第2話 一道真琴は隠せない

 埼玉県北部、深間ふかま第一高校に二年生として通う俺、木塚きづか伊代いよには悩みがある。一人の女子にめちゃくちゃ嫌われているという悩みが。

 別にその子が好きで、だから嫌われていることに悩んでいる、なんて思春期ならではの理由なんかじゃない。むしろ俺はその子が嫌いだ。どっか転校してくんないかなとか、いっそ誰の記憶にも残らず消えてくんないかな、とさえ思っている。


 その子とはクラスで俺の隣人である女子、一道真琴だ。


 成績優秀、容姿端麗と、どこぞのラブコメ世界から飛び出てきたようなスペックの持ち主。ロッククライマーに人気がありそうな胸もまぁある意味ヒロインっぽい。


 これで人間性も良かったら完璧なのだが……どうやら天は二物を与えてはくれなかったらしい。


 というのもこの女、思ったことをすぐに喋ってしまうという爆弾を抱えているからだ。


 本音を隠さず言えるのは素晴らしいことだが、取り扱いを間違うと身を滅ぼしもする。残念ながら一道はその境界線を把握しておらず、彼女を起因に不穏な空気が訪れる、なんて事態が実際、何度かあった。


 だというのに不思議と彼女の周りには人が集まるのだ。現に隣では友人達と談笑している。


 いじられ役じゃないにしろ、彼女は紛れもない天然タイプだ――俺が最も苦手とする天然タイプ。


「伊代ちゃんたらー、今日も見事に間違えちゃってー、相変わらずお馬鹿さんでちゅねー」


 と、茶髪の爽やかイケメン、速川はやかわ大志たいしがふざけた言い方で俺の元に。


 ――いじられモード、オン!


「そうなんでちゅー、あたちお馬鹿なんでちゅー、じゃなくてッ! 馬鹿なのは認めるけど〝ちゃん〟付けはやめろぅ! 伊代ってよべぃ!」

「フハハハハハッ! わりぃわりぃ、木塚ちゃん」

「いや人の話を聞いてくださいッ! ちゃん付けなしで伊代、オーケー? というか次やったら絶対スベるからマジで頼むぞ!」

「安心しろ伊代、最初からスベってるから」

「ひどすぎなんですけどマジでッ!」


 俺が声を大にして返すと、特技はナンパですみたいなスマイルをした速川が「冗談だって」と俺の肩を叩いてきた。


「木塚アホすぎッ!」

「もう、いーくんたら」


 チラと隣を見やれば、腹を抱えて笑う女子と、口元を押さえて微笑む幼馴染の姿が。


 そうだ、もっと俺を見て笑ってくれ、もっと俺を見下して安心してくれ――そうしたら俺も安心できるから。


 そんな俺の願いはやはり、一道真琴によって邪魔される。


「……きもちわる」


 速川達が笑ってる中、一人だけ無表情のままいた一道は、この世の不快をまさぐり集めてきたような目で俺を見るなりそう口にした。

 皆が笑ってるから取り敢えず笑っておこう、なんて選択肢が一道にはないから、こうして平然と空気をぶち壊してくる。


 どれだけ俺が軽いノリに舵を切ろうとしても、


「辛辣すぎるよ一道さんッ!」

「事実をのべてるだけだから」


 邪魔してくる。


「俺の心はズタボロだよ! 自分の涙で教室がプールになっちゃうよ! 泳げちゃうよ!」

「は? つまんな」


 徹底的に邪魔してくる。いやまぁ確かに今のは自分で言ってて寒気を覚えるレベルでつまんなかったけども。


「あの、どうすれば俺は一道さんと仲良くなれるかな?」

「取り敢えず、自分の涙で教室内を満たして溺れ死んでくれたら仲良くしてあげてもいいけど?」

「あ、うん、やっぱやめよ? この話」


 俺は強引に茶番を終わらせた。

 すると、速川が俺と一道を交互に見やって口を開く。


「やっぱSMコンビおもしれーわッ!」

「ねぇ速川君。私と木塚君を一括りにまとめるの、すごく不愉快だからやめてくれない?」


 一道にすごまれ、ほんのりと頬を赤くしもじもじする速川。え、なんでちょっと嬉しそうなの?


「それと木塚君、あなたはどうしていつも気持ち悪い喋り方をするの? あなたはどうしていつも気持ち悪い動き方をするの? あなたはどうしていつも気持ち悪いの?」

「最後のはおかしいでしょッ⁉ 哲学的な質問を装っただけの悪口でしょッ⁉」

「そうだけど?」

「……いや続きはッ⁉ まさかそれで終わり?」

「当たり前でしょ? あなたが気持ち悪い喋り方をするのはあなたが気持ち悪いから。あなたが気持ち悪い動き方をするのはあなたが気持ち悪いから。あなたが気持ち悪いのはあなたが気持ち悪いから。そんなことは最初から知っている。だから、ね? 私の近くでは喋らずじっとしていて」


 好き放題いった挙句、一道は俺から友人達に視線を移してお話を再開しやがった。


 こんのぉ、くそアマがあああああああああッ!


 今ここにハンカチーフがあったなら、噛んで、噛んで、噛み千切っていただろう。それぐらいムカついていた。


 心中を察してか速川は俺の肩に手を乗せうんうんと頷き、


「お前、羨ましすぎんだろ」


 と、妬ましげな表情をして言ったのだった。

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