高校生活編Ⅰ
入学初日、喧嘩を売られた
もはや、いつからなのかはわからない。
人間が、当時のコミックやライトノベルに描かれるような異能力に目覚めたのは。
異能は髪の色によって種類が異なり、全世界に生きる人間の髪の色は、生まれ持った能力に準じ、遺伝による色彩の反映はほぼ皆無となった。
その中で、黒い髪の持ち主は徐々に姿を減らしていき、やがて他より特異な能力を発現するようになっていった。
いつしか黒い髪の持ち主は絶滅危惧種と比喩される程珍しい存在となり、黒い髪を持って生まれた人には、その国の政府より厚い待遇を受ける代わり、義務と責任を負う事になる。
母国が軍事的緊急事態に陥った場合、第一線に立って力を揮う義務と、他人の命を背負って戦う責任である。
「おい、あの子……あの小さい女の子の髪」
「黒?」
「へぇ。私、黒髪なんて初めて見た……!」
まるで見世物だ。
水族館に飾られるリュウグウノツカイ。
動物園のジャイアントパンダ。
博物館に展示される恐竜の化石。
金を払ってようやく生で見られるような、世界から希少種、あるいは絶滅した痕跡として認定された者達に、外に出た途端成り下がる。
ただ髪が黒いと言うだけなのに。まるで、大道芸でも披露しているかのような反応が見られて、つい、ムッとなってしまう。
だから楓太は何度も、桔梗に袖を引かれて止められた。
幼稚園の頃から何度もあったことなのに、どうしても慣れない。
むしろ年々、彼女に対する眼差しに粘着質な物を感じて、嫌悪感は増すばかりだ。
「フゥ太、私は大丈夫。だから、喧嘩腰になっちゃ、ダメ」
「……そうだな」
都立
これから二人が三年間、高校生活を送る学園であり、創立十七年と若い学園ながら、年々入学倍率を上げており、今となっては某劇団員育成所たる私立学校の次の倍率を誇る。
私立校にも負けぬ程整えられた設備。各分野に精通した選りすぐりの教員らが授業を受け持ち、他の学校では受けられない英才教育が施される。
そして何より、異能の扱い方に関して一番行き届いた教育と訓練が受けられる学園として、当校は注目を浴びていた。
異能のコントロールに関しては未だ、各々が自ら手探りでより良い手段を模索しなければならないのが実状だ。
故に、コントロールを誤ったがために起きる事故が後を絶たない。
その点、当校はその手のプロが導いてくれると言うのだから、親としてはどうしても入学させたいもので、結果的に入学の倍率を上げていた。
『どぉぉも、紳士淑女の皆々様! ご機嫌いかがでしょぉかぁ! ワタクシが当校の学園長を務める、
名前と性格に幅広いギャップを持つ、痩せぎすの学園長の挨拶が始まる。
もはやマイクは不要な様で、大きな声量と
『この度、ここに集った総勢一七八名を新たに我が学徒として迎え入れましょう。しかし、しかし、しかし!!! 始めに断言しておきましょう! ここにいる一七八名全員が、当校を卒業する確率はゼロであると!!!』
最後の一声が、体育館内を何度も反響する。
だが何度も繰り返し聞こえているのは体育館の構造ではなく、彼らの脳が、最後の言葉をより強い衝撃と共に受け止めたが故だった。
『無論、当校が単位制である事も、教師陣が皆様に単位を取って頂くべく授業を行なうだろう事も承知の上で、敢えて! 言わせて頂く! 我々に異能を与えた何者かを或いは神と定義するならば、神は過ぎるくらいに残酷で、あまりにも、無慈悲!!! 髪の色、艶、濃度に限らず、底辺から頂点までの人間すべてが、必ずや一度以上、自らの異能に振り回される! そして必ずや、失敗、失態を犯すでしょう……そこから這い上がれない人が次から……次へと! 去って行く! 消えていく! 失せていく! そうならぬための当校でありますが、当校に入学したから能力の操作が確約されたわけではありません! すべては!!! 皆様の努力と胆力に掛かっている事を、お忘れ無きよう!!!』
まるで、選挙の街頭演説のよう。
繰り出される言葉の一つ一つに重みがあり、肩に、頭に、体に重く圧し掛かってくる。
これから来るやもしれない未確定の未来という不安に変わって、焦燥を掻き立てられる。
『三年間! 力の限り! 神より賜った異能と髪と戦い給う!!! 君達の未来に、栄えある輝きを!!! 無慈悲で残酷な神に抗い、立ち向かう力を!!! 私は! ……心より、祈っております』
最後の最後で、急激に失速した。
疲れた、と言うわけではあるまい。
本当に祈るように、我が子にでも言い聞かせるかのような優しさと温もりの中、囁かれたような感覚。
結局、そのままトントン拍子で入学式は進んでいき、あっという間に終わってしまった。
自分達のクラスに向かうと担任の先生から始まり、出席番号順に簡単な自己紹介をして、年間通してのカリキュラムの説明と、授業の内容と獲得出来る単位数とが記されたプリントを受け取って、初日は終了。
なのだが――
「……」
「――」
最初から最後まで、クラスの全員が新入生唯一の黒髪の持ち主である桔梗の事をチラチラと見ていて、とても話に集中出来ておらず、担任の教師も注意するどころか興味津々と言った様子で、度々一瞥を配ってくる始末。
だがこれが、桔梗にとっての日常だ。
幼稚園から小学校。中学校と、いつも同じ目で見られてきた。
本人はもう慣れてしまった様子で、ずっと見られてきたが故に身に付いたポーカーフェイスでやり過ごしていたが、彼女を見ていた楓太も結局堪えるのに必死で、周囲とは少し理由が違ったものの、話に集中出来なかった。
「フゥ太」
もはや桔梗が動き、喋るだけで周囲が一々反応してくる。
おかしい話だ。
桔梗は人形ではない。人形のような愛らしさとか、そういう表現に収まるなら良いが、嘘をつくと鼻が伸びる木の人形のような存在ではないのに、どうしてそうも驚くのか。
何も、当たり前の事なのに。
「……帰るか」
「うん」
「ちょい待ち」
帰ろうとしたところで、スカートであることも気に掛けることなく伸ばされた脚が、半開きだったドアを開けつつも、通すまいとしてくる。
自ら行き先を塞ぎ、通せん坊の役を担っていたのは、緑色の長髪を真っ直ぐに伸ばし、背中で束ねて絵筆のようにしている女子だった。
今まで桔梗を遠目で見て来る人は数えられない程いたが、こうして直接語りかけてくるのは久し振りだ。
人が持つ異能の種類は、大体髪の色から絞れるものの、黒は特定の能力が存在しない。まったくの未知数だ。そんな相手に正面から挑めるのだから、なかなかの肝っ玉である。
「そこの黒いお人形ちゃんさ、あたしとヤらない?」
「……何を?」
「いや、わかるでしょ? 黒髪の女の子がいるとさ、男子の受けが良いんだ。あんたも楽して稼げるし、あっちも気持ちよくなれるしで、ウィンウィンって奴?」
「遊女なのね」
よくもまぁ堂々と、皆の目の前でそんな話が出来るものだ。
いや、もはや開き直っていると言った方が良いか。
楓太は今思い出したが、最近中高生を中心に密かに噂となっている遊び人だ。
名前も顔も知らないが、噂で聞いた見た目と酷似している。
面倒になって隠す気すらないのか、それとも一種の自暴自棄か。いずれにせよ、こんな形で関わっていいはずはない。
「遊女? あたしそんな難しい言葉使われてもわかんなぁい。馬鹿だかんさぁ」
「そうなの? ここにいるのに?」
「さぁ、どうだかんねぇ。裏口入学とかかもよ? あたし、体の出来だけは良いかんさぁ」
と、自慢げに胸部と臀部を突き出してアピールする女子を前に、自分を見下ろした桔梗は静かに楓太へと視線を移してきた。
無言でただ、ジッ、と見つめてくる。
何が言いたいのかは明白。わざわざ問われるまでもない。
「そういう話を、俺の前でしないでくれるか」
「ヤだ彼氏? へぇ……ナヨナヨしてそうだけど、実は立派なのをお持ちなのかしらぁ?」
「そういう話しか出来ないのか。とんだ痴女だな」
「は、はぁ?! ふざけんな! 誰が痴女だし!!!」
「難しい言葉はわからないんじゃなかったのか……馬鹿だから」
「――っ!!!」
女子の足下で風が渦巻き、吹き荒ぶ。
カーテンレールからカーテンが千切れて、窓ガラスに亀裂が入ったところで治まった。
が、怒りは治まっていない。未だ彼女の中で荒ぶり、煮えくり返っている。
「勝負よ! その女を賭けて! しゃしゃり出て来た事を後悔させてあげるわ!」
「しゃしゃり出て来たのはそちらだと思う。が、とりあえずわかった……勝負を受けよう」
互いに生徒手帳を取り出し、学園の紋章をタッチする。
光り輝く紋章同士を照らし合わせると、二人の間にどこからともなく画面が現れた。
『決闘申請を受諾。対戦相手両名の承認を
「行くわよ――!」
「あ、ちょっと待った」
女子の出鼻を挫いた楓太は、眼鏡を外す。
ガラス越しでは純粋な水色にしか見えなかった瞳が、水の中に若干の藍色を混ぜ込んだ青を中心に潜め、巡るようにして輝いていた。
「桔梗、眼鏡預かっててくれ」
「うん。フゥ太」
「うん? あぁ」
忘れてた、と楓太はごく自然な流れに身を任せて眼鏡を渡すと少し屈み、桔梗と短いキスをした。
周囲から、短く色を帯びた奇声のような物が上がったが、気に留める事は無い。
「頑張ってね」
「待ってろ……待たせた」
「見せつけてくれちゃって……その顔、グチャグチャに潰してあげる!」
『合言葉をどうぞ』
「「=戦域展開!!! 解放!!!=」」
合言葉にて起動する。
異能を持つ者達の戦いの場。持てる力のすべてを吐き出す事を許された、戦域へ飛ぶための
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