時空を超える猫 境界を超える瞬間を求めて

羽地6号

第1話 はなからうどん




「ゴボウ天うどんとサラダのセット、ご注文のお客さまー?」

「あっオレだ、オレー。」



店員の呼びかけに、フードを被った金髪の少女が手を振り、用意された食事を受け取りに行く。

ここは東方ガルレア大陸巳の国イザナの飲食店。

――――ではなく、れっきとした中央ミグレイナ大陸はミグランス王国の王都ユニガン、その酒場の食堂である。


3年前、魔獣やオーガ族との戦争による疲弊の隙を突かれる形で、ミグランス王国は東方イザナとナグシャム連合の支配下に置かれる事となった。

そして国民の監視や東方への貢ぎ物の整理などの処置の為、駐在する兵や役人など多くの東方人がミグランスに流入してきた。

結果、彼らの為に東方の文化がミグランスに入ってくる。

それを新たな商機とする者が現れるなど、ミグランスの国民の生活様式に僅かずつ変化をもたらしていた。


理由あってミグランスに身を寄せる、フードを被った少女――エルガ――は空腹を満たさんと、うどんを嬉しそうな顔で受け取ってテーブルへと運び席につく。


この店は二階を宿にもしていて、賞金稼ぎで生計を立てているエルガも常宿にしている。

最近は東方からの客も入るようになり、猫を連れて背中に大きな手裏剣を背負った忍者まで入りびたっているようだ。

東方の人間は、ミグランスのコテコテした味は好まない。彼ら曰くあっさりとして、さっぱりとして、それでいて、しゃっきりとした味付けの食べ物を好むのだ。

そんな彼らのために、ここの店主は料理も東に合わせたものを提供するように努めているらしい。



東方ガルレア大陸ではかつて肉食を禁じる宗教が主流となっていた時代もあった。が、今はその殆どは廃れ施設は廃寺となっている。

今は時の女神と、その恩寵を受ける猫が東方での宗教の軸となっているが、過去に培われた文化の恩恵はまだ残っているのだ。

菜食主義者で肉が食べられないエルガにとって、東方文化の流入は他のユニガンに住む人々よりも、有難いことであった。


慣れた手つきで箸を掴み、うどんの麺を持ちあげる。

麺からはもうもうと湯気が立ち、きのこと海藻で取った出汁の芳香がエルガの顔を覆う。

ユニガンの人々にとっては物足りない味つけかもしれないが、人の12倍ほど嗅覚の鋭い彼女にとってはこのくらいが丁度いい。


ゴボウ天と一緒に、様々な香草が練りこまれた生地に野菜のペーストを入れた麦団子ダンプリングがツユの上に浮かんでいる。

そこだけは西方に近いミグランスの様式に合わせたのか、あるいは余った材料ででサービスで入れてくれたのだろうか。そんな事は気にすることなく、そしてフードを外すこともなく、エルガは食べ進める。







「やあ、エルガもここでお昼ご飯かい?」








食べ進めるエルガに話しかける声に、一度食事の手を止める。

ふいに現れた少年――――――アルドの姿を見てエルガは破顔して答える。


「おお、アー公じゃねーか! なんだ、お前も今日はこっちに来ていたのか?」


そこ、使っていいぜ。

そう言い、エルガは自分の向いに、アルドが座るように促す。

それに軽く礼を言ってアルドは自分の食事を机に載せた。


尚、アルドが選んだのはいわゆるA定食である。

内容はパンと日替わりのおかず一品、必ず揚げたてのコロッケとユニガン名物の豆のスープがついてくる。

値段も定食では最も安く、ここに来る客のスタンダードな注文だ。

(どうでもいい情報であるが)


「丁度良かった、エルガに相談したいことがあってさ。」

「相談?アー公が?オレに?」


オウム返しのエルガの言葉を、アルドが軽く頷いて肯定する。


「珍しいな…。まあ、いいけどよ、何だ?」

どちらかと言うとアルドは人に相談をする方ではなく、人から相談を受ける方だ。

それはそれとして、エルガは快諾すると共にうどんのツユをすすって麺を箸で掴み、食べ続ける。



それを見ながらアルドは、エルガに問いかける―――――――






















「ヤマネコの奴をハメてやりたいんだけど、何かいい方法ない?」

















「――――ごふぁっ!?」

理解不能な言葉に驚き、思わず口にモノが入ったまま吹いた。

鼻からうどんが出た。

ついでに顔中汁まみれだ。

いきなり何言ってんだこいつは。


あーもう仕方ない子だねぇと、おかんか、お前は、と言いたくなるような事を言いながらアルドはハンカチでエルガの顔を吹く。

アルドの手からそれを奪い、食堂中に響く音でエルガが思いっきり洟をかんだ。


「いきなり何言ってんだアー公!! お前……春だからって、やっぱり頭オカしくなったのかっ!!!」

なんとか落ち着いたエルガが、思いっきり叫ぶ。


「やっぱり、って言葉が少し気になるけど……まあちょっと聞いてくれ、エルガ。 あのヤマネコを……エルガはどう思う?」


……ヤマネコについての説明は最早不要だろう。

(よほど偏ったプレイしてない限り) の存在の世話になっていない者などいない。


「どう…って、『毎日毎日クロノスの石を届けてくれる有難い猫』、位しか思ってねーよ!」

エルガが正直なまま、感想を述べる。

それに対してアルドは一度頷き、語り始める。


「そうだな、エルガ……アイツは毎日毎日――――――」

「晴れの日も。雨の日も。台風の日も。」

「空高くゼノドメインのてっぺんだろうと、海底深く竜宮の中だろうと。」

「古代で。現代で。未来で。異時層で。」

「ミグレイナで、ガルレアで、ゼルべリアで。」

「この星のありとあらゆる所で。」

「いつもどこでも365日(長期メンテ除く)――――」

そこまで言ってアルドは瞳を閉じて一呼吸つく。

そして……


「―――――何があろうと、どこにいようとアナザーダンジョン以外、ヤマネコは俺の背後に現れる!!」

そして彼はクロノスの石を渡しては去っていく。

それが何だというのか。


「っつーか!! 正直アイツは俺よりもっ!! 遥かにっ!!『時空を超える猫』してやがる!!!!! どこに俺が居たってあらゆるものを透過して出現する、そんな超時空猫を超えた超々時空猫だっ!!!! 」

「まあ……そーかもしれねえな。で、それが何だってんだよアー公?」

「………生意気だ! そう、アイツ生意気なんだよ!! だからハメてやるんだ、あのヤマネコを!!!! 月の出てる夜ばかりじゃないことを、アイツに思い知らせてやる!!」


アルドは、まがりなりにもバルオキーの安全を守る警備隊の一員である。

だのに、その職分を完全に忘れた台詞が食堂に響き渡る。


「まあ、事情と理由を言うなら、そんなとこかな…。」

……………想像以上にくだらない理由だった。

それはともかく―――ようやく話が落ち着いたのか、アルドはパンを口に入れ自分の定食を食べることを再開する。


「アー公…お前!!」

ガッと机の音を立てながらエルガが立ち上がり、アルドの胸倉を掴む。


「そんな…そんなもの凄く、バカ見てぇな理由で、年間通算1万個以上のクロノスの石を宅配便してくるお猫様をハメんのか!」

「うん。」

エルガの言葉にアルドは即答して頷く。

続けてパンをもぐもぐ食べ進めるその姿には全く悪びれる様子が無い。


「―――――このっっ………鬼っ!鬼畜生っ!! アー公!! お前、人の心はどこへやったっ!!」

「お母さんの、お腹の中からして無かったからなあ。」

糾弾するエルガに、とぼけた声でアルドが答えた。

当たり前だ。そこにあってたまるか。元ドラ猫め。



「…大体、何だよハメるって。アー公は、一体何がしてえんだ。」

あきれたエルガが取り合えずの体で―――具体的にヤマネコをどうしてやりたいのか―――そのアルドの意向を尋ねる。


「ああ…そうだな。まあ見ててくれ。」

いつの間にか定食を平らげたアルドは頷いて、食堂の壁に向かって歩き出す。

すたすた流れるように壁に進んでいく。

……が、壁際まであと少しの所でアルドの歩みが止まる。


そう、何らかの大いなる意思の力によって、アルドの体がピタリと壁に張り付くことはないのだ。


壁に向かって全力疾走しても、たいていその手前、数歩以上の余白を残して彼は進めなくなってしまう。

「そう…俺はここまでしか行けない。だから、ヤマネコを壁の中……もとい「いしのなかにいる」状態に出来ない。」


もしアルドが壁に接触するほど歩みを進める事が出来れば、そこで振り向くだけだ。そしてそのままヤマネコが現れる時間まで待機していれば、ヤマネコを壁の中に出現させることは出来るかもしれない。

だがアルドが言う通り、その余白、その距離のために――――ヤマネコが出現する時刻に壁を背後にしていたとしても、隙間があるため壁の中にヤマネコが現れることはないのだ。



「だが、世界は広い。どこかに奴を…ヤマネコを壁の中や水面の上に空中、その他あられもないところに現わしてやることが出来る場所があるはず!! 俺はそう信じているから!! 挑戦しなきゃいけないんだ!!」




………ツマル所アルドが言う「ハメる」という行為は、あのヤマネコを



『いや、ヤマネコさん。アナタそこに出現してたらおかしいですよね。』


……と言いたくなるような場所に出させる、という事なのだろう。

(プレイヤーにとって) 変な画が見れてる状態、とも言う。

しかし……挑戦する価値があるのだろうか。その行為。



「そうかよ……。まあ、好きにしやがれ。アー公ひとりで、勝手にやってろ。」

その説明に納得したのかどうかはともかく、エルガにとってはどうでもいい話だ。

くだらない事を言うアルドを突き放し、食事を再開する。

うどんの出汁を吸って、すっかりふやけてしまった天ぷらを口に入れたところで―――――


「何言ってる。お前も行くんだよ、エルガ。とりあえず、今夜は別の宿屋に行くぞ。二人で。」

「ごふっっ?!」


――――畳みかけるようなアルドの誘いの言葉に、エルガは思わずまた吹き出した。

………今度はゴボウが出た。





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