第18話 自身との対話

 トク、トク、トク、トク、


 暗い闇の中、自分の心臓の音だけが鳴り響いている。

今自分がどこにいて、何をしているのかも分からない。ここは一体何処なのだろうか。俺の視界にはただ何もない、無の領域が延々と広がっている。

また死んでしまったのだろうか?

だとしたら、今度の俺はどうなってしまうのか。

 そんな時、唐突に大きな光の球体が目の前に現れた。


なんだっ!?


急な光に俺は少し身構える。

やがてその光は人の姿へと形を変えると、自分の姿となり「やぁ」と俺に向かって静かに言葉を発した。


「お前は……」


「見たまんまさ。俺は君で、君は俺だよ」


 確かに、目の前でそう話す者の姿はまさに俺だった。

だが、その姿は俺の姿ではなく、ガサツに整えた金髪の髪にどことなく締まりがない顔をした、生前生きていた時の俺だった。

その目は生気を宿しておらず、俺を見ているようで見ていない。自分の姿とはいえ、思い出したくない過去の闇の自分だった。


あぁ、こんな目をしていたんだっけ。

 

自分自身の過去の在り方を投影され、何も否定できずにその自分を目に映す。


「色々と困惑している様だね。ところで一つ聞くけど、何でこの世界に転生したか分かるかい?」


ふと、過去の俺はそう聞いてきた。


「この世界に転生した意味……」


言われてみればこの世界で生きて6年間、そんなことを考えたこともなかった。ただ与えられた生を己の満足のいくままに謳歌し、ただ過ごしてきた。

もちろん、生前より前に進もう、前進しようと日々努力してきたつもりではあった。

だが所詮それも日々の惰性に過ぎなかったのかもしれない。


「どうだい? 過去の姿の自分を見て?」


過去の俺が自分に問いかける。


「どうって……。いい気分はしねえよ」


「そうだろうね。過去の君は世界に退屈していたからね。生きる活力も無く、ただ日々の惰性を貪り過ごす。何の志もなければ、自ら行動して答えを探すこともなかった。

ただひたすら「日常」という鎖で体を縛り続けられ、その生きる力は日々弱まっていっていたわけだ」


「何が言いたい……」


「なぁに、簡単なことさ。君は転生したこの世界で何を求めてどう生きたいんだい?」


頭を強く殴られた様な衝撃を覚えた。

転生したこの世界で---

俺はどう時間を費やすつもりだったのだろう。


「あらら、考えてもいなかったんだね。期待を裏切らないな。さすが俺だよ」


過去の自分とはいえ、死んだ目をした自分にそう言葉を返され、少しばかり怒りを覚えた。


「お前は一体なんなんだよ。そんな死んだ魚の様な目して言われたくねえよ! それに今の俺はお前とは違う! もう過去は振り返らないし、俺は自分の意思で好きなように、転生したこの世界で全力で生きていくんだっ!」


「あはっ! 熱いねぇ!

まぁ、その心意気には感心するよ。

生前の俺からは考えられない発言だ。

……でもそれじゃあ、また前と変わらなくなるよ?」


嘲笑うように俺に返される。


「なっ……どうゆう意味だよ……」


言葉がそれしか出なかった。


「君はさ、日々周りの環境のせいにして何も行動しなかったんだよ。

今のその意気込みだって、所詮は環境のおかげ。自発的に動いて得た結果じゃない。そんなんじゃ、すぐにその志は打ち砕かれるよ」


 過去の俺は、俺に諭す。

その通りだった。俺は俺自身の問題として受け止めることなく、周りの環境を否定するだけで何も自分から行動することは無かった。

そして、この世界でもそれは変わっていない。別に何かを得るために生きているわけじゃないし、未来のビジョンがあるわけでも無いので、そうなるのは当たり前といえば当たり前だったが。

だが、過去の俺が放つ言葉はこれまでに無く説得力があり、自分自身の生き方をそのまま表していた。

俯く俺をよそに、ふと、過去の俺は静かに呟いた。


「あとさ、この世界は君が思っている様な世界じゃないよ」


静寂の闇の中、ただひたすらに俺の声だけが交錯する。


「それも……どうゆう意味が教えてもらえるか……?」


「あぁ。この世界は残酷だ。

故に、君はこれからこの世の暴論や理不尽に幾度となくその道を阻まれるよ。

君も目にしただろ?

「この世の異端者」、「契約」、あれらはこの世界のほんの一端に過ぎない。

君はもう受け身では生きていけない。

そのままだと、あっという間にこの世界に飲み込まれて自らを見失うことになる」


「お前……本当に俺か?一体何を、どこまで知ってるんだ?」


過去の俺は今の俺の心境を全て見透かす様な笑みを浮かべて、言葉を投げかける。

言葉の真意はともかく、俺はこの意味を少なからず理解することができた。


「はい、話はこれでお終い。

そろそろ時間の様だよ。

もう一度考えてみなよ。この世界に転生した意味を。この世界で君は何を得たいのか。君にもう一度問うよ」


そう言うと、過去の俺は光に戻っていき、やがて俺の前から姿を消した。


「おい、待てよ! 時間てなんだよっ!

まだ話はっ……」


 闇の中一人残された俺は、力なく両腕の拳を握りしめる。


この転生した世界で----


もう一度授かったこの命で、何を得たいのか。


 俺は再び真っ暗な空間となった場所で、ただ呆然と今目の前で起きた出来事を振り返る。

今のは一体なんだったんだろうか……?

過去の姿をしていたが、喋り方や話す語彙も少し違いがある様に思えた。

するとポッとずっと向こうに光の塊が現れた。


またあいつか?


俺は少し身構えたが、しばらくして違うということに気づく。

その光は俺との距離を縮めながら、大きく膨らんでいっている。

その光に俺は目を眩ませながらも、自然と光の方へ足を向けた。

そして光は俺の体全体を包み込み、そして次の瞬間、俺の意識は朦朧としていき、やがて途絶えた。

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