第20話 普段よりも早い朝

 翌朝、俺はいつもより30分早く起床した。


「あれ、お兄ちゃん。もう起きたの? いつもより早くない?」


 身支度を済ませて階段を降りると、玄関でローファーを履いてつま先トントンしている我が妹、木塚きづか衣織いおりが俺に気付いて声をかけてきた。


「あ~ちょっと私用でな、これから平日は毎朝こんぐらいに起きることになったんだわ」

「え~なになにお兄ちゃん、ひょっとして彼女でもできた?」


 ニシシと笑って訊ねてきた衣織に俺はふっと鼻を鳴らす。


「勘の良い妹は嫌いだぜ」

「うそうそジョーダンからかっただけ! お兄ちゃんに彼女なんてできるわけないよね! うん! じゃ、行ってきま~す!」


 朝から元気一杯な衣織はお兄ちゃんの心を笑顔で傷つけて家を出ていった。


 ホントに嫌い! 勘の良い妹なんてホントに嫌いなんだからッ!


     ***


 朝食もそれなりに俺は一道の住むアパートに向かった。


『今起きた。着替えるからちょっと待って』


 一応、家を出る前に一報を入れておいたんだが反応はなく、ようやく返信があったのは俺がアパートに着いた時だった。


 もし俺にラブコメの主人公の資質があったとしたら今この瞬間、都合よく部屋の中に虫かなんかが姿を現わして「キャ―」ってヒロインがテンプレじみた悲鳴を上げて、何事かと駆け込んだらお着替え中のヒロインが目に飛び込んできて、そんであわあわと顔を真っ赤にしたヒロインに思いっきり引っ叩かれるって展開が訪れるんだろうな。


 いやでも一道の場合はコメディーとして収まりそうにないな。アイツが着替えてるとこに出くわそうものなら命はない……真顔で刺殺されること間違いなし。


「――いいわよ入って」

「うわぁ! ビックリしたぁ……」


 勢いよく扉が開かれ一道登場。噂をすればなんとやらみたいな状況に俺は思わず叫んでじまった。


「なによその殺人鬼とばったり鉢合わせてしまったモブみたいなリアクションは。近所迷惑になるからやめなさい」

「て、的確な例え――まさか俺の心を読んで⁉」

「どうして私より早く起床しているあなたが寝ぼけたこと言ってるの」


 頭痛でもするのか一道は額を手で押さえて溜息をついた。


「まぁいいわ。それより朝食をお願い」

「了解」


 俺は上がらせてもらうなりキッチンへと足を運ぶ。


 トーストとコーヒーのモーニングセットでいいか。


 迷うことない簡単な工程。食パンをトースターに入れてつまみを回し、電気ケトルに水を入れてスイッチオン、後は待つだけ。


「できたぞ」


 間もなくして出来上がったモーニングセットを座して待っている一道の前に。


「いただくわ」

「どうぞ」


 パクパクとトースト片手にニュースを観る一道は様になっていた。めちゃくちゃ仕事ができる女上司っぽい。


 なんて思いながら俺はざっと室内を見渡す。


 放置されたカップアイスのゴミ、片づけたはずの漫画や雑誌が床に散乱、お目覚め時のテンションが相当高かったのかベッドからずり落ちた毛布、脱ぎ捨てたまんまのふっまちゃんパジャマ……一夜にしてどうしてこんな。


「食事中に申し訳ないんだけど一つ聞いてええ?」

「なにかしら?」

「いやね? 昨日掃除したばかりなのに部屋が早速散らかっちゃてるんだけど、これどういうこと?」

「さぁ」


 短く返した一道はパン食ってるっていうのに何食わぬ顔をしている。


「とぼけなくていいからね? あのさ、お世話係の俺が言うのもなんだけど、もうちょい清潔さを保とうって努力しない?」

「誤解よ木塚君。私が汚したんじゃなく部屋が勝手に汚れたの」

「いやそういうのいいから。俺も真面目にやるからさ、一道も少しは気遣ってくれよ。モチベ維持の為にも」

「……善処するわ」


 そう不貞腐れ気味に言った彼女は、ティッシュを一枚取って口元を拭き、クルクル丸めてポイッと投げ捨てた。とんでもねー喧嘩の売り方すんなコイツ。


「ま、まぁ自分のペースでいいから頼む……それより俺からの条件、忘れてないよな?」

「ええもちろん、木塚君はなにも心配せず大船に乗ったつもりでいればいいわ」


 自信満々なところが却って不安だが……。


「マジで頼むぞ」

「マジで期待に応えるわ」


 俺には一道を信じることしかできない。

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