第19話 ご機嫌斜めな後輩ちゃん

 デートの場所に選んだのは日本最大級の水槽を誇る臨海地区の水族館だった。

 住まいからもっと近い水族館もあったが、そちらは家族連れがメインとなるところだ。

 一方こちらは観覧車が隣接されていたり、お洒落なショッピングモールもあるのでカップルに人気だった。


 カラフルで窓の少ないその建物は、遠目に見るとまるで巨大なおもちゃ箱のようだ。


「おっきいですねー。ビルみたいです」

「なんといってもあの中に超巨大水槽が入ってるからね」

「ジンベイザメもいるんですよね? 楽しみです!」


 今日の琴梨ちゃんはデニム地のショートパンツに淡い水色のボーダーシャツだ。

 ラフめなのは俺の服装と合わせるためだろうが、琴梨ちゃんが着るとそんなものでもどことなく品よく見える。


 水中を歩くようなトンネル水槽を抜けてエスカレーターで一番上まで上がり、螺旋状に下りながら見て回る構造だった。


「わー、見てください! アザラシちゃんがこちらに泳いできてます! わー! ぶつかる!」


 アザラシは目を閉じて背泳ぎの姿勢でガラスの壁に近付いてきて、すれすれでくるんっと回転して遠ざかっていく。


「すごい! ぶつかるギリギリで避けていきましたよ!?」

「不思議だよね。見てる人を楽しませるためにわざとやってるのかもね」

「えー? だとしたらすごいです」


 琴梨ちゃんは各水槽の前ではしゃぎながら回っていく。

 そしてついにこの水族館の誇る巨大円筒水槽の前に来た。


「うわぁ……おっきい……」


 その巨大さにはしゃぐのも忘れ、呆然としていた。

 水色の仄明かりの水槽では無数の魚が泳いでいる。

 そして奥からひときわ大きな魚が群れを率いるように泳いでこちらへと向かってくる。


「ジンベイザメだ……すごい……」

「すごい迫力だな……」


 ジンベイザメはゆらーっとやって来て、水槽のガラスを舐めるように旋回して通りすぎていった。


「なんか感動しました。すごいです」

「あとを追いかけてみよう」

「はい!」


 ジンベイザメを追うようにスロープを下っていき、ゆっくりと時間をかけて館内を一周回った。

 神秘的な水族館を出ると、外の眩しい日差しが一気に現実世界へと連れ戻した。

 時計を見ると予定時間を大きく過ぎてしまっていた。


「お昼にしよう。こっちだよ」

「お土産見ないんですか?」

「ちょっと水族館に時間を使いすぎちゃってね。急いで次に行かないと」

「そうですか」


 事前の情報で付近のレストランは調べていた。

 俺が選んだのは手長エビのパスタなど魚介類が売りのイタリアンレストランだ。

 このレストランは女子に人気が高いと評判だ。

 きっと琴梨ちゃんも喜んでくれるに違いない。


「うわっ……長蛇の列だ」


 昼時でかなり混雑していた。

 スケジュールが遅れ気味なのに、これではさらに遅れてしまう。


「くそ。ついてないな」

「ここじゃなくてもいいですよ。そもそも高そうなとこですし。私はお好み焼きとかハンバーガーでもいいですよ」

「いや、ここにするって決めてたから」


 ウエイトボードに名前を書くと、どうやら十組程度待っているらしい。


「うわー、最悪だな」

「仕方ないですよ」


 椅子すら空いてないので立って待って、ガラス越しに店内の様子を窺った。


「えー、あそことか空いてんじゃん。空席あるなら入れろよな」


 この後の計画もあるので、時間のロスは避けたい。

 何度かやきもきしてしまう。

 琴梨ちゃんもなんだか疲れた顔をしていた。



 ようやく店内に案内されたのは並び始めて四十分ほど経ってからだ。

 しかも席は窓側ではない。


「窓から見る景色がきれいなのに」

「でもこの席だと店内がよく見えて素敵ですよ。お洒落なレストランですね。海外の港町って感じです」


 琴梨ちゃんにフォローされ、なんだか余計申し訳ない気持ちにさせられた。

 名物の手長エビのパスタのほかに漁師風ピザ、シーフーサラダを注文する。


「遅いなぁ。料理の提供が遅いから行列が出来るんだな」

「ピザを釜で焼いてるみたいですよ。本格的で楽しみです」


 レストランのあとは遊覧船に乗る予定だったが、この分だとかなり遅れそうだ。

 注文して二十分弱。

 ようやく出てきた料理はどれも量が少なく、味もそれほどではなかった。

 これでこの料金は高過ぎだろう。


「さあ遊覧船に急ごう!」

「あ、ちょっと待ってください。お手洗いに行きたいんですが」

「トイレくらい船の中にもあるよ」


 小走りで向かったが、船はちょうど出たばかりだった。

 次の船は二時間後らしい。


「ごめん。間に合わなかった」

「……ううん。いいですよ」


 琴梨ちゃんは浮かない顔をしてトイレに向かった。


「はぁ……」


 ベンチに座り、海を見てため息を漏らす。

 せっかく立てた計画が全然うまく進まない。

 女子に嫌われることばかりを考えて行動してきたから、普通にデートするやり方がよく分からなかった。

 中学時代は普通にこなしていたはずなのに。


 計画がガタガタで琴梨ちゃんも疲れた様子だ。

 なんとかここから挽回しないと。


「お待たせしました」

「この辺りに雑貨屋もあるみたいだから行ってみようか? 本当はクルーズのあとに行くつもりだったんだけど」

「それもいいですけど散歩しませんか? 景色も綺麗だし歩いてみたいです」

「散歩? まあいいけど……」


 特に目的もなくぶらぶらと歩く。

 予定が狂ってるのに更に予定外の行動をしてそわそわしてしまう。

 会話も弾まず、空気は最悪だ。


「さっきのレストランいまいちだったよね。あれなら琴梨ちゃんの作るパスタの方が美味しいよ」

「そうですか? 私は美味しかったですけど」

「まあ不味くはなかったけど高過ぎだよね」


 その言葉には答えず、琴梨ちゃんはカモメが飛ぶ海の方を見ていた。


「そ、そういえばあのドラマ観てる? タイムスリップして高校生活をやり直すってやつ」

「いえ。観てません」

「そっか……」


 なんだか琴梨ちゃんはあまり機嫌がよくないようだ。


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