狐子淡々

おきつねさん

プロローグ

 幽霊、お化け、妖怪、或いは神や悪魔。彼らは総じて妖と呼ばれる存在である。彼ら妖は人間の目に触れる事は無い。なぜなら基本的に妖の姿は人間の目には映らないから。その理由は俺には解らない。古来より妖とはそういうものであり、謂わば自然の摂理のようなものだからだ。兎も角、故に妖が日常生活に於いて話題に挙がること事は殆どなく、その存在が世間を賑わす事はない。

 無論、わざわざ「基本的に」との言葉を付け加えている通り、その事例に当てはまらない事もある。人間の中にも妖を認知出来る者がいたり、妖の中に人など視認可能な何かに化けられる者がいたり、はたまた諸事情により偶々偶然遭遇出来てしまったりといった事があるのだ。

 とは言え、その辺の例外事情は現状差して重要でもなかったりする。なぜならそんな人間も妖も希少であり、加えて立証が難しい事象である為、世間への影響力などは微々たるものだからだ。精々一時噂話や恐怖体験と言ったエンターテイメント扱いされる程度で、すぐに忘れられてしまうのが関の山。大衆常識を変えるまでには至らず、よって世間では妖など存在しない事になっており、本気でそんな主張をする人間は白い目を向けられる事が殆どなのだ。

 だが、それでも俺は敢えて言わせて頂きたい。妖は確実に存在して、時に人間と密接に関わっていたりする事を。これが紛れもない事実である事を。

 なぜならこの俺、明松時深かがりときみには妖の血が半分流れており、所謂半妖と呼ばれる存在だからである。我が父は人間であるが、母は列記とした生粋の妖なのだ。俺は人間の父と妖の母の間に生まれた子供であり、紛れも無く妖の存在を肯定する存在。妖の存在や関わりを否定するという事は母の否定に他ならず、同時に俺自身の否定に他ならない故、それは大いなる矛盾を孕む事になってしまうのだ。

 まあ早い話、当事者が言っているのだから真実だという事である。

 尤も、だからと言って特別どうこう言うつもりもない。なぜならこの世に生を受けて十五年、俺は今まで自分が半妖である事で弊害を被った記憶など基本的には持ち合わせていないからだ。要は当事者としてその辺の真実云々に対し、さして執着を持っていないのである。

 理由は単純で、俺は人間と妖の混血故か、はたまた単に偶然か、スタンダードな状態で普通に人間と接する事が出来るからである。人間の目にはしっかり俺の姿が映るし、声も彼らの耳に届く。外見も至って人間そのもので、牙も無ければ角も無く、刃物のように頗る鋭利な爪がある訳でも無い。どこぞの妖怪人間じゃあるまいし、異質的ルックスを理由に迫害を受ける事もなく、更には生活習慣や性格と言った内面的特徴も同様である為、人肉を欲したりといった猟奇的偏食等や精神異常などに悩む事もない。

 つまり日常に於いて、半妖たる俺は人間と全く違わぬ生活を全く不便無く送れているわけなので、自身の血筋や母親の正体等、妖関連云々で何か特別な感情を懐く事もそうそうないのである。

 そんな訳で、俺は血筋こそ人と妖のハーフであるが見た目も中身も普通の人間そのもの、極々一般的人間の子供と然程遜色のない日常を淡々と送り、それが何より幸福と思って生きているのである。

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