第15話 百合の私の秘書

 村の厄災から帰ってすぐ、私はお風呂ですべての災いを洗い流すようにごしごし全身を洗いまくった。


「ユリお嬢様! いい香りのお香をお持ちしました」


「ご苦労」


 私は問題を仕出かし、皆んなに迷惑を掛けた事を忘れたかのようにカレンダに偉そうに応えた。

 カレンダはなぜか口元にタオルを巻いてお香を用意してくれた。


「あ~、いい香り」

 

 あぁ、今日は色々な事があり過ぎて頭がくらくらする思いだったわ。

 あら! 本当にくらくらする。

 私は意識が遠のいて昏倒した。


 皆さんはいけないお香(薬品)は絶対使用してはいけません。

  ***

「ぎょえっぴ!」


 目を覚ますと、私はまた地獄の地下の拷問室で、裸のままM字開脚で縛られていた。

 そこには私の姉妹達、いえ悪魔、それも餓鬼と呼ばれる部類の魔性の者たちが待ち構えていた。

 彼女たちも全員裸で私の大切な秘密の花園をガン見していた。


「ごめんなさい! みんな私が悪いのです! 謝りますから酷い事しないで!」


 私は必死で懇願しました。


「謝ります?」


 餓鬼のリーダーのマアガレットが私にではなく、大切な秘密の花園に対して聞き返して来た。

 どうやら餓鬼の皆さんは私に直接対話するのではなく、私の大切な股間をまるで私の秘書のように扱い、まずは秘書に話を通してからオーナーである社長の私の元に来る手筈になっているようだ。


「確かに酷すぎる演説だったけど、そんな理由でここに連れて来た訳ではないわ」


 え~! それ以上の事、私なにかしました~?


「再来週、お城で武闘会が行われるのよ」


「舞踏会?」


 私は前回と同じ聞き間違いをした。


「そこで“ざまぁ”のチャンピオン、ざまぁクイーンと戦って欲しいの」


「ざまぁ……?」


 嫌です! とは言える雰囲気ではない。

 それにざまぁクイーンだなんて、なんてざまぁな女王なんでしょう。


「そのためにはアナタには精神的に強くなって欲しいのよ」


「この前の拷問で羞恥心は死んでしまいましたから魔改造は成功しました。 

 ですからそれ以上の拷問はもう必要ありません!」


 一刻も早くこの場から逃げ出したくて私は言い逃れをした。


「……やはり思った通り、勘違いしているようね」


 餓鬼リーダーは私の頬を優しく愛撫しながら応えた。

 マアガレット餓鬼の瞳は優しさよりも、憐れみに近いモノだ。


「今日の人格修正のテーマは『羞恥心ほど気持ちいいモノはない!』よ!」


 な~んですか⁉︎


「自分の秘密や失敗を誰にも知られたくないと思う気持ちが羞恥心を産むのは分かるよね。

 でも、その秘密や失敗が皆んなにばれた時、最大の羞恥心に苛まれるけど……その先には心の中で今までに味わった事のない高揚感が芽生え始めるのよ」


 ないないない! それは貴方たちだけです。


「ユリお嬢様も、羞恥心の最果ての高揚感を味わってみたいでしょ」


 いいえ、味わいたくありません!

 カレンダ餓鬼が私の胸の突端をクリクリしながら怪しい瞳で迫った。


「ユリお姉様と秘密を共有出来たら、なんて素晴らしい事でしょう!」


 私の秘密は私だけのモノです!

 エルサ餓鬼がうっとりとした目で私の太腿を撫でながら語った。


「ユリお姉ちゃんの恥ずかしいトコロをもっと知ってハイになりたい!」


 それはヤバイ薬ですよ。

 テルザ餓鬼は反対側の内腿を触れながらニコニコして喋り出した。


「羞恥心の行き着く終着点が、天にも昇る高揚感!

 そしてそれが愛なのですよ、ユリ」


 マアガレット餓鬼は私の大事な秘書を撫でながら演説した。


「あぁいぃん!」


 いいえ、行き着く先はエロチズムです。

 大悪魔であるマアガレット餓鬼が私の大切な秘書を直接指を差して指示をした。


「ユリ、羞恥心の上限を知って初めて“石の心”が使えるのよ」


 石の心⁉︎

 なかなか正体を明かしてくれない秘技“石の心”ですか?

 ……そんなに使いたいとは思ってはいない。


「さあ、未知なる世界へ」


 皆さんが私の大切な秘書を問い詰め責めるようにガン見ているため、私の秘書は涙を流してしまいそうになっている。

 私には皆さんの事がドス黒いブラック企業の幹部に見えた。


「うぃやぁぁぁー!」


 ブラック企業からありとあらゆる誘惑の触手が伸びて来た。


「ユリ、アナタを最高の妹、愛妹に育ててあげるわ」


 マアガレット餓鬼から変態に育ててもらわなくてもケッコー。


「ユリお嬢様、教育的指導を受けてもらいます」


 カレンダ餓鬼は学校の先生になった。


「ユリお姉様、ワタシたちの愛を育みましょう」


 エルサ餓鬼、いったいどんな愛ですか?


「ユリお姉ちゃん、発育ざかりだから」


 テルザ餓鬼、意味が分からない。


 たくさんのしがらみが私に巻き付き、ブラック企業への愛社精神を成育しに来る。


「ああ~ん! くっ! いく、いく、育ー!」


 地下の拷問室は愛育の場と化した。

  ***

「今日もエルサが入れたお茶が美味しいわ」


 私は裏庭でお茶を飲みながら、午後のひとときを楽しんでいます。

 側にはエルサが寄り添ってお菓子の用意をしてくれました。


「まあ、美味しい」


「今日も腕によりをかけて作ったお菓子です。

 ユリお姉様に喜んで頂き、とても嬉しいです」


「エルサ……」


 なんて可愛い子なのかしら……


 “ガチャコ!”


 お菓子を食べようとフォークを刺したらお皿にぶつかってフォークを落としてしまいました。


「アッ、ユリお姉様!」 


「私ったら、フォークを落としてしまって」


 エルサが先に左手でフォークを拾い、そのあとから私が右手で拾おうとしたら、指と指が重なり合ってしまいました。


「アッ!」

「あぁ~ん!」

 

 触れ合ったお互いの指が自然と絡み合う……

 フォークはそのままで、私達は絡め合った指を握りしめながらお互いの瞳を見つめ合う……


「ユリお姉様……」

「エルサ……」


 見つめ合う二人は頬を赤く染め、恥じらいの表情を見せ合いながらも絡めた指は離しません。

 あぁ、恥じらう二人の乙女のひととき……

 二人の瞳は潤み、花も恥じらうほどの笑みで見つめ合うのです。

 乙女達の心は、この時間が永遠であれ! と願うばかりであります。

 これこそが羞恥心の先の高揚感なのですね?


 安心しきったのも束の間、エルサの右手が私の胸を狙っています。

 私はすかさず左手で牽制してエルサの指を絡め取りました。

 そして二人は両手を固く握り締めます。


「アッ! ユリお姉様……」


 再び私達は見つめ合い顔を赤らめます。

 そう、これよ! これなのよ! これこそが乙女の花園!


 私の名前は百合ですが、百合ではありません。


 この乙女の恥じらいのおかげで、魔改造による洗脳が解けて消えた。

 エルサから愛を感じ取った私は、地下の拷問室の性教育など清らかな私にはお門違いである授業だと気付かせてくれた。

 でもこの『乙女の花園』な関係も憧れのひとつ。

 

 私は嬉しくてエルサに微笑みかけた。

 エルサは私の笑みに、はにかみながら微笑んでくれた。

 私もエルサの表情に、はにかみながら必殺の“微笑み返し”を使った。


 これはエロスのない純粋な愛の形……


 私は秘技“微笑み返し“を繰り返しながら幸福を噛み締めていると、突如マアガレットが割り込んできた。


「これから“石の心”の特訓よ!」


「お姉様の、いけず」


「ユリ! なにか言ったかしら」


 私は思わず両手でV字のダブルピースをして平和的に誤魔化した。


「い、いえーぃ!

 お姉様の、いえーい!」

  ***

「い、いえ~い、ぐじゅ、ぐじゅ」


 なぜ私が泣いているかというと、また地下の拷問室という名の地獄で、裸でV字開脚で脚を開いた状態で縛られているからだ。

 脚で大きなV字のピースサインですが平和的には見えない。

 事件です、犯罪です。

 いくら世界が違うとしても、誰が見ても全裸拘束監禁は犯罪です。


 主犯格のマアガレット餓鬼が裸で迫って来た。


「ユリ、恥じらいの奥深さは理解出来たかしら」


「い、いえっさー!」


「“石の心”は我一族の秘伝の技なの」


 秘伝の味? 私はなんだかお腹が空き始めた。


 “ぎゅるっぴ!”

 

「いや~ん、恥ずかしい!」


 またお腹が鳴った私は皆んなの前でぶりっ子した。


「クスッ! 今のアナタ、とっても素敵な笑顔だったわよ」


「えっ!」


「ユリ、お腹が鳴るというとても恥ずかしい所を皆んなに知られたのに、気分は高揚していたでしょ」


 た、確かに……皆んなに知られたくないはずなのに、皆んなにバレたら気分がハイになったような気がする。

 私も餓鬼の一員になってしまったのか?


 いいえ、私は人間だ。

 魔改造を受けたが、心の大部分はまだ正常な人間のままだ。


 “ぶるるるふぁ!”


 私は首を横に振って彼女らを全否定した。

 だって恥ずかしい事は恥ずかしいんだもん。

 私は貴女達と違って人としての尊厳があり、これを守り通したい。


 全否定の私に、カレンダが私に直接ではなく私の秘書を通して話し出した。


「ユリお嬢様……ユリお嬢様は最初からコチラ側の人間でしたわ」


 そ、そんな~! 首を振り続けた。

 そんな私にエルサが私の秘書に訴えかけるように話し掛けた。


「ユリお姉様! ワタシ達は素敵な愛姉妹になれます!」


 私は餓鬼にならない!

 テルザも私を見ず、私の秘書に近付いて元気よく話して来ました。


「ユリお姉ちゃん! 一緒にイキたいよー!」


 だからヤバイ薬は止めなさい。


「ユリ! ワタシを受け入れて!」


 最後にマアガレットお姉様が私の秘書に顔を近付けて、私の秘書に対してTOB[株式公開買付け]の話を持ちかけて来た。


「アナタはワタシの物よ、ユリ」

 

 そして私の顔を……私の瞳を見た。


 どうやら餓鬼共は私の秘書に一旦話を通してから私にアポイントメントを取るというTPO[時間、場所、場合]をわきまえた社会人だったので、もう受け入れるしかなかった。


 だって皆んなの熱い視線と興奮した吐息が、私の秘書を刺激して熱い涙を垂れ流させたのだから、私自身が受け入れない訳にはいけない。


「わ、私達は……姉妹です」


 秘書だけではなく、私自身も目から涙を流していた。

 泣きながらも、なぜか笑顔が止まらない。

 きっと私は壊れてしまったのだろう。

 私はワンマンオーナーからマアガレットCEO[最高経営責任者]の姉妹グループ入りを果たした。


「それじゃ、まず奉仕精神を植え付けることから始めましょう」


 にこやかな姉妹たちの顔がハゲタカに変貌した。


「あん! やめて、そこだけは! いいっ、いいの! い、い、育ぅ~!」


 私の中にも餓鬼、悪魔が育ち始めた。



   ***



 今日は皆さんで午後のティータイムです。


「ユリお嬢様、姉妹としてすっかり馴染んでいらっしゃいますね」


「ふふふっ、カレンダさん、私は初めから姉妹でしたわよ」


「クスクス、そうでしたわ」


 カレンダは私が食べ終わったお菓子の皿を下げてくれました。


「マア、ユリお姉様ったら」


 なぜかエルサが呆れ顔で私を見ていました。


「ユリお姉ちゃん! 顔にお菓子がいっぱい付いてるよ!」


 そう言ってテルザは私の口元に付いたお菓子のカケラを舐め取ってくれました。


 “ペロペロ”


「マア、二人ともはしたないですよ」


 そう言ったカレンダも笑顔です。

 エルサもテルザも笑顔です。

 そんな皆んなに私は必殺“微笑み返し”で返しました。


「ユリ、いよいよ明日、出発よ。 

 城でざまぁクイーンと勝負よ」


 マアガレットお姉様が、またメイドたちとのにこやかな会話に割り込んで来ました。


「タダ、勝負出来るかどうかはクイーンの気分次第よ。

 ワタシもいろいろ仕向けてみるけど、アナタも挑発してその気にさせるの」


「私、戦って勝てるのでしょうか?」


 ずっと不安に感じていた事をマアガレットお姉様にうかがいました。


「クイーンは確かに強いわ。

 クイーンは王族の血筋で、公爵よ。

 公爵令嬢という事ね」


 “公爵”“令嬢”!

 これはウェブ小説のハッシュタグ“ざまぁ”と関連しているキーワードです。

 ひょとしたら、この世界は本当に恋愛シミュレーションゲームの世界なのかもしれません。

 だったら私は……最近は主人公の多い悪役令嬢⁉︎


「クイーンは王家の秘技を使う事が出来るのよ。

 デモ、アナタなら大丈夫! 王家の秘技にも対抗出来るわ。

 アナタの“ざまぁ”の力を見た時、まさに無敵、無双の強さを感じたもの」


 私が無双!

 ならば、この恋愛シミュレーションゲームは私がヒロインで主人公の美少女で、マアガレットお姉様が負け組の悪役令嬢で決まりです。


「だから試合が出来ればアナタは絶対負けない」


 なぜ、ざまぁクイーンを倒さなければならないのか聞きたかったけれど、お姉様は悪役令嬢に決まったのでいじわるで話してくれない気がします。

 それに勝てばなんの問題もないのです。


「らじゃ!」

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