第22話 百合の新しい宇宙

 ベットの上のフィールドは、大変な攻防が行われていた。

 マアガレットとメイドのカレンダのオフェンスが激し過ぎて、私のデフェンスはあっけなく突破された。

 二人の攻めは的確で、私の寝巻きはあれよあれよと脱がしていく。

 私の抵抗は虚しく打破され、あっという間に身包みを剥がされた。

 だめぇ……これ以上は……二人の危険行為を止めないと……私……


「ぴっ、ぴいー! あ、あなた達、レ、レッドカードで退場ですあぁぁん!」


 私は指を刺し笛を吹くふりをして二人を静止しようとした。

 でも二人は私のジャッジを無視して、自分たちの服も脱ぎ捨て迫って来る。


 私に迫ってくるその姿は人の皮を被ったオオカミだ。


「ぴぃ、ぴぃぃ」


 オオカミに睨まれた、か弱いベリープリティーな私は、とってもベリーデリシャスなヒヨコのように小さい悲鳴をあげた。

 怯えた私にさらに興奮した二匹の肉食動物は、小動物の私の身体をむさぼり初めた。

 もう意識が飛びそうです。


「あん、私……飛びます、飛びます!」


 ベットという名のフィールドは混沌と無秩序な状態になり、私は目の前が真っ白になって……そして真っ暗となった。



   ***



 はっ! なになに?

 突如、暗闇の中……私、飛んでる?

 光? 星? 宇宙! 宇宙の中にいる!

 地上から見る星々ではなく、CGで描かれたような銀河系が見える大宇宙だ。

 ひとつの大きな銀河系があって周りに小さな星々が散りばめてある、それ以外の周囲は真っ暗でなにもない空間。

 まるで新しい宇宙が生まれたみたい。

 そこに私はぽつんと漂っていた。


「やっと見つけたわ」


 どこからか女性の声がした。

 その方向を見ると、日本の古い時代の服装に似た服の女性が立っていた。

 どこかで見たことがある。

 そう、あの去り際が情けないクノイチの上司の姫巫女の服装そっくりだ。


「うぃやぁぁー!」


 その女性は顔が無く、それだけではなく手も見えない。

 でも服の中になにも無い訳でもなく、人が入っているかのようなふくらみがある。

 まさに透明人間だ。


「貴女の身体は私のものなのです」


「ぎょえっぴ!」


 またまた百合案件です。

 また顔も口もなく、よく喋られるよねぇと感心したりもした。


「いいですか! その身体、絶対に男どもに汚されてはなりませんからね。

 私たちは別々の異世界を過ごしていますが、いずれその身体は私とひとつになり新世界の礎となるのです。

 くれぐれも私がいただくまでその身体、綺麗にたもつのですよ」


 恐ろしい……どの異世界も百合ばかりなの?

 堂々と交際宣言をされてもイヤなものはイヤ!

 もういい加減にしてほしいです。


「お、お化け百合のあなたと、百合世界なんて断固お断りします!」


「ダマらっしゃい!」


「きゃん!」


 私の悲鳴の背後から、なんらかの力を感じた。

 でも確かめる余裕は萎縮している私にはない。


「クルクル~クルクル~!」


 どこか聞き覚えのある鳴き声が聞こえた。


「なぜ? なぜみゃー助、邪魔をする?」


 透明人間姫巫女が戸惑いの声を発した。


 えっ……みゃー助?


 訳が分からない内に大宇宙が透明人間姫巫女を中心に回り出した。

 私も反対向きに回って、どんどん星々が遠ざかっていく。


「目が、目が回るぅ~!」


 どうやらこの世界から弾き出されるみたいだ。


「クルクル~クルクル~」


 みゃー助の声が頭に響く。


「酔う、酔うぅ……うっ!」


 私はブラックアウトしてフェードアウトした。


「気持ちわる……うえっ!」




   ***




「……ユリ、ユリ!」


 金色の光が見えてきた。

 サラサラと揺れる金色は絹の糸のように私の身体を締め付けている?

 

「ユリ、ユリ! しっかりして!」


 えっ、マアガレットお姉様!

 マアガレットが私の顔を覗き込んで彼女の金色の髪が私に絡み付いていた。

 ここは……ベットという名のフィールド。

 私……戻って来た?


「うえっ、うえっ」


 みゃー助のクルクルの酔が残っている。


「ユリ!」


 裸のマアガレットが心配して左手で私の身体を揺さ振りながら、右手で私の身体をまさぐっている姿が見えた。


「うえっ、あっ、お姉様、うえっ、ああ~んあん!」


「大丈夫ですか、ペロペロ、ユリお嬢様? うなされていましたよ、ペロペロ」


 裸のカレンダが私のことを心配そうに見ながら、私の身体を舐め回しているのを感じる。


 マアガレットは顔をさらに私の顔に近付けた。


「エエッ、いつもの可愛くて食べたくなるような表情が、ハァハァ、恐怖で苦しみ悶える表情になって心配したのよ、アァッ」


 私を心配してるのに攻めるのを止めない二人が恐怖なんですけれど……

 とにかく夢のことを忘れる前に皆んなに話しておこう。

 いえ、夢じゃない。

 これは……宇宙から私へのコンタクト?

 とにかく話している間は解放されるはずだから話さなくては。


「わ、私、クノイチの上司の、あん! 姫巫女に会いました、あふ~ん!」


「それって、ユリ、アン! 詳しく話して! アフ〜ン!」


 私をまさぐるマアガレットの手に力が入った。


「ひ、姫巫女がだめぇ~ん!」


「ハァハァ、どんな事をされたの⁉︎」


 マアガレットの理性は私の話を聞きたいのだが、マアガレットの欲望は私の体をまさぐる事に夢中になっている。


「現れ、あら、あら、泡わあぁあ~~ん‼︎」


「ユリ、ユリ! 話して! ユリ~~‼︎」


 マアガレットの口とは裏腹により動きが激しくなったので欲望の勝利です。


「あぁぁんあん……」


 意識は飛んでイき、記憶もまた飛んで真っ白になって、私はすべてを忘れてしまいました。



   ***



「もどかしい~あの身体が欲しい~わ」


 日本家屋風の館の謁見の間から、うらめしの声がした。

 豪華な着物から発せられるその声をクノイチことハッタリバンコ(貼足番子)は膝まずき、こうべを垂れながら聞いていた。


「審判者のみゃー助は本当に私の味方なのかしら……あんな野蛮な世界に置いて……あの身体になにかあったらどうしてくれるの。

 審判者のくせに……」


 みゃー助審判者との不正を堂々と発言した着物の人物は座布団を九枚重ねた上に座って文句を言っていた。

 なぜ九枚か? 十枚でご褒美の豪華賞品がもらえるが、今の自分の力はあと一歩で、まだそこまで達していないとの思いからだ。

 げんかつぎのようなものである。


 ときどき行う姫巫女の奇行に異世界の住民は理解できなかったが、全人には到底及ばない崇高な行いなのだと人々は語り合った。

 クノイチの番子も理解できなかったが、とても尊い行為であり微笑ましかった。

 

「無理! あんな汚らしい男どもに汚さられでもしたら、もう耐えられないわ!」


 思わず想像していまい、着物の袖が胸元を押さえて震え出した。

 だが、そのせいで重ねた座布団から落ちそうになり、袖がバランスをとるために今度は左右に伸ばすはめになった。


「はっ、大丈夫です!

 百合様は共に過ごす女性たちに囲まれて、それはもう大切に保護されています。

 汚らわしい男どもなど、遠ざけてくれるでしょう」


 番子は恐る恐る見上ながら、姫巫女を安心させる言葉を発した。

 袖でバランスを取る姫巫女の身体はもちろん透明で見えない。

 だが番子には可愛くて美しい姿に見えた。

 以前は妄想するしかなかった顔も、今はあの百合の可愛くて美しい表情を照らし合わして想像することで、具体的に見えるようになった。


「わ、私はこれからの『宇宙ざまぁ大戦』に向け力を蓄えるため、引きこもることにします。

 く、くれぐれも汚らしい男どもにあの身体を触れさせないように、し、しっかり見張るのですよ……清らかで汚れのなき身体を保つために……」

 

「はっ! 承知しました。

 あちらの世界で百合様は彼女たちにとても大切にされています。

 汚らしい男どもの突き入る隙間はまったくないでしょう!

 ……百合様の愛されようは、それはそれは大変なもので……とても……羨ましいです」

 

 ついにバランスを崩して足をついた姫巫女は、そのまま番子の近くまで歩いた。


「番子、私も貴方を大切に思っていますよ」


「はっ? ははー!」


 番子は百合にスキンシップを取る彼女たちが羨ましいのであって、自分が姫巫女に大切にされていないとは思ってもない。

 でも姫巫女の思わぬ勘違いの、思わぬラッキーに胸のときめきは止まらない。


 姫巫女はしゃがみ込んで、無い顔を近付けた。


「番子、決してあの野蛮で汚い男どもをあの身体に近付けてはなりませんよ。

 手遅れにならないよう、あの身体の清純を守り抜くのです」


 ああ、すぐ目の前に姫巫女がいる。

 大好きで憧れの姫巫女の体温と息遣いが感じるられるかのような気がして番子は、うれション状態になったといっても過言ではない状態である。

 もちろん実態のない姫巫女からはなにも出ていない。


「はぁはぁ、絶対に手遅れにはさせません、百合姫巫女様! すぅはぁはぁ」


 もう我慢できない番子は姫巫女の妄想の匂いを思いっきり吸って、ひとり絶頂状態に陥った。


「はあ~ん、百合姫巫女様ぁ~!」




   ***




「もう手遅れよ、ユリ」


「え~そんなぁ、マアガレットお姉様」


 朝、カレンダが用意した馬車に乗る前の話。

 また帰りの道中、二人の容赦ないセクハラに見舞われるので、難から逃れるためエレェイヌの馬車に相乗りさせてもらえないかマァガレットに懇願したのだ。

 エレェイヌごときのセクハラならかわせるとの判断だ。

 しかしマァガレットはもう手遅れだし、させないと言ってきた。

 ここで暴れて逃げ出しても良い事はないので馬車に渋々乗り込んだ。


 ああ、まためくるめくエロい拷問がこの馬車の中で行われるのね……憂鬱のまま席に座った。


「ユリ、我が家に帰るわよ」


 元気の良いマアガレットの声が馬車の中で響いた。


 我が家……


「ユリお嬢様、二人が待っていますよ」


 前で馬車の手綱を握っていたカレンダがこちらを振り向いて優しい笑顔で声をかけた。


 可愛い妹分のテルサとエルザが我が家で待っている……

 私は暗い未来に光が差したように思えて声を張り上げた。


「イエッサー!」


 帰れる……今はあの家が我が家だ。

 懐かしい気持ちが湧き上がり、なんだか希望に満ちた気持ちになった。

 マアガレットの顔を見て、カレンダの後ろ姿を見た。

 マアガレットは私に笑みを返してくれて、カレンダの背中からは私への想いが感じられる。


 そう、私は愛されている。

 今までの人生でこんなに愛されたことはない。

 ただ彼女たちの愛情表現が激しすぎるだけ。

 優しさあふれる二人を見て、これから馬車の中で拷問が行われると思った自分があさましく感じられた。

 それに家に帰ったら存分に引きこもれる、ワクワクが止まらない。


「サア、ワタシ達の家に出発よ!」


 マアガレットが出発の合図を出した。


「家っさー!」


 私が応えた。


「フフッ、ユリったら……フフフフ」


 マアガレットがいやらしい目つきでワクワクしている私を見つめ舌をなめずり回した。


 私を乗せた拷問馬車は長い道のりをかけていった。

 

 

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