりだ。

 今度から漆黒の年増と呼びましょうか?


「ご用件はなんでしょうか? その前にお名前を教えていただけないでしょうか?」


 あっ、マアガレットも知らないんだ。


「オホン!」


 咳払いで注目を集めた漆黒の年増は、まずエルサが用意した紅茶をすすり終えてから語り出した。


「ワタクシはペロリア国ノボルクスクス地区を治めるゴスロリスキー伯爵の長女リュドミア・ゴスロリスキーよ」


「ぷぷー!」


 名前の通りのゴスロリ好きで私は吹いてしまった。


「な、なんて失礼な人でしょう!」


 リュドミアは激オコだ。


「ぷぷー! だって、だってだって名前の通りゴスロリが好きなんでしょ、ぷぷー!」


 私の大爆笑は止まらない。


「なにを言っているの……?」

「ユリ! 黙りなさい!」


 リュドミアのクエスチョンにかぶせてマアガレットの叱咤が私に向かった。

 ゴスロリ好きとゴスロリスキー……この異世界の住民は、この意味が分からないようだ。


「ご、こめんなぷぷー!」


 私は手で口を押さえて笑いを我慢する事に専念した。


「それで用件とは?」


 マアガレットは私に構わず話を進めた。


「先頃クルミゴ国のセバス城でざまぁ大会がありましたでしょ、それにワタクシも参加するはずでしたの」


 あれはざまぁクイーン戦ではなく、ざまぁ大会というイベント名だったのか。

 それにあの城はセバス城という名前だったのも初耳だ。

 マアガレットはあまり、この異世界の世間の事を教えてくれない、教えるのは女性同士のイヤらしいコトばかり。

 ペロリア国もこの神聖タルタルソーニア帝国の五国の中の一国で、ここクルミゴ国の東隣の国であるのもカレンダから教えてもらったのだから。


「ざまぁ大会は女子の部、男子の部の合わせて二週間ありましてよ。

 それぞれの最終日にざまぁクイーン戦と、ざまぁキング戦が行われるのがならわしなのに、ざまぁクイーン戦は初日に行われて、しかもクイーンのアンジ様はお倒れになって最終日にも出て来られなかったではありませんか」


 説明ありがとうございます。

 なんと、あんなざまぁな大会が二週間もあったなんて!

 男子の部があるなんて事も知らなかった……別に知らなくてもイイんですけど……

 どうやら私たちは初日にざまぁクイーン戦を行い、初日で退散したようだ。


 リュドミアは紅茶をすすり、一休みしてからまた続けた。


「なぜ初日にクイーン戦が行われたのか知りませんが……ワタクシ、クイーンであるアンジ様と戦うこの日をずっと待ち侘びていましたのよ」


 そうでしたか……

「そうでしたか……」


 私の感想とマアガレットの言葉が重なってしまった。

 お姉様と、心が一致した感じが私……なんかやだ!


 初日にクイーン戦が行われたのはアンジの胸の秘密が私によって発覚したからだ。

 アンジは自分の胸かないのを私に八つ当たりした結果のバトルだ。


「それで話を聞いた所、リボンヌ家の者と対戦したとか……

 アナタが、あの無敗の技“ざまぁ返し”を破ったのですね?」


 リュドミアはマアガレットの顔を挑戦的に見つめた。

 ちょっと待て! アンジを倒したのは私なんだけど。


「アナタなら“ざまぁ返し”を防げたのかしら?」


 マアガレットはリュドミアに鋭き目つきで見返した。


「ええ、そのためにクルミゴ国に来たのですから。

 我ゴスロリスキー家では代々ざまぁの技の研究をしておりましてよ、そこで多くの技を生み出してましてよ。

 そこでワタクシは、最強の技“ざまぁ返し”を破るさらに最強の技を引っさげてやって来たのに……」


 まさか、ただただ最強の技を自慢しに我が家にやって来たのですか?


「マアガレットさん……いえ、マアガレット・リボンヌ!

 このワタクシと戦いなさい!

 無敗の技“ざまぁ返し”を破ったアナタと勝負がしたいわ!」


 私を無視して話が進んでいる。

 よかった、彼女はアンジを倒したのはマアガレットだと勘違いしてるのね。

 二人で仲良くざまぁ対決してくださいな。

 漆黒の年増の勘違いがバレないうちにトンズラしましょう。

 巻き込まれるのは懲り懲りですからね。


 私はこっそりイスから身体をずらして、しゃがんだままヨチヨチと皆んなに見えないように屋敷の中へと行進した。


「戦ってくれるでしょうね、わざわさ遠い隣国のクリミゴ国まで出向いたのですから。

 ワタクシに無駄足を踏ませるおつもりはないでしょうね」

 

 初めから戦う気マンマンのリュドミアはマアガレットしか見ていない。

 チャーンス! この隙に屋敷の中に隠れて閉じ籠ろう……しかしこの体制での歩行は牛歩なみのスピードしか出ない。


「フフフッ、ワタシではないわ!

 ワタシの大切な妹、ユリ! 彼女がアンジ様を倒したのよ!」


 そう言ってマアガレットは颯爽と私に指を差した。


(ぎょえっぴ!)


 リュドミアの視線がヨチヨチ歩きの私のおしりに向かった。

 お姉様、なんて事を!


 この漆黒の年増の技なんて、リボンヌ家の技で倒せるんじゃない。

 マアガレットが使った“石の心”や“猫の手借り”で!


「失礼ですが、アナタは既婚者ですよね。

 結婚した者はざまぁ能力が極端に落ちるはずでは?」


 マアガレットの質問にリュドミアの眉はピクリとした。

 そうだったんですか? まあ、結婚したら“ざまぁ”ではないですからね。

 そうですよね、基本、不幸だから“ざまぁ”が使えるって事ですね。

 それではお姉様は永遠に使えますね、ほほほほっ!


「……独身よ……ワタクシは離婚して独り身になったのです!」


 ほほぉ! こちらはバツイチですか、ざまぁですね、ほほほほっ!


「ユリとおっしゃりましたか、笑ってないでワタクシと勝負しなさい!」


 しまった! 声は出さなかったのに、顔に出てしまったようだ。

 あんまり、ざまぁのバトルには興味ないんだよね。

 めんどくさいし……

 でも、アンジの“ざまぁ返し”は楽勝だっので、リュドミアの技も楽勝でしょう。


 私は立ち上がり服のスカートを直しながら気を引き締めて、午後のティー会場に戻った。

 勝負をするのだから気合いは入れないとね。


 リュドミアは自分の懐に手を入れ、ガサゴソしている。

 あら、お肌のカサつきで痒いのかしら……

 

「ばふっ!」


 なんとリュドミアは私に黒い物体を顔に投げつけて来た。

 なんて失礼な!

 黒い物体を手で広げてみると……これは、黒い木綿のハンカチーフ!


「黒のハンカチ! それは……離縁を言い渡すハンカチ……」


 マアガレットが声を震わせ驚きの声で説明した。


「我ゴスロリスキー家では黒のハンカチがざまぁの決闘のしるしよ!

 さあ、ユリさんもワタクシにハンカチをお投げくださるかしら」


 あいにく今は持ち合わせていない。


「ユ、ユリ! アナタ、いつの間にこの女と付き合って別れたの!」


 マアガレットはリュドミアの話を耳にせず、私を鋭い目つきで睨みつけて来た。


 なになに? まさか……まったく検討違いもはなはだしい無意味な嫉妬をしていますよ、お姉様。

 離縁の黒いハンカチを投げつけられただけで、ここまで勘違い嫉妬が出来るなんて……

 ときどき、無駄に暴走するマアガレットお姉様だコト、ほほほほっ!


 めんどくさいけど儀式をしない訳にはいかない。

 私はエルサに手を出してハンカチを渡すようジェスチャーした。

 私の可愛くて聡明な妹のエルサなら、これで十分わかってくれる。


「あっ、はい!」

 

 エルサの私のすべてを理解した返事が返って来た。


 “ガチャ!”


 私の手にはチーズたっぷりのパイケーキが乗ったお皿とフォークが置かれた。


「うんうん、ぱくっ!

 ……あっ、美味しい!」


 エルサのパイケーキは最高だわ!

 しかも、これは私のために作った、お砂糖たっぷりのユリ・スペシャル!


 違ぁうぅ‼︎

 こんなノリツッコミをしてる場合じゃないのよ!

 だいたい私はノリツッコミは趣味じゃないの!

 エルサはいったいなにを考えて私にパイケーキを?


 “ぷぎゅるるるる〜”


 あっ、お腹が……


「ぱくぱく、ぱくぱく、ごっくん!」


 私は食べ終わった皿とフォークをエルサに渡した。

 エルサはニッコリ微笑んで受け取った。


 はっ! エルサはこうなる事を見越して……どうやらエルサは私よりも本当の私の事を理解してくれていたようだ。

 ありがとうね、エルサ……

 私とエルサは微笑みあった。


「いったい、なんなんですか、この時間は⁉︎ ワタクシをバカにしておりますの!」


 リュドミアは当然の理由でご立腹だ。


「なにを言っているの⁉︎ 可愛いワタシのユリが見れたではないですか!」


 マアガレットはおかしな理由でご立腹だ。


 

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