第2話 一人暮らしの理由

「僕と付き合ってください。世界一君を好きな自信があります!」


 告白したのは誰にでも分け隔てなく優しいと評判の二見さんだ。

 突然の俺の告白に硬直してしまっている。


「ごめん……ちょっと意味分かんないんだけど……ほとんど会話したことないよね?」

「教科書忘れたとき見せてくれたでしょ? あと消ゴム落ちたとき拾ってくれたし!」

「は? そんなことで告白されなきゃいけないわけ? 正直キモいんだけど」


 天使の対応と呼ばれる二見さんとは思えない、嫌悪感溢れる態度だった。


「優しい人だなって感動したんだよ。もしかしたら二見さん、僕に気があるのかなって思ったし」

「マジで最悪。あんなのみんなにいい人だと思われるためにやったに決まってるでしょ! 藤堂くんみたいなキモい人にも親切だっていうみんなへのアピールだよ! 告白とかマジ勘弁してよ」


 恐らく俺のキモい発言に多少影響されて熱くなっているのだろうが、それにしてもひどい言われようだ。

 二見の本心が透けて見えた気がした。


 もしかしたら二見は本当にいい奴なんじゃないかと淡い期待をしていたが、やはり思い違いだったみたいだ。


「そう言わず、お願いだよ!」

「きんも! 近寄るな!」


 怒りながら二見が駈けて逃げていく。

 勢いよすぎてスカートが捲れてパンツが見えていた。

 真面目なふりして結構派手なやつ穿いてるんだな……

 ていうかそんなもん見せるな。あとから編集するのが大変なんだから。


 二見が完全に立ち去ってからスマホを回収する。


「はい、というわけ──」

「お、こんなとこにいたのかよ、キモ堂」


 急に誰かやってきて、焦りながらスマホをポケットにしまった。


「や、やあ鳩田はとだくん」

「お前一木にコクったんだって?」

「なんで知ってるの?」

「本人から聞いたんだよ。一木はキモくて眠れなくなったってぼやいてたぞ」

「へ、へぇ……そうなんだ。もしかして鳩田くんと一木さんは付き合ってるの?」

「は? そんなわけねぇだろ。あいつは俺のダチの原と付き合ってるんだよ。ていうかてめぇ、馴れ馴れしいんだよ。調子に乗ってるんじゃねぇぞ?」


 胸倉を掴まれる。だけど掴み方が力任せでまるでなってない。

 正直こんな奴余裕でボコれるが、そういうことをするとせっかくのキモキャラに傷が付くかもしれない。


「てめぇみたいなのは生きてるだけで迷惑をかけるんだよ」

「人間はみんな生きてるだけで誰かに迷惑をかける生き物らしいよ」

「は? なに俺に説教してんだよ!」


 拳を振り上げたので仕方ないから掴んできている手を捻って振り払う。

 こんな意味不明な展開で殴られるのはさすがに勘弁してほしい。


「てめぇ!」

「ご、ごめんなさいぃぃー!」


 無我夢中で逃げる振りをして鳩田の脇腹を一発殴る。

 もろに入ったらしく、蹲った。ざまぁみろ。


「待て、この野郎! ぶっ殺してやっからな!」


 威勢のいい声を背中に浴びながら一目散でその場を立ち去った。




 その夜の生配信──


「今日は優しくて天使の対応と有名な女の子に告白してきました!」

『マジかよ!?』

『前に話してた消ゴム拾ってくれた美少女?』

『天使ちゃんならワンチャンあるかも!?』

『いやぜってー無理だろwTACだぞ?』


 前回のギャル子回もなかなかの反響だったが、今回も期待できそうだ。


『大丈夫?天使ちゃんのことは本当に好きなんじゃないの?』


 盛り上がるコメントのなか、一人俺に気遣ってるのは『ブサエル』だ。

 彼はこの配信チャンネルの古参で、本気で俺を心配してくれるいい奴だ。


「ちょ、お前ら。なんで僕がフラれること前提なんだよ! 結果は後日動画アップをお楽しみに!」



 生配信を終えると、一人では広すぎるマンションは静まり返る。

 高校生になったのを機に俺は一人暮らしを始めた。

 うちの両親は二人とも有名な役者だ。

 人気絶頂に結婚した二人はマスコミから常に仮面夫婦とかネタにされているが、今でも新婚かと思うくらい夫婦仲はいい。

 当然両親は息子の俺にも優しいが、別居しているのには理由があった。


 マスコミの奴らはなんの確認も取らず適当ニュースを飛ばしている。

 うちの両親なんて何度離婚の危機と報じられたか分からない。そんなゴシップニュースが流れる度に我が家では、


「私たちって離婚の危機に晒されてるんだ?」


 などと笑い飛ばしたものだ。


 しかし笑えないニュースが飛び交いはじめた。

 息子である俺に関するものだ。

 詳細は不愉快なので思い出したくもないが、なんの根拠もない全くのでたらめな下劣なゴシップにお父さんもお母さんも激怒した。


『スターにはプライバシーもプライベートもない』


 誰が言ったのか分からないが、その言葉は当然の事実みたいに認識されている。

 その免罪符のもと、何をしても許されると信じて疑わない芸能キャスターたちはマンションの前で張り込んだりしていた。


「私たちは仕方ないけど、こんな環境じゃ悠斗ゆうとが可哀想」


 そんな理由で俺は両親のもとを離れて一人暮らしをすることとなった。


 超絶イケメンの父と息を飲むほど美人の母。

 その遺伝子を引き継いだ俺は、当然ながら美貌に恵まれている。

 しかしそのせいで色んな大変な目にもあった。


 だから俺は俺のことを誰も知らないこの土地でモテないキモキャラとして生きていくことを決意していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る