第1話(3)予想だにせぬ半裸

 あっけらかんととんでもないことを言う隼子にやや面食らう大洋。


「し、しかし、そのわりには、飛燕さんも皆さんもなんだかのんびりしていますね。まあ大会が近いということで慌ただしくはありますが……」


「まあさっきも言ったように、この十数年、怪獣の出現やら古代文明人や異星人の侵略行為、反地球連合勢力のテロ活動なんかはそれほど活発なわけではないからね。大体、何故かはよう分からんけど、そういった事態は都会がターゲットになることが多いねん。それに比べたら、ここら辺の地方都市はまあ静かなもんやで」


「そうなんですか……」


「半年に一回位かな、佐世保にそういった緊急事態が起こるのは。それも防衛軍や大企業のロボットが鎮圧してまうから、ウチらにお鉢はほとんどまわってこんけどな」


「……出撃の場合はあの機体を使うんですか?」


 大洋が格納庫の隅に立つ、白い幌を被った機体を指差した。


「いやいや、あの機体はもう現役を退いたアンティークって話しや。大体幌を取ったとこ、ウチも見たこと無いし。出撃で使用するのは我が社自慢のFS(フタナベスペシャル)改や」


「飛燕さんも……?」


「え?」


「飛燕さんも出撃されるんですか?」


「あ、ああ、こう見えてもパイロットやからな、まあウチの場合は主に住民の避難誘導がメインやけどな……」


「でも必要に迫られれば……戦うんですね?」


「そ、そりゃあな」


「怖くはないんですか?」


「いや、そら怖いよ! 当たり前やん!」


「だったら何故、危険なパイロットを……」


 大洋の問いかけに隼子は俯いて小声で呟いた。


「戦わなアカン理由があるからや……」


「飛燕さん……?」


「あ~! ま、まあええやん! 乙女の秘密っちゅうやつや! そんなことよりさ、その『飛燕さん』っていうのをやめへん?」


「え?」


「歳も一個しか変わらんのやし、ウチのことは隼子って呼んでええよ! 何か名字で呼ばれると他人行儀な感じがするわ。同じ会社で働く家族みたいなもんやし、下の名前で呼んでや。ウチの会社の皆もそうやし」


「家族……ですか。分かりました」


「あ~敬語も要らん要らん! 何か調子狂うわ。だからウチもアンタのこと名前で呼ぶわ、そんじゃ改めてよろしくな、大洋!」


「分かり……分かった、よろしく、隼子」


「うんうん、それでええねん!」


 隼子は笑顔で大洋の肩を軽くポンポンと叩いた。その時、サイレンの音が鳴り響いた。


「⁉」


「警報⁉」


「……会社付近の海岸に正体不明の巨大怪獣が出現! 各員持ち場に着いて下さい! 繰り返します……」


 スピーカーから女性のアナウンスが聞こえる。隼子は白衣を脱ぎ捨てて走り出した。白衣が大洋の顔に掛かる。


「っ! 隼子! どこに行く⁉」


 白衣を除けながら大洋が問い掛ける。隼子が振り向かずに答える。


「決まっているやろ! 出撃や‼」


 隼子は更衣室で素早くパイロットスーツに身を包むと、第一格納庫に一機だけ残っていたFS改の元に駆け付け、機体の状態をチェックする大松に声を掛ける。


「大松さん、出撃します!」


「い、いや、しかし……」


「今会社に残っているパイロットはウチだけです! 大丈夫、やってみせます!」


「う~む……」


 大松は腕を組んで考え込む。大会に参加するため、正規のパイロットたちは皆機体とともに出払ってしまっていた。さらに社長以下主だった役職の面々も同様に不在だったため、現場の指揮権は古株の大松に委ねられていた。


「このままでは会社どころか、近隣の住宅地にも被害が及びます! 決断を!」


「わ、分かったばい! 飛燕隼子、直ちに出撃せよ!」


「了解!」


 隼子は敬礼すると、すぐさま機体に乗り込んだ。大松や整備員たちが離れたことを確認すると、全高8mのモスグリーンの機体を起動させ、出撃体勢に入った。一歩二歩とゆっくり前に歩くと、そこから勢い良く走り始めた。ガシャンガシャンという音を立てながら、格納庫から外に出た。


「さて、敵さんは……?」


 隼子がモニターを確認する。画面には海岸に上陸した怪獣の姿が映し出された。二足歩行で歩く、ワニのような外見の怪獣である。


「上陸してもうたか……」


 コックピットに通信が入る。声の主は大松であった。


「先程、付近の防衛軍にも出撃を要請したと! 隼子、くれぐれも無理は禁物ばい!」


「それは敵さん次第です……!」


 隼子は操縦桿を操作し、機体を怪獣に向けて急加速させた。怪獣の動きも案外素早かったため、想定よりも早く相対することとなった。


「うお……! 思ったよりもデカ!」


 FS改の頭部に備えられたモノアイ式のカメラで捉えた怪獣の姿を確認した隼子は怪獣の大きさにたじろぐ。モニター画面に分析データが表示される。


「体長約25m……! こちらの3倍以上のデカさやな! 種別データは……該当無し⁉ ちょっと待った、新種って奴かいな!」


 怪獣も隼子の機体を認識したようで、覗き込むような体勢を取った。


「未知数の相手やが……先手必勝や!」


 隼子のFS改がその腰部に付いたホルスターから口径120mmのチェーンライフルを抜き取って構える。しっかりと怪獣の頭部に狙いを定める。


「まずは眼を潰す! 喰らえ!」


 そう言って、隼子はライフルを発射した。放たれた弾は狙い通り怪獣の頭部に命中したものの、眼からは僅かに外れてしまった。怪獣は若干顔をのけ反らせた。


「眼は外してもうたか……⁉」


 次の瞬間、怪獣が右腕を振りかぶり、鋭い爪で隼子の機体を切り裂こうとした。


「危なっ!」


 間一髪で隼子は機体を後退させ、攻撃を躱した。


「あの爪は要注意やな……ただ、手は短いからリーチもたかが知れとる。このまま距離を取って戦えば……⁉」


 怪獣は後ろに振り返ったかと思うと、その長い尻尾を勢いよく振って、隼子の機体に叩きつけた。


「うおっ……!」


 直撃をもろに食らってしまった隼子の機体は派手に吹き飛ばされ、二辺工業の敷地内へと転がった。


「くっ……アホかウチは! ベッタベタな攻撃を食らいよってからに!」


怪獣がゆっくりと迫ってくる。隼子は機体を急いで起こそうとするが、赤く点滅するモニター画面を見て愕然とする。


「な⁉ 脚部に異常あり⁉ 立てへんやんけ!」


社屋内で戦況を見つめていた大松も焦り、臨時でオペレーター役を務めている女性に向かって怒鳴る。


「防衛軍は何をしていると!」


「別地区でも怪獣が出現し交戦中! そちらにはすぐには向かえないとのことです!」


「なっ⁉ 同一地域内でほぼ同時に怪獣が出現⁉ この十数年無かったことが……」


 予想外の出来事に一瞬頭がパニックになった大松であったが、すぐに気を取り直して、会社中に指示を飛ばす。


「全員直ちに緊急避難ばい! 自分の身を守ることば最優先すると!」


 すると大松の視界に上半身だけでも機体を動かそうとするFS改の姿が入った。大松が慌てて通信を入れる。


「隼子、何しとると⁉ 早く機体を捨ててそこから逃げるばい!」


「逃げるとか、冗談……! さっきも言うたけど、ここで食い止めな住宅地に被害が及んでまうでしょ……」


「くっ!」


 大松は格納庫に急いで降りる。車を運転して機体の元に向かい、隼子を無理やりにでも機体から引きずり降ろそうと考えた。格納庫に着くと、頭を抑えてうずくまる大洋を見つけた。


「だ、大丈夫か! どこか怪我でもしたと⁉」


 心配する大松の声に対し、何やらぶつぶつと呟く大洋。


「銀座、原宿、六本木……」


「た、大洋! しっかりすると!」


 叫びにハッと気づいた大洋が大松の方に振り返る。


「大松さん!」


「ど、どげんしたと?」


一方、ゆっくりと迫りくる怪獣に対して、隼子は機体の上半身だけを起こしてライフルを撃ち続けていたが、弾が当たっても怪獣をその歩みを止めない。


「ちっ……そもそもこのライフルじゃさっぱり歯が立たんやん……」


 いよいよ怪獣が隼子の眼前に立った。怪獣が再び右腕を振り上げる。


「ここまでなんか……?」


 怪獣が爪をたてて右腕を振り下ろす。隼子は思わず目を瞑った。


「っ! ……えっ⁉」


 次の瞬間、目を開けた隼子は驚いた。自らの機体の前に怪獣と鍔迫り合いをする見慣れない金色の機体が立っていたからである。約17m位の大きさながら、自らより大きい体である怪獣の爪による攻撃を左肘から突き出したブレードで受け止めている。


「な、何や……⁉」


 ここから更に隼子は驚くこととなる。なんと金色の機体が怪獣を押し返してみせたのである。バランスを崩した怪獣は後ろに倒れ込んだ。それを見て、金色の機体が隼子の方に振り返って屈んだ。そして右腕を隼子の機体腹部のコックピット部分へと伸ばし、その掌を大きく広げた。


「隼子、ハッチを開けてこっちに乗り移れ! 外に出るよりひとまず安全だ!」


「その声……もしかして大洋か⁉ アンタ何してんねん⁉」


「説明は後だ! いいから早く!」


 予想外の事態に三度驚く隼子を大洋が促す。隼子は戸惑いながら、FS改のハッチを開き、金色の機体の掌に飛び乗った。それを確認した大洋は機体の右手を自らの腹部にあるコックピット付近に持って行く。ハッチが開いた。


「乗れ!」


「お、おう!」


 隼子は金色の機体のコックピットに文字通り飛び込んだ。


「よし、とりあえず無事だな!」


「ああ、おおきに……って、えええっ⁉」


 隼子は四度驚いた。コックピットにはフンドシ一丁の大洋が座っていたからである。


「なんで半裸やねん⁉」

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