第24話 騎士と少年

 傷が治らないうちから会議に呼び出されたと聞いて、ラドルファスは初めてシルヴェスターに同情した。とはいってもいつもサボっているらしく、その同情もすぐに半減したが。くだらない言い争いを繰り返している中、ラドルファスの中の彼の威厳はほぼないに等しくなっていたが、こういう時彼が第一シビュラなのだと実感する。


 外側のセクト=フィラルハにあるシルヴェスターの屋敷から、連合本部に迎えに向かう。相変わらず賑やかな王都を歩きながら、ラドルファスの脳を支配しているのはサフィラのことだった。最近、彼女の様子がおかしい。やけに甲斐甲斐しく世話を焼こうとするし、いつもの《夜》討伐でもやたら前に出ようとしたりする。アストラでの戦いで心情に変化があったと言えば聞こえはいいが、危険に自ら飛び込もうとしているようにも見えた。


 やはり一度きちんと話した方がいいだろう。後ろを歩くサフィラに声をかけようとした瞬間、彼女の方が先に口を開いた。


「ラド、あれ……」


 彼女が指差した先を見ると、地下街────セクト=レーヴに続く大階段のひとつ、その暗がりに子供とそれを取り囲む男たちの影があった。そっと近づくと、なにやら言い争っているようだ。


「だーかーらー!僕はここを調査しないといけないの!通してったら!」


「調査だぁ?ガキが何言ってんだ、ママの所に帰りな!」


「どうしても通りたいってんなら、通行料を払ってもらわないと困るよな?俺たちの階段を使いたいって言うんだからよ」


「そうだな、5ルミアは払ってもらわないとなぁ」


 男たちはにやにやと笑みを浮かべながら、法外な値段を要求した。おそらく地下の住民なのだろう、彼らは一律にみすぼらしい格好だったが、対する少年はひと目で上質と分かる服を纏っていた。これはまずい、とラドルファスが一歩踏み込もうとした瞬間、


「ふーん。そういう感じか〜。僕の言うことが聞けないっていうなら……痛い目に遭ってもらうしかないね?」


 幼い少年が出したとは思えない冷たい声だった。ラドルファスの足が止まる。凄まじい法力エンシェントの高まりを感じた。しかしこれは、いつも法力エンシェントを身体に流しているラドルファスだから理解できるもので、男たちには自らの危機が分からないようだった。


「なんだと!?」


「身ぐるみ剥がして通りに放り出し────」  


 その男が言えたのはそれまでだった。ひゅお、という風切り音とともに、男の身体が浮き上がり、轟音を立てて壁に激突した。周りの男たちは状況が理解できないのか、惚けたように立ち尽くしている。


 思わず身を乗り出したラドルファスは信じられないものを見た。階段に続く屋根の暗がりに立つ少年の後ろ​────そこに何かが佇んでいる。影になっており、全体像を把握することはできない。ただその突撃槍ランスじみた両腕が、鈍く光るのだけは視認できた。


(サフィラ、見えるか?)


(馬に乗った人……に見える。法力エンシェントでできてるみたい)


(法力エンシェントで……?)


 人より優れた視力を持つ《影》の目にもはっきりと映らないようだったが、宵喰だとばかり思っていたラドルファスは驚愕した。やはりこの少年は夜狩りなのだろうか。そうだとしても、こんな暁ノ法は見たことがない。馬に乗った人だとサフィラは言ったが、両腕の突撃槍ランス、鈍い装甲に包まれた体はとても人間には見えない。


「ひっ……!」


 残りの男たちは自分の目の前に何がいるのかに気がついたらしく、怯えたように後ずさる。


「僕ちょうどストレスが溜まってるんだ。の呼び出しがしっつこいんだよね〜。ほら、身ぐるみ剥がすんじゃなかったの?」


「お、お前、まさか夜狩り……」


「うん。やっと気づいた?ってことで、おまえたちを外に放り出してから調査させてもらうね」


 少年の言葉と同時に、何かが金属音とともに動き出そうとする。完全に形勢が逆転した形だ。


「おい、待て!」


 ラドルファスが暗がりに踏み出した瞬間、男たちは脱兎のごとく地下に逃げ去っていった。流石の逃げ足の速さだ。いつの間に意識を取り戻していたのか、床に伸びていた男も足をもつれさせながら走っていく。振り返った少年はふわふわした前髪をピンで止め、フード付きのパーカーの袖を余らせていた。


「あっちょっと!逃がしちゃったじゃん。僕の邪魔するなんていい度胸だね」


「あんた、やりすぎだぞ。街中で暁ノ法を使ったら連合になんて言われるか……」


「なんだって?連合なんて僕にかかれば……」


 喚こうとした少年は急に言葉を切った。そのまま、ラドルファスとサフィラをまじまじと観察してくる。


「な、なんだよ」


「もしかして……あーやっぱり!おまえ、シルヴェスターの弟子だよね?」


 先程の剣呑な雰囲気はどこへやら、少年は興味津々に聞いてくる。さすが第一シビュラは顔が広いらしく、このパターンは何回目かだ。


「ラドルファス・ブランストーンだ。こっちはサフィラ。シルヴェスターの知り合いなのか?」


「うん、僕は……ルイズ・イシュトーレ。知り合い……うーん、仕事仲間って感じかな。いやー、あいつの弟子だっていうからどんな奴かと思ったら……案外普通だなぁ、つまんないの。《影》を連れてるのは珍しいけど」


 少年​───ルイズはあくまで無邪気だったので、ラドルファスは怒る気にもなれなかった……が、この無邪気さのままに先程の力を振るうことを考えると少々ゾッとした。


「調査って言ってたよな。こんな所に一体何を調べに来たんだ?」


「シルヴェスターから聞くんじゃない?実は地下が面倒なことになってるらしいんだ。ま、僕は他の夜狩りに任せるけどね。ラドルファスこそこんなところに何の用?」


 ルイズは振る舞いこそ年相応だが、話す内容からはかなりの知性が察せられた。いくらなんでも、普通なら7〜8歳で夜狩りになるなど認められない。秀でた技能を持っているが故の特例だろう。ラドルファスは先程の騎士然とした何かを思い出した。槍を振り抜く速さは視認できないほどだった​────おそらく、手加減しているのにも関わらず。一体この少年の階級はいくつなのだろう。


「買い出しついでに、シルヴェスターを迎えに来たんだ」


「うーん、こき使われてるねぇ。興が削がれちゃったし、僕もついてこうかな」


「……調査はどうするんだ?」


「そんなの後だよ後。それに、僕は法力エンシェント濃度を調べに来ただけだからね、ほら」


 懐から複雑に溝が掘られた球体を取り出したルイズは、得意げに笑った。


「新開発だよ。三日徹夜した甲斐あって、誤差がばっちり改良されたんだ」


 ラドルファスには繊細さが足りず、研究には向いていないと父親に言われたが、どうやら目の前の少年はこの幼さで研究職も兼ねているらしい。


「こうやって法力エンシェントを流すと……うわっ!?」


 ルイズの腰に下がる朝露石が淡く発光したかと思うと、球体が甲高い音を立て始めた。


「な、なにこれ……こんな反応見たことがない!妙だなぁ……」


 ルイズは慌てて階段を調べ始めるが、ラドルファスとサフィラは顔を見合わせた。まさか。


「ルイズ、その……原因は俺たちかもしれない 」


「え?」


「ちょっとそれをサフィラに近づけてみてくれないか?」


 訝しげな顔をしたルイズがそれに従うと、球体はさらにけたたましい音を鳴らし始めた。明らかにサフィラに反応している。


「おかしいな……通常時の《影》から放出される法力エンシェントは少ないはずなのに……この反応は……興味深いね!」


 ぶつぶつと呟いていたルイズは、急に顔を上げるとサフィラの手を掴んだ。


「!?」


「ねえ、ちょっと調査させてよ!少しだけでいいからさ!もちろん対価は弾むよ!?」


「あ……あの……」


「やめてくれよ、嫌がってるだろ」


 サフィラに助け舟を出すと、ルイズは渋々といった様子で手を離した。


「ちぇ。いいじゃんちょっとくらい。それに、外に漏れるくらいの法力エンシェントは危険だよ?色々調査した方が……」


 なおも食い下がろうとするルイズが、突如宙に浮いた。


「おい、なにやってる?」


「ちょっとシルヴェスター!はーなーしーて!」


 ばたばたと暴れる少年を、シルヴェスターが呆れた顔で見ている。


「お前……地下通路で騒ぎが起こってると聞いて来てみれば……ヘルツの胃痛を増やしてやるなよ」


「知らないよあんなデカ女なんて!だいたい、あんたには言われたくないね!もう知らないから!」


 自力でシルヴェスターの手から逃れたルイズは、そう叫ぶなり去っていってしまった。


「はぁ……なんだったんだ……シルヴェスター、あんたを迎えに行こうとしてたんだよ」


「遅いから先に来たらこれだ。まったく……ルイズのやつ……」


 彼はため息をついて歩き出す。


「そして残念ながらラドルファス、すぐに任務だ」


「人使い荒いな……」


 珍しいことに、サフィラが興味ありげに階段の方を見ている。


「シルヴェスター、この下はどうなってるの?」


「ああ、お前は知らないのか。この下は地下都市​────セクト=レーヴ。《夜》の脅威から逃れるため、最初に作られた避難都市が原型だ。だから夜狩り連合の支配も及ばない、独自の勢力が秩序を維持している」


「地下都市……」


 実はラドルファスもセクト=レーヴに足を踏み入れたことはない。案内人なしで入ったが最後、五体満足で外には出られないとの噂があるからだ。


「面倒事とはいえ、今回ばかりはそう悪くない。地下で目撃された……奴をとっ捕まえ、《夜》をぶち殺すのが任務だ​────最高だろ?」












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