第9話 9日目

 あたしが“それ”を初めて見たのは、十六歳の誕生日の日だった。


**


 いじめられない程度に愚図で、ハブられない程度に空気が読めない。一緒にいるのは構わないけれど、時々どうしようもなくイラついてしまう。クラスメイトのみんなは、そんな感情をあたしに抱いていると思う。

今年の春から高校一年生になったあたし、七森朱音はようやくそのことを自覚してきた。

教科書を隠されたり、暴力を受けたりするようなことはもちろんなかったけれど、授業中に指されてうまく答えられないときや、課外学習などの班分けで相手が見つからないときに、陰でひそひそと笑われているのをはっきりと感じるのだ。

今日の昼休みも、机を動かして近くの女の子同士でお弁当を食べようとしていた時に、机の中の教科書をぶちまけてしまった。

さっきまで「今日は五限体育だっけ~」「そうだよ~」みたいな緩い会話を交わしていたハズなのに、教科書をぶちまけた瞬間に彼女たちの目が冷たい色に変化した。

『お前、何回目だよ』

そういう心の声が聞こえてきそうだった。

あたしはヘラヘラと笑いながら頭を掻いて、教科書を拾い集める。

もちろん友達は見ているだけで手を貸してくれるようなことはない。最初のうちはあたしがドジっても心配してくれて、後処理を手伝ってくれていたような気もするのだけれど、三か月ほどかけてじわじわと、そういう救いの手は差し伸べられなくなっていった。

別にいいけどね。あたしが悪いわけだし。

そう。あたしが悪いんだ。

言い訳がましいことを言わせてもらうと、あたしは決して運動神経が悪いわけでも、効率や頭が悪いわけでもない。

実際、県内でも有数の学力を誇るこの高校で受けた最初の実力テストはかなりの上位層だったし、スポーツも基本的には苦手じゃない。

じゃあ、どうしてこんなに愚図でのろまだという印象を与えてしまっているかと言うと、答えは単純明快だった。

あたしは、運が悪い。

それはもうどうしようもないほど、運が悪いのだ。

みんなの目には映っていないと思うけれど、さっき教科書をぶちまける本当に直前、教室の床のタイルが突然ビィンと勢いよく剥がれた。その剥がれたタイルに机の脚をひっかけたせいで中身がこぼれたというわけ。でも、あまりにもタイミングが良すぎるし、状況証拠だけ見てもあたしが机の脚をひっかけてタイルを剥がしたようにしか見えないから何も言えなかった。

授業中にうまく答えられないことにも様々な原因がある。

なぜか右足と左手を同時に攣ってしまうことなど日常茶飯事で。あたしが指されると三回に一回は蜂が侵入してくるので、何らかの因果関係を見つけ出そうとする人もいた。

一番困ったのは、指されて立ち上がった瞬間に、クラスメイト、三条蒼乃のシャツのボタンが弾け飛んだ時だった。

蒼乃さんは少し……いや、かなり不良の気がある少女で、生まれつき色素が薄いのか茶色い髪色をしている。そのため中学生の頃から先生に目をつけられ続けたらしく、次第に彼女は荒れていったそうだ。

“荒れていったそうだ”と伝聞形式なのは、もちろん直接聞いたわけではないから。あたしは蒼乃さんと話そうとしても、その鋭い目つきに睨まれて動けなくなってしまう。この辺りは運の悪さは関係ない。ただあたしの気が弱いだけだ。

で、そうそう。ボタン弾け飛び事件の話だったね。

幸い彼女は一番右の一番前だったし、あたしが指されたタイミングではみんながこっちを見ていたので、あたしを除いてそんな珍妙な事件が起きていたことに誰も気付いていなかった。けれどこのままだと先生には丸見えになってしまう。

はやく机に突っ伏せばいいものの、彼女自身何が起きたかわかっていないようで動きがフリーズしていた。気が強くて堂々としている印象はあったけれど、想定外の状況には案外弱いようだ。耳まで真っ赤に染まっていた。

その一部始終を視界の端に捉えていたあたしは、すごく焦った。

答えがわかっている問だったし、いつもは邪魔してくる運命が珍しく大人しいので、すんなり答えることができそうだったのに、すんなり答えてしまうと蒼乃さんの醜態が先生に見られてしまう。

汚名返上のチャンスをとるか、ろくに喋ったことのないクラスメイトを守るか。

あたしは当然後者を選んだ。

あたしが答えに詰まれば、先生もクラスメイトもずっとこちらを見ているはずで、その数秒間があれば、蒼乃さんもなんとかできるだろう。

想定通り、われに返った彼女は上着を羽織って前のボタンを閉じることができていた。夏服への移行期間でよかったね。

そしてあたしは、また“なんでこの程度の問題もわからないんだろうね”という非難の目を浴びることになったのだった。


そんなこんなで、あたしはものすごく運が悪い。何でもかんでも運が悪いせいにするのはよくないとわかっているけれど、少しは愚痴ったっていいはずだよね。

教科書を拾い終えて、「ごめんね~」とできるだけ明るい口調で机をくっつける。

「オイ」

 その時、ぶっきらぼうな声と共に、あたしの視界にぬっと一冊の教科書が飛び出してきた。

「まだ一冊あったぞ」

 それは、蒼乃さんの手だった。

 あたしは半ば茫然としながら、「え……えへへ、ありがと……別にいいのに」とヘラヘラ卑屈に笑う。

 すると彼女ははぁー、と大きなため息をついて、「お前のそういうところ、嫌いなんだよな」と言った。

 え?

 人生において、面と向かってはっきりと“嫌いだ”と言われた経験はなかった。

 頭が音を認識した後、数秒遅れて言葉の意味が理解できた。

 そこからさらに数秒後、胸の下のあたりがきゅ~と締め付けられた。

 視界が少し遠くなる。

 人から嫌いだって言われるのが、こんなに辛いことだなんて思わなかった。

 さっきまであたしを冷たい目で見ていたみんなも、口々に「それは酷いよ」と言っている。

「朱音ちゃん、気にしなくていいからね」

「そうそう」

 そんな慰めも耳に入ってこなかった。

 そっか、蒼乃さんはあたしのことが嫌いなんだ。

 クラス中の非難の目を無視して、蒼乃さんは教室から出て行った。

 まるで、このクラスに居場所はないわと言わんばかりに、堂々と出て行った。


**


 あたしが“それ”を初めて見たのは、十六歳の誕生日の日だった。

 うだるような暑さに耐えきれず、エアコンをつけるようになってからしばらく経った、一学期が終わりそうな頃だ。

「この箱は何? おかあさん」

 おかあさんに渡されたその木箱は、ところどころ白い汚れがついていて相当な年代物に見えたけれど、重厚な高級感を漂わせていた。後々調べたところ、材質は桐だそうだ。

 その箱には穴が開いていて、中は暗くてよく見えない。

 覗き込もうとすると、「待って」とおかあさんが声を荒げた。

 おかあさんは何かを懐かしむような、それでいて少し寂しそうな複雑な表情をしていた。涙を堪えているようにも見える。

「中身を見る前に、いくつか聞かなきゃいけないことと、説明しなきゃいけないことがあるわ」

 そう言っておかあさんは指を立てる。

「朱音、学校に友達はいる?」

「……」

 子どもが思っているよりも、親は子どものことを見ているのかもしれない。

 学校での出来事はあまり話さないし、いじめられているわけではないからバレていないとは思っていたけれど、あたしに友達がいないことはしっかりと勘付かれていた。

「いないことはないよ」

「そう」

 おかあさんは、濁した返事を興味なさそうに聞く。肯定と受け取られたのだろう。

 そして次の質問に、あたしは心底驚いた。

「朱音、自分の運の悪さを呪ったことはある?」


「おかあさんもね、すごく運が悪かったからわかるの。おばあちゃんも、そのお母さんもすごく運が悪かったらしいわ。そういう家系、なんだと思う」

 つらつらとおかあさんが話し始めた言葉は、なかなか体に馴染まなかった。

 運が悪い家系って、何?

 それに、申し訳ないけどあたしにはおかあさんを信用することはできなかった。

 だって、おかあさんが不運な目にあっているところを一度も見たことがないから。

 あたしはおかあさんの前で何度も醜態を晒しているので、クラスメイト同様ドジな娘だと思われているだろう。それに対しておかあさんは、いつもしっかりもので、できる女という感じだ。

 例えそういう家系なんだったとしても、一緒にしてほしくないな。

 あたしの心に暗い反抗心が浮かび上がる。

 おかあさんはそんなあたしの心を見透かしたように柔らかく笑って、髪の毛を撫でた。

「この箱の中には、朱音の不運を治してくれる、精霊さんがいるんだよ」

「……は?」

「ケセランパセラン。聞いたことくらいあるでしょう?」

 ケセランパセラン。

 その間抜けな音の響きは確かに聞き覚えがあった。

 空中をふらふらと飛ぶ、白い毛玉のことだった気がする。幼い頃、家を舞う埃を見て「ケセランパセランだ!」って言った記憶が思い起こされる。

「ケセランパセランは幸運を呼ぶとされていてね。方法さえ誤らなければ飼育することすらできるんだ」

「ちょっと待って、ケセランパセランが実在することすら受け入れられてないんだけど。あたしは何? 詐欺に引っかからないかどうかのテストをされてる?」

「朱音の気持ちはわかるけど、とりあえず実在するとして聞いて。ケセランパセランの飼育条件は二つ。一つは、穴の開いた桐の箱で飼うこと。二つは、週に一回餌を与えること」

 そう言っておかあさんは真っ白な粉をあたしに渡した。“おしろい”だそうだ。

「ケセランパセランはこのおしろいを食べるの。だからこれを欠かさずにあげること」

 箱についている白い粉が、定期的に餌をやっていたことを雄弁に語っている。

「ケセランパセランには寿命がない。少なくとも人間よりはよっぽど長いわ。これはおかあさんもおかあさんから受け継いだものなの。そしてとても大切なことだけど、一年に二回、ケセランパセランを見てしまうと、向こう一年効果がなくなってしまうそうよ。おかあさんは試したことがないけど、たぶん本当。だから、毎年誕生日の日に穴の中を覗きなさい。それ以外は、“おしろい”をあげる時も絶対中を見ちゃ駄目。見たら幸運が打ち消されて、元の不運な朱音に戻っちゃうわ」

「……その話が本当だとして、おかあさんはどうなるの?」

「ケセランパセランを見ない年は一度もなかったけど、それを朱音に譲るということは、おかあさんは元の不運に戻るんでしょうね」

 おかあさんの話には大きな矛盾が潜んでいた。

 もしこの箱の中にケセランパセランが入っていて、それの効果が本当だったとしても、だったらあたしと一緒に育てればいい。

 別に継承する必要なんてないじゃない。

 その疑問が顔に出ていたのか、おかあさんはさらに答える。

「朱音がその子に“おしろい”をあげた瞬間、おかあさんにはそれが見えなくなってしまうの。これは朱音のおばあちゃんが言っていたから間違いないわ。“おしろい”をあげる行為はいわば契約で。契約を一度上書きされてしまった人間は、もう二度と恩恵を受けることができない」

「二度と? じゃあおかあさんは」

「ええ。さっきも言った通り、いまの朱音みたいな状態に戻るでしょうね」

「……そんな」

 そんなもの受け取れないよ。そう言おうとした瞬間、おかあさんはあたしのことをすくっと抱きしめた。

「今まで辛かったね。自分のせいじゃない、ただ運が悪いだけで不幸な目にあってきたよね。おかあさんにはわかる。わかるからこそ、朱音にはもうそんな思いをさせたくないの」

「……」

「今のあなたにはわからないと思う。でも、いつかあなたに子どもができた時、この気持ちがわかるんじゃないかしら。だから朱音も、自分の子どもが大きくなったら、その箱を継承してあげて。いまのおかあさんに返すんじゃなく、未来の人に、渡してあげて」

 そう言っておかあさんは、部屋を出て行った。

「……」

 さて。

 何やらいい雰囲気だったけど、あたしの頭はぐちゃぐちゃだった。

 不運が家系のせいと言う時点でついていけなかったのに、それを吹き飛ばす存在を受け取って、週一で世話をしないといけないらしい。

 まあ、中身を見ないことにははじまらないか。

 あたしは箱の穴から中を覗いて。


 ケセランパセランを見た。


**


「最近朱音変わった?」

「だよね。前よりしっかり者になった気がする」

十六歳の誕生日以降、クラスでのあたしの評価はうなぎのぼりだった。

それもそのはず、不運さえなければよくできた子なんだから。自分で言うな。

 ケセランパセランの力は本物で、特別幸運になれたわけではないけれど、不運なことは起きなくなった。

 そのおかげで、クラスで失敗することもなくなり、悲しんだり辛くなったりすることはなくなった。

 いや、悲しいことなら一つだけ残っている。

 三条蒼乃が、あれ以来学校に来ていないことだ。

 あたしがドジって教科書をぶちまけたのは七月の半ばで、数日後に誕生日を迎えて生まれ変わった。

 そして、今日は終業式の日。一学期が終わる日だった。

 つまり、蒼乃さんは二週間近くも学校に顔を出していないということだ。当然、期末テストもうけていない。

 夏休み中に再テストを行うらしく、そこに出席すれば留年などの措置は取られないと噂を聞いたけれど、彼女が再テストだけ律儀に受けに来るとも思えなかった。

 そもそも、いったいどうして彼女は学校に来なくなったんだろう。

「……あたしのせいかなぁ」

 自惚れかもしれないけれど、そう思わざるを得なかった。

 あたしが蒼乃さんに「嫌いだ」と言われ、教室中から非難の目を向けられて以降、彼女は学校に来なくなってしまった。

 もちろん、あたしのせいじゃないことはわかっている。起爆剤になったのは確かにあたしかもしれないけれど、暴言を吐いたのも、勝手に気まずくなったのも蒼乃さんのせいだ。

 そもそもあたしはあの子に嫌われている。だったら要らぬ心配なんてしなくていいし、むしろクラスからいなくなって清々する。

 ……なんて思えるはずもなく。

 彼女のことを気にかけることしかできないまま、終業式に出て、交通安全や校長の話を聞いていた。

 あたしは部活に入っていないので、お弁当を持ってきていない。

 同じく部活に入っていない数人で駅まで出てご飯を食べようという話になりかけたけれど、桜が「ごめん、ママがご飯作って待ってるって」と言い帰ってしまった。桜は抜けたけどご飯に行こう、とはなんとなく言いづらくて、流れで解散することになった。

 高校の前からバスに乗り、駅に向かう。

 バスの揺れは、苦手だ。バス酔いをするというのももちろんあったけれど、どちらかと言うとその振動が運んでくる様々な不運が苦手だった。

 ボールや鞄、時には子どもまで転がってきてあたしを痛めつける。

 でも、ケセランパセランのお陰でそんな生活からも解放だ!

 もう不運じゃなくなってから一週間が経つけれど、いまだに喜びをかみしめ続けている。自分で思っているよりも辛く、悲しかったんだなと再認識をした。

 バスの一人掛けシートで、んー、っと体を捻っていると、窓の外、右手に見える公園の奥で、見知った制服の少女を見つけた。

「……蒼乃さん?」

 公園で腕まくりをした蒼乃さんは、鞄を置いて、そのまま公園横の植林地帯へズカズカと入っていった。

 は?

 そこの植林地帯は、広葉樹がたくさん植えられていて、半ば雑木林のようになっている。近所の小学生のたまり場になりこそすれ、間違っても女子高生が足を踏み入れる空間ではなかった。

 ピンポーン。次、止まります。

 気付いたらあたしはバスの停車ボタンを押していた。一番近いバス停で降りて、公園の方へ向かう。

 果たして蒼乃さんは、まだ雑木林でうろうろしていた。

 しばらく様子を伺おう。そう思って公園のベンチに座って彼女を眺める。

 蒼乃さんは、何かを探しているようだった。きょろきょろと注意深く色々なところを見ている。

 しかし不思議なのが、地面だけではなく木々の隙間や、何もない空中すらも見ていることだ。落とし物なのだとしたら、そんなところまで見る必要はない。

 彼女はいったい何を探しているんだろう。

 そう思い始めたとき、蒼乃さんの顔がぱーっと明るく輝いた。

 空中を見つめ、何かを手で包む。

 ……蝶々?

 彼女は飛んでいる何かを捕まえたようだった。

 それを虫かごに入れて、うきうきとした足取りで雑木林から出てくる。

 普段のクールな、それでいて危なっかしい彼女からは想像もできない姿だった。

 そんな彼女と、ばっちり目が合ってしまう。

 やっべ。

 慌てて顔を伏せたけれど時すでに遅く、蒼乃さんは顔を真っ赤に染めてこちらに猛ダッシュしてきた。

「七森朱音ぇえええええええええ!」

「怖い! あたし何もしてないよぉ! ごめんなさあああああい!」

 鞄で顔を隠して謝ると、あたしの目の前で蒼乃さんは立ち止まった。

 恐る恐る顔を出す。

 すると、彼女がゆっくりと頭を下げるのが見えた。

「悪かった」

「……ん?」

「この前朱音が教科書をぶちまけた日、嫌いとか言って悪かったって言ってんの」

 あたしは謝られたことが意外で、しばらく言葉を返せなかった。

「うちは昔から口下手だからさ。あの時も本当は嫌いって言葉で終わらせるつもりはなかったんだ」

「どういうこと?」

「うちは朱音の、ドジった後にヘラヘラと卑屈になるところが嫌いなんだ」

 この前と同じことを言っているように聞こえるけど。

「でもうちは、朱音が本当はすごくできるやつで、すごく優しいやつだって知ってる。そんなやつなのに、自分を卑下して下手に出る朱音を見ているのが本当に嫌なんだ」

「な……にを、言っているの?」

 蒼乃さんはケセランパセラン後のあたしを一度も見ていないはず。つまり、あたしができるやつなんてことは知らないはずなんだ。

「朱音の頭がいいことなんて見てればわかる。学力は順位が発表されてたから当然として、あんた、人一倍トラブルに対応するのがうまいんだよ。咄嗟の判断で不慮の事故の被害を最小限に抑える能力がズバ抜けてるんだ」

確かに蒼乃さんの言う通り、不運に見舞われ続けた人生だったから事故への対処は上手だ。でも。「なんで、知ってるの?」そう聞くと彼女はさらっと言った。

「ずっと見てたからだよ」

「!?」

 あたしが飛び上がった瞬間、蒼乃さんは顔を真っ赤に染めて「あ、なし。いまのなし! 見てない。朱音のことなんて見たことがない!」と言った。見てよ。

 蒼乃さんは気を取り直したかのように息を整えた。

「うちのシャツのボタンが弾けとんだ事件、覚えているだろ?」

「うん」

「朱音がうちを庇ってくれたってすぐにわかったよ。それでそれから朱音のことをずっと見てた。それで思ったんだよ。あんた、信じられないような不運を呼び寄せる体質なんじゃないか? そう思ってから過去のことを思い出して確信した。七森朱音はドジで愚図なわけじゃなくて、究極に間と運が悪いやつなんだって」

「……」

 全部、当たっていた。

「で、そこまで不運なのに頑張ってるあんたを見て、気にかけるようになって」

 確かに蒼乃さんに「嫌い」と言われたあの日も、彼女は教科書を拾ってくれたんだった。クラスメイトの誰もが手伝ってくれなかったのに、彼女だけ、手伝ってくれたんだ。

「そんなすげーやつなのに卑屈にヘラヘラしてるのが気に食わなくてさ。思わず嫌いって言っちまった。本当にごめん」

 もう一度蒼乃さんは頭を下げた。あたしは両手を振って顔をあげるよう頼む。

「あたしのほうこそごめんだよ。それと、ありがと」

 ずっと見ていてくれて、不運なあたしを評価してくれて、ありがとう。

「ありがとう、蒼乃さん」

 そうお礼を言うと、蒼乃さんは照れ臭そうに笑って、「さん付けなんてしなくていいよ。ていうか、するな」と言った。

 そうだね。あたしは彼女に抱いていた怖いイメージをすっかり失って、なんだかかわいく見えてきた。

「じゃあこれから仲良くしてね、あおちゃん!」

「あおちゃん……? ない、ない! それはない! だったら朱音のこともあかちゃんって呼ぶぞ!」

「ママ~~~~~~~~」

「乗るな!」

 そんなやり取りをしばらくしていると、蒼乃が「あ、そうそう」と手を打った。

「で、仲直りがしたくて、色々と仲直りの印を調べてたら面白いものに行き当たったんだ。」

「面白いもの?」

「朱音って不運だろ? だからそんな不運を吹っ飛ばす物がないかなあと思って、この二週間ずっと探してて、ついに見つけたんだよ」

 あたしのために二週間も学校をさぼっていたのか! と嬉しさと呆れが混じった感情を抱きつつ、あたしはひとつの予感にぶち当たった。

 ……蒼乃、さっき、空中にいるものを捕まえていたよね。

 そして不運を吹っ飛ばす物。

 蒼乃が胸を張って、虫かごの中身を見せつけてきた。

「ケセランパセランって、知ってるか?」


 こうしてあたしの短いできる女生活は終わりを告げて、一年間不運な女に逆戻りすることとなった。ケセランパセランは一年に二回見てはいけないのだ。

 まあ悪いことばかりじゃない。

 蒼乃がくれたケセランパセランは、不運に逆戻りしたおかあさんの分として飼育されることになったし、あたしには最高の友達ができた。

 どれだけ運が悪くても、どれだけドジで愚図でも。

 ありのままのあたしのことを見てくれる、最高の友達が。


<『け』せらんぱせらん 捕獲>

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