第14話 暴虐者
「なにを……ターラント……? なにかの冗談ですよね……?」
巫女は声を震わせて祈るように問う。反対にラドルファスは一対の短剣を鞘から抜いた。刃に灯台の炎が反射して複雑に煌めいた。
「冗談? ……はは、この期に及んでそれとは、とんだ箱入り娘だ」
ターラントは嘲笑うと、彼女の希望を全て切り捨てるがごとく囁いた。
「ええ、そうです。朝の灯火を消したのも私。住民の避難誘導を妨害したのも私────これからあなたを殺すのも私ですよ」
「そ、そんな……どうして……」
「理由なんて、どうでもいいでしょう?」
ターラントがすっと手を掲げる。瞬間、彼の部下たちが一斉に散開して三人を取り囲んだ。
「どうせ、ここで死ぬんですから!」
叫んだ彼の身体が一瞬で加速し、ラドルファスの目前に迫る。咄嗟に短剣で攻撃を受けるが、彼は激しい衝撃に腕が痺れるのを感じた。……ターラントは抑えるのがやっとだ。その間にサフィラとレスティリアが狙われるとまずい。
「レスティリア! サフィラを……!」
ラドルファスの視界の端に映る彼女は、男たちに向かって槍を構えていた。が、明らかに足が震えている。
「無駄ですよ、夜狩り」
「何だと……!」
「彼女は傀儡。巫女として民衆に熱狂され!その神輿にただ乗っかっていただけの弱者!《夜》は殺せても、人に刃を向けられない愚か者だ!」
「お前に彼女の何が分かるっ!」
ラドルファスは怒りのままに短剣を横薙ぎに振るった。それをかわすために飛び退いた隙を狙って、サフィラとの
「撃てッ!」
短縮発動した「フィブル・ソーン」は瞬く間に十数人の男たちを串刺しにした。死んではいないが、腕や足に氷の槍が刺さった男たちは悲鳴を上げ、気を失うものもいる。ただの義勇兵である彼らは、戦闘に関しては素人なのだろう。そんな様子を見てターラントが舌打ちした。
「サフィラ、大丈夫か?」
「うん!」
ちょうどラドルファスとレスティリアに挟まれるようにして立っている少女は、怯えているかと思ったが意外にもしっかり返事をした。……経験を積んだことにより、多少は落ち着けるようになったのかもしれない。ならば問題は────
「ターラント」
静かな声が場の空気を変えた。震えていたレスティリアは覚悟を決めたかのように進み出て、ターラントと対話しようとする。
「私がそんなに憎いと言うなら、私だけを殺しなさい。街の人や夜狩り様たちを巻き込まないで!」
ラドルファスは思わず彼女の言葉を遮ろうとするが、男から返って来たのはため息だけだった。
「この期に及んで正義面ですか。本当に何も分かってない。分かってないな……!」
明らかな苛立ちを含ませながら、ターラントは突然地面に倒れる男のひとりに近寄ると────その紅い剣で頭をはね飛ばした。血を浴びた剣は喜びを示すように、より輝きを増す。
「なっ……!」
「
今までの口調をかなぐり捨てて吐き捨てた男は、今しがた殺した人間の頭を蹴り飛ばした。ラドルファスは思わず瞠目する。彼の言い方は、まるで自分は人間ではないというかのようだった。しかし、彼のどこを見てもおかしな所は見つからなかった。
「……ねえ」
困惑するラドルファスをよそに、なんとサフィラが彼に呼びかけた。
「私には分かる。あなた、《影》でしょ?」
「サフィラ!? 何を言って……!」
「最初に見た時から変な感じがしてた。それは多分、
きっぱりと言い切ったサフィラに、最初は驚いていたターラントも頷いた。
「……そうだ。はは、人間にしか見えないだろう? お前たち人間のせいで! 俺は自ら角を折る羽目になったんだからなッ!」
「つ、角を折る……?」
それを想像したのか、隣に立つレスティリアが身震いした。《影》にあり、人間にない身体の器官はただの飾りではない。もちろん神経が通っており────痛覚も存在する。
「俺を! 俺たち《影》を! 散々虐げておいて! お前は反逆者に自ら身を捧げた悲劇の巫女だと!? ふざけるな……ッ!! お前たちが何もかも滅茶苦茶にしたんだろうがっ!! そんなことも知らずに呑気に祀り上げられて、なんの力もないのに跪かれて! さぞかし気持ちよかっただろうなぁ!?」
「ぁ……」
憎悪。ひりつくような純然たる憎悪を向けられたレスティリアは、ただ意味のない言葉を漏らすことしかできない。ラドルファスとて、ターラントの言葉は痛かった。男たちに追われ続けていたサフィラ。話してくれたことはないが、彼女もきっと酷い迫害に合ってきたのだろう。……今まで一切、自分がその行為に加担していなかったと言えるのか?答えは、否だ。
「……確かに、お前の言うことはある意味で正しいよ。だからと言って、はいそうですかと死んでやるわけにはいかない。つまり、俺たちは相容れない」
ラドルファスはそこで言葉を切り、一対の短剣を静かに構えた。黙っていたターラントも、血に濡れた剣を鎌首のように擡げる。
「どうでもいい。もともとお前たちは皆殺しの予定だった……! 俺はそこの無能に代わって竜殺しの英雄になる! 愚かな人間どもの頂点に立ってやるっ! そうすれば奴らにも認められる……!」
「奴ら……?」
「俺がなんの計画もなしに反逆を起こしたとでも思っていたのか!? 今ごろ、お前のお仲間は《夜》に喰われているだろうさ!」
「……ッ!」
今ごろ門の外で激闘を繰り広げているであろうシルヴェスターとアルフレッドを思って、ラドルファスは歯噛みした。────外で何が起こっているのかは分からないが、二人ならば大丈夫なはずだ。信じるしかない。今やるべき事を為すしかないのだ。
「駆けろ────」
ラドルファスが
「ふゥ……ッ!」
意図的に短剣を滑らせる。僅かに相手のバランスが崩れたと見るや、ラドルファスは即座に身体を跳ね上げ、左の短剣をターラントの肩口に叩き込まんとする。黒い刃が肩に食い込む直前、体勢を立て直した彼は長剣でラドルファスを振り払う。
それを紙一重でかわしたラドルファスは素早く距離を確保する。うるさいほどに高まる心臓の鼓動を感じて息を詰めた。短縮詠唱によって発動した「ラピッド・ウィング」の効果は絶大だが、ラドルファスの基本の戦術であるヒットアンドアウェイはターラントには通用しないだろう。
受けただけで軋む手首、すぐ側を通り過ぎる、空気を鳴らすほどの力。引く剣では瞬く間に切り伏せられる。ラドルファスは自ら前に進む他ない。足に力を込めた瞬間、
恐慌。
「っ……!?」
第六感が全力で警鐘を鳴らす。何もかも放り捨てて逃走しろと、ラドルファスの本能が叫び散らす。圧倒的な存在感が、視線を上空へと強引に誘導した。
六翼の竜は今まさに巨大な翼をたわめる所だった。とてつもなく大きな顎からちらちらと破滅の光が見え隠れする。胸に埋め込まれている核が、穹を焼き焦がすかのような真っ赤な閃光を放ち脈動し────
「やめろッ!!」
何の意味もないと分かっているのに、ラドルファスは思わず叫ぶ。ターラントでさえ恐怖の瞳で空を見上げるしかない。
斯くして、滅びは放たれる。
直後、紅蓮の炎が空を覆い尽くした。
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