登校三日目、力解き放つ時

 髪の質と能力の質の比例は、度々宝石の類に例えられる。


 同じ髪でも色が異なれば能力が異なり、髪の艶と質、光沢とで能力の質も異なる。

 同じ宝石でも、紅石ルビー蒼石サファイアと言った種類があり、同じダイヤモンドでも、質量カラットによって金額が変わるように、一括りにして同じ物でも、そこには大きな差異が生じるものだ。


 仮に黒園桔梗を宝石に例えるのなら、史上最大のダイヤモンド原石、カナリンと言ったところだろう。

 彼女はこの世で唯一無二――いや、アダマントから派生した架空の鉱石、アダマンタイトのような存在とさえ、言えるかもしれない。


「フゥ太、フゥ太ぁ……」


 今、楓太の腕には、そんな希少で貴重な少女が抱かれている。

 汗に濡れる二人は注がれる月光の下で影を重ね、互いの愛を確かめ合っていた。


 手を繋ぎ、唇を這わせ、肌を重ねる。

 重なり合う事で感じられる温もりが、黒髪少女に安堵を与え、眠りへといざなう。


「フゥ太……まだ、もう少し……この、まま……」

「うん」


 この世界で唯一無二。

 つまりは一人。つまりは孤独。

 孤高に咲き誇る高嶺の花。

 故に時折、不安に駆られる。故に度々、温もりを求める。


 そうした彼女の不安を受け止めるため、綾辻楓太は存在している。

 彼女と知り合い、友人となり、友情を育み、恋情へと昇華を遂げ、恋人となり、愛を営む関係となったからには、その義務がある。

 彼女を護るため、力を揮う義務が、彼女を抱き締める責務があると――楓太は、彼女を抱き締めながら思うのだった。


  *  *  *  *  *


「おはようございます、花梨さ――義母かあさん」

「あら、おはよう。楓太の方が早起きだなんて、珍しいわね。昨日はちょっと頑張っちゃった?」

「ご、ごめんなさい……」

「いいのよ。覚悟、とはちょっと違うけど、あなた達ならいつかそうなるってわかってるから。ただ、孫の顔を見せるには、まだ早いけれどね?」

「そこはちゃんと、守ってます……!」

「よろしい。さぁ、桔梗を起こしてきて? 遅刻しちゃうわよ?」


 二人の仲は、桔梗の母、楓太の父共に公認を得ている。


 そもそも二人が知り合うきっかけが子供達だったのだから、当然と言えば当然だ。

 法律的にも認められている事であるし、別に止める理由もないと、二人は広き心で了承し、むしろ応援してくれているのは、二人にとっても心の支えであった。


 もしも両親にまで牙を剥かれたら、桔梗は一体、誰を頼ればいいと言うのか――


「キィちゃん、起きて」

「……んむ、ぅ」


 恥ずかしいのか、布団にくるまってなかなか出て来ない。

 何も、昨晩が初めてではあるまいに。

 互いの愛を確認した次の日の朝。起きるとなかなか出て来ないのは、最早恒例いつものことだ。故に楓太も、もう慣れている。


 こういう時は楓太の方からベッドに入り、首筋を舐めるように口づけしてやると、くすぐったがって堪らず出て来る。

 案の定、今日も頬を紅潮させ、恥ずかしがりながらも這い出て来た。


「……おはよう」

「ぅ、ん……」


 桔梗も無事起床。

 遅刻する事無く登校して、全員から無視されたまま、何事も無く授業を受ける。


 本来ならそのまま帰るのだが、今日はお呼ばれしているのでそうはいかない。

 小学生の頃には校長室に。中学生の頃には職員室に呼ばれたものだが、そこはさすが月詠学園と言うべきか。黒髪少女のお世話まで、生徒に一任出来るとは。

 まぁ今の段階では、まだ任せられるか否かわかったものではないし、おそらく大いに余らせると思われるが。


「……ここ?」

「うん」


 月詠学園は、野球やサッカーといった運動系の部活動を行う部門がない。身体能力に頼る系統の部活動は、能力による差が大きく出てしまうからだ。

 故に部活動は文科系に限られ、その他五つの委員会が存在する。生徒は最初の一ヶ月間、いずれかの部活動もしくは委員会に所属するのが学園の規則だ。

 これは自分にとって学園の立ち位置を定める期間であり、仲間たる存在を確立、確保するための期間でもある。


 群れるのは弱者の証と、孤軍奮闘するも良し。

 何処にも属さずに孤立する人を、数で圧倒するも良し。


 一ヶ月間の試用期間を経て、何処かに属するも、止めて孤立するのも自由としている。

 二人もまた、適当に何処かの部活に一ヶ月だけ幽霊部員で属して、さっさと止める気でいたのだが――さすがに黒髪の生徒を逃すほど、学園も呑気ではないらしい。


 風紀委員会。


 生徒委員会。

 環境美化委員会。

 情報管理委員会。

 部活動連盟。


 学園に存在する五つの委員会の内の一つ。

 学内における風紀――喧嘩や揉め事の仲裁。事件事故の調査など、世間で言うところの警察のような動きを主にする組織だ。

 学園の中でも、最も実力を問われる組織と言っても過言ではない。


 まぁ、その上に学内の組織全体を取り仕切る生徒委員会があるのだが、組織としての実力だけを見れば、風紀委員以上の組織は学園にはないだろう。

 彼らが自分達を御し切れなければ、おそらく学園も諦めざるを得ないだろうが、さて――


「こんにちは。一年、綾辻楓太と、黒園桔梗が来ました」

「どうぞ」


 ノックした扉を開けると、昨日自分達に話があると言って来た紫髪の女性――恋城寺愛美が応じて出て来た。

 他にも数人、彼女と同じ腕章を付けた風紀委員らしき面々が、主に桔梗の方を興味深々と言った様子で見つめている。

 鑑賞、観覧と言うよりは、品定め、と言った様子だ。


「こんにちは。わざわざ足を運んで頂き、ありがとうございます。お二方」

「お話を、聴きに来ました。しかし、桔梗を迎え入れたいと言うお話でしたら、予めお断りを。桔梗は、そう容易く御し切れる人ではありませんので」

「へぇぇ……そりゃあ、聞き捨てならねぇなぁ」


 机に脚を乗せて漫画を読んでいた男が、ゆっくりと立ち上がる。

 脚を基本としてかなりの高身長で、二メートル近い高さから見下ろしてくる。元々低身長の桔梗からしてみれば、さながら崖と崖を登るクライマーのよう。

 のっそりと起き上がった熊のような長身の男を相手に、楓太は自ら、護るべく立ちはだかる。


「今まではどうだったか知らねぇが、ここは多くの能力自慢共が集っては、世界の広さを知って散る大海、月詠学園! 自分の能力にどれだけの自信があろうとも、弱ければ容赦なく沈められる。例え黒髪だろうと、例外はねぇ」

「そう言って、今まで何人も桔梗に挑んで負けました。未だ、彼女を倒した人は誰もいません」

「生涯無敗か? 面白ぇ。猶更その高い鼻、へし折ってやりたくなって来たぜ!」


 まただ。

 大体にして、向こうがこちらを手駒として置きたい場合はこういった展開になる。


 弱肉強食――力無き者はただ、力のある者に食われ、従うのみ。

 知恵を持たぬ獣にさえ適用される、古くから通じる自然界の掟。

 小学生の時も中学生の時も、そうして多くの人が桔梗を従えようとして来た――が、失敗した。


 しかしだからと言って、桔梗を守らない理由にはならない。

 生涯無敗はあくまで結果であり、彼女自身、誇ってはいないのだから。


「勝負なら、俺が――」

「待って、フゥ太……目的が私なら、私が、やるわ」

「桔梗?」

「今日は……にも、フゥ太が、いるから」


 と、意味深に桔梗が腹部をさするので、周囲は何と言っていいのかわからない。

 ただ一人、彼女の事をよく知る楓太だけが彼女の固めた決心を尊重し、そっと、小さな体を抱き締める。


「わかった。でも、無理はしないで」

「うん」

「話は決まったか?」

「私が……お相手、します」

「いいだろう! では早速始めようぜ!」


「「=戦域展開、解放(!)=」」


 桔梗と先輩の男子学生が戦域に飛ぶと同時、いつの間にか愛美が紅茶を淹れており、茶菓子と共に観戦を勧められた。

 他の風紀委員の面々もいる中、楓太は若干緊張しながら勧められた席に座り、紅茶を啜る。

 真向いの席に座った愛美も一口紅茶を口に含み、微笑を湛えて来た。


「あの子。生涯無敗との事でしたが、綾辻さんはどうなのです?」

「……負けた事なら、何度もあります。ただ、桔梗以外には、あまりいませんが」

「つまり黒園さんは、あなたより強い、と?」

「少なくとも、そう言う事です」


 楓太と敵討ちに来た男との勝負の一部始終は、愛美も陰から覗き見ていた。

 正直に言って、一年生とは思えないくらい慣れた戦い方。相手にも一切の容赦なく、戦域でなければ確実に殺していただろう事実を考えると、尚恐ろしい。

 愛美自身、自分と楓太の戦いを想定してみたが、能力の内容も把握していない今、如何なる角度から見ても、勝てる要素が見つからない。

 未だ能力の内容は把握出来てないままだが、現状で見てもほぼ無敵と言ってもいい楓太を相手に勝ってしまえる、桔梗の能力とは、一体――


  *  *  *  *  *


 久し振りに、戦域の乾ききった空気を浴びて、髪がなびく。

 最後に立った戦域と変わる事無く、舞い上がる土埃は幻影だとわかっているのに、せっかく毎朝楓太が整えてくれる髪が汚れてしまうように感じられて、嫌になる。

 戦うための場所とはいえ、よくもこんな場所でやる気になるものだと、いつも思う。


「さぁてぇ、黒髪相手なんて滅多にやれねぇからなぁ。悪いが手加減はしねぇぞぉ?」

「……私も、手加減は出来ません。なので、

「は?」

「だから、戦いはいつも……任せているの――」


 桔梗のブレザーポケットから取り出されたのは、ポケットティッシュサイズのカードケース。

 ケースを開けた桔梗は数枚のカードを取り出し、マジシャン顔負けの高速で混ぜ始める。その中から適当に一枚を抜き取り、ゆっくりと、高く揚げて見せた。


「では、先輩? 今日のあなたの運勢を、占いましょうか――」


 ――“過去は親愛、明日は狂気シャルル・シーズィエム・タロット”。


(さて、今日は祝福か……それとも、災厄か)


「“無慈悲の逆位置ポジション・インバース第二列ドゥーズィエム――女教皇ラ・ポぺス”」


 掲げられたカードが光となって砕け、空は鉛色の曇天に包まれる。

 嵐の前の静けさを予感させる静寂を横風が貫き、桔梗の黒髪を持ち上げるように舞い上げて、風が雲を突き破った時、は、鉛色の雲に出来た切れ目を破って、降りて来た。


 さもそれは、女神が如き美しく。天使が如き神々しさで。

 巨大な力の塊が、今まで人を見上げた経験のない青年を見上げさせながら、降臨する。


「今日のお相手は、彼女が務めます」


 およそ、人間とは言えない規格の怪物を前に、先程まで勝つ気満々であった先輩は意気消沈と言った様子で、無言のまま立ち尽くす。

 しかし仕方ない。

 今まで桔梗の操るこれら異形を相手に、戦意を保てた者など、いないのだから。

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