再会② side Kanata

「さてと、今日の所はこの辺にしておきましょうか。宮津くんの体調が最高潮に悪そうですし」

 夕凪さんの一言で皆の視線が一気に僕へ集中した。すると、やはり聿流が真っ先に反応する。

「大丈夫かよカナちゃん!? 顔真っ青だけど」

「奥の部屋で休んで行かれてはどうです? 構いませんよね、恋さん」

「……あぁ」

 休んで帰る事を勧める夕凪さんに対して微妙な間の後に肯定する恋。

「いえ……結構です。早く帰って家で休みます」

「では、恋さん送ってあげては?」

「さっきからいちいち俺に指図してんじゃねぇよ。言われなくてもそうするつもりだ」

 先程の間は夕凪さんに抵抗していたようだ。

「これはこれは失礼致しました」

 恋からのキツイお言葉には慣れているようで、夕凪さん悪びれもなく謝る。

「ほら帰るぞ、愛」

 生徒会長の席から立ち上がり、僕の方へと恋が近付いて来た。

「え。良いです、自分1人で帰れますから」

「さっきも言われただろ。この学園では俺がやる事成す事が全てだ。誰も文句を言えないし逆らえない」

 即答するも即答で返事をされた。

「だけどそれとこれとは関係ないでしょ」

「じゃあ試しに逆らってみるか? そうすればどうなるかが分かる」

「う。それは……」

 言葉に詰まっていると強行突破に出られる。

「良いから行くぞ」

「あ! 僕の鞄! 返して下さい!」

「具合悪いんだろ? 俺が持ってってやるから黙って着いて来い」

 鞄を人質に取られた僕は、仕方なく恋の後を追う形で生徒会室を出た。


「あの2人の関係って、恋人で合ってるのかしら?」

「頭に〝元〟が付きますけどね。尚且つ幼馴染です」

「そーなんだ。てか、あんな子どもみたいな恋さん初めて見た気がする」

「「「確かに」」」

 そんな皆の会話が僕達の耳に届く事はなかった。


 生徒会室をあとにすると恋はすぐ様携帯を取り出し、誰かに連絡をする。微かな呼出音が聞こえ出すか出さないかの素早さで相手が電話を取った。

「俺だ。すぐに来い」

 これだけ。この一瞬の台詞だけで恋は電話を切る。


 え。何? 今の電話……。そんなんで通じる訳?


「ねぇ、今の電話って……」

「あ? 迎えを呼んだだけだ」

「そ、そうなんだ……って、え? いや僕自転車で帰ります」

「良いから、送ってく」

 1度言い出した恋は何を言っても聞かないので大人しく従う事にする。

「分かりましたよ」

「分かれば宜しい。てか愛、何でまた蘇芳なんかに入学したんだよ」

「母さんが決めたんですよ。学ラン見飽きたしココの制服が可愛いからって理由で」

 母さんの話題になり、恋が懐かしそうに微笑む。

「あぁ、おばさんらしい理由だな」

 こんな話をしながら昇降口へ向かって校内を歩いていると、数人の生徒達が恋に群がって来た。

「会長! 今からお帰りですか?」

「そちらの方は……あ、もしかして外部特待生の! お知り合いだったんですか?」

 如何にも優等生という感じの男子生徒が続け様に問い掛けた。

「あぁ」

 素っ気ない返事にも関わらず、女子生徒達は目を輝かせながら話しかけてくる。

「でも、珍しいですわね。生徒会やKnights以外の方と一緒にいらっしゃるなんて」

「そうだな。コイツは特別だから」

「「「え!?」」」

 彼等の敬愛する会長から〝特別〟という単語が飛び出し一同騒然となった。

「やめて下さいよ! そんな誤解を生むような言い方」

「誤解じゃないだろ。事実だ。だから申し訳ないが、今日は2人きりにして欲しい」

「あ……は、はい」

「そ、それでは、失礼致しますね」

 恋の一言で生徒達が散らばって行く。すると彼は可笑しそうに言う。

「明日には噂が広まってるだろうな」

「何でそんな余計に具合が悪くなるような事してくれるんですか。お陰で頭痛が酷くなりました」

 こめかみの辺りを押さえながら文句を言うと、またしてもからかう様な事を恋が口にする。

「お前に変な虫が付く前に釘打っとかないと」

「大丈夫です! 付きません! て言うか何なんですか? さっきから。困るんですけど、僕は平凡な学園生活を送りたいんで」

「それは無理だろうな。俺と再会したんだから」

「出来る限り抗います!」

「ま、頑張れ。てかいつまで敬語でいるの?」

「貴方の学園での色々な逸話を耳にしたら、軽々しくタメ口なんてきけませんよ」

 梶谷から聞いた話や生徒会室での会話、生徒達の接し方を見ていれば自然とそうするのが適切だと感じる。

「あ、そう? どうせすぐにボロが出るでしょ」

「出ません。出しません」

「だって俺とお前の関係だぜ?」

「どんな関係だよ!」

「はい出た。ボロ出た。俺の勝ちな、何してもらおっかな」

「最早言わせたんだろ!? つか勝負なんてしてないし!」

「俺が今決めたから」

 でも、こんな振り回す様な行動や会話が作用したのか、生徒会室では最悪だった具合の悪さもちょっとだけ和らいでいる。


 そうこうしながら昇降口へと着く頃に、僕は思い切ってずっと気にかかっている事を質問しようとした。


「あの、さ……その、いつから───」


 いつから、蘇芳の姓になったんだ?


 その言葉は出る前に遮られてしまう。

「お待たせ致しました」

 反射的に振り向いた恋が、声の主の名前を呼ぶ。

柳井ヤナイ

 現れた灰色のスーツ姿の男性は、会話を遮ってしまった事に勘づき即座に深く頭を下げる。

「申し訳御座いません。お話中でしたか?」

「あぁ。で、何を聞こうとした? 確かいつからどうのって」

「えぇっと、いや! 何でもない」

 少し訝しげな視線を恋から向けたものの、それ以上の追求はされ無かった。

「……そうか。なら行くぞ」

 柳井と呼ばれた男性が車のドアを開け、僕は恋にエスコートされて後部座席へと乗り込んだ。そんな様子も数人の生徒達に見られていたから、明日以降の学校生活が本気で恐ろしくなってきた。




 ◆❖◇◇❖◆


 黒塗りの高級車を自宅前に横付けするのは流石にご近所の目もあるので、少し離れた所で降ろして貰った。

「で。何で恋まで降りて来てんの?」

「家まで送り届けるのが今日の俺の使命だから」

「誰もそんな使命を課してないよ」

 くだらない言い合いをしていると、母さんがテラスから顔を出す。

「お帰り〜カナちゃん。……あれ? もしかして、恋くん?」

「おばさん。ご無沙汰しております」

「ヤダー! 益々イケメンに成長しちゃって! ん? その制服って、え!? 恋くん蘇芳だったの?」

「はい」

「え〜! やっぱり2人は運命の赤い糸で結ばれてるのねぇ」

 しみじみととんでもない発言をする母さんはやけに楽しそうだ。

「母さん! 変な言い方しないで!」

「照れなくても良いじゃない。あ、こんな所で立ち話もなんだし、入って入って♪  今丁度お夕飯の準備してたのよ」

「では、お邪魔します」

「少しは遠慮とかしろよ」

「勝手知ったる愛の家だから」

「意味わからん」

 玄関の扉を開くと双子の弟と妹が出迎えてくれる。

「「カナ兄おかえり〜!」」

「ただいま。シズ、ユズ」

雫葵シズキ柚羽ユズハ? もうこんなに大きくなったんだな」

「当たり前だろ。あれから2年以上も経つんだから」

「このお兄ちゃんだあれ?」

「カナ兄のおともだち?」

 素朴な質問に対して恋は、双子達の目線に合わせてしゃがみ込んで答える。

「そう。お兄ちゃんのお友達の恋だよ。2人がまだ小さい頃に会った事あるんだけどな」

「ちいさいころ〜?」

「ぼくたちがあかちゃんのとき〜?」

「そうそう。こーんな小さい頃」

 恋が小さく指で示すので、双子達は騒ぎ出す。

「えー! それじゃあまめつぶだよ〜」

「そうだよ〜まめつぶまめつぶ〜!」

 騒いでいたかと思うと今度は別の事柄に気を取られる。

「あ! ねーねー! お兄ちゃんかみのけキラキラしててキレー」

「ホントだ! カッコイイ!」

 わざわざ玄関へと回って来て出迎える母さんも、双子達の言葉に賛同した。

「そうね、綺麗な銀髪ね」

「あ……」

 そんな中、僕は1人しまったと心の中で呟く。

「その顔は今気付いたって顔だな」

「今頃気付いたって顔だわ。我が子ながら鈍感過ぎて引くわ」

「だって! あんまりにも自然に銀髪でいるから、全然……気が付かなかった。何か違うなぁとは思ってたけど……」

「それは似合ってるって言ってくれてんだよな?」

「い、や! 別にッそういうつもりじゃ!」

 反論しようと試みるも茶化して流される。

「はいはい。照れない照れない」

「照れてないし! もう……あ、母さん頭痛薬か何かないかな? 今日ずっと頭が痛くてさ」

「あら。そうだったの? ちょっと待っててね取ってくるから」

 玄関から続く廊下を歩きながらリビングに向かっていると、双子達が恋の手を取る。

「ならレン兄あそぼー」

「そうだ! あそぼーあそぼー」

「おー良いけど何して遊ぶ?」

「しれっと居座ろうとするなよ」

「あら、良いじゃない。何なら今日泊まって行ったら? 恋くん」

 リビングへ入ると、頭痛薬とコップに入った水を手にして戻って来た母さんがこれまたしれっととんでも発言をする。

「はぁ!?」

「そうですね、ではお言葉に甘えて」

「「ヤッター! レン兄おとまりー!」」

「んなッ」

 無邪気に喜ぶ双子達の隣で震えていると母さんの冷やかしが入る。

「なぁに〜? カナちゃんさっきから照れちゃって。昔は大変だったのよ〜。『れんくんといっしょがいいー』って」

「だから別に照れてないから! てかソレ子どもの頃の話だろ」

「あの頃の愛大は可愛かったなぁ……。つか、薬早く飲んだら?」

「あ、はい」

 そう指摘され、僕は素直に母さんから受け取った薬を飲む。

「所でシズユズ、何して遊ぼうか?」

「「んーと、おえかきー!」」

 恋から聞かれ見事にハモる双子達。

「おっ! 良いね。俺の超得意分野」

 お絵描き道具を引っ張り出す双子達を手伝いながら恋が嬉しそうにしている。

「そうだったよな。恋、絵上手かったもんな」

「ホント? じゃあユズとシズをかいてー!」

「OK。代わりにユズとシズはお兄ちゃん達を描いてくれる?」

 恋からのお題に双子達も楽しそうに返事をした。

「わかったー!」

「いいよー!」

 そうして夕飯が出来るまでの一時、お絵描き大会が開催される事となった。


 夕飯の準備が整うと、丁度父さんが帰宅する音がした。その音が双子達の耳にも届いていた様で、「パパだ!」と玄関へと駆け出す。

「ただいま〜皆」

「「おかえりパパ!」」

「あのねーカナ兄のおともだちがきてるよー!」

「おとまりなのー!」

「愛大のお友達? 誰だろう? 楽しみだなぁ」

 3人の会話が廊下から聞こえる。廊下とリビングを仕切る扉が開き、父さんが入って来ると同時に恋が立ち上がった。

「お久しぶりです、おじさん」

「え? えぇ!? 恋くん? わー本当に久しぶりだなー。何年振りだろう?」

「約2年半ですかね」

「そんなに経つのかぁ。また会えて嬉しいよ。それにしても恋くん、また男前が上がったんじゃない?」

「有難うございます。そうだと良いんですけど」

 まだ何か会話をしたそうな2人の間に、双子達が割り込む。

「パパみてみて〜。レン兄にかいてもらったんだよ」

「コッチはね〜ユズとシズでお兄ちゃんたちかいたの〜」

 雫葵と柚羽が並んで父さんにお絵描き大会の成果を発表する。

「うわぁー上手だなぁ。シズとユズはとっても可愛く描けてるし、恋くんは相変わらず綺麗な絵を描くね」

 父さんからお褒めの言葉を頂戴した双子達と恋は顔を見合わせて喜ぶ。

「さぁ、全員揃った所でご飯にしましょうか」

 母さんの一声で、いつになくご馳走が並ぶダイニングテーブルへと皆が座った。


 夕食後、お風呂も済ませリビングで寛いでいると双子達を寝かし付けて戻って来た母さんの口から三度とんでも発言が飛び出す。

「カナちゃんのベッド、ワイドダブルだし2人一緒で良いわよね?」

「え!? いや、僕が布団用意するから───」

 抵抗しようとするも、恋に容易くねじ伏せられた。

「大丈夫ですよ。後の片付けとか大変ですもんね。愛と寝ますんでお気になさらず」

 何故か真顔、と言うよりドヤ顔で返事をする恋に慌ててツッコむ。

「気にしろよ!」

「恋くんって本っ当に主婦の味方だわ〜。よく分かってる♪  後はお若い者同士でごゆっくり〜♡」

「だから母さん! 変な言い方しないでって!」

 そんな流れで僕の部屋へと追いやられる形となった。

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