第16話 契約
「さて。何か言いたいことはあるかな?」
俺とシルエはリビングの椅子に並んで腰掛け、長机を挟んでサロスと向き合っている。
ヘラはサロスの隣に座り、不安そうにもこちらを見守っている。
あれ?なんだこの空気は?
家の中の雰囲気が重い。
家に帰れば、「ディアス、シルエ良くやった!」と祝福の嵐が俺達を待ち受けているかと思っていたが……。
隣に座っているシルエは、さも申し訳なさそうに尻尾と耳を垂れ、サロスの方を向いている。どうやら、俺が思っているより事は重大らしい。
押しつぶされそうな重い空気の中、ヘラが口を開けた。
「ディアス、シルエ。よく無事だったわね。本当に良かった。まさかフィアがあちら側の者とは思ってもいなかったけれど……」
あちら側とはなんだろうか?
ヘラは何か別の意味を含んでいるかの様に言葉を発した。
すると、シルエが立ち上がりサロスとヘラに深々と頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。
私の勝手な独断でディアス様を連れ出し、挙げ句の果てに危険に晒してしまいました。
今回の件は全てこの私の責任です」
「シルエ……。そんな、シルエは悪くないですよ! そもそも俺が勝手に魔導書を持ち出したのが原因で……。それにシルエだって大怪我を負わされたじゃないですか! あそこで俺は全く動けませんでした。助けようと思ったらもっとできたはずなのに……」
言っていて胸が痛む。俺はシルエが苦痛に顔を歪めている時、吐き気に襲われ何もできなかった。それにフィアが来た時に彼女が放っていた殺気にも気付いていたし、もっと何かしら対処できたはずだった。結果シルエは片腕を失い、今も尚シルエの右腕の袖はダランと力なく垂れている。
「はぁ〜。いつから君たちはそんな仲良くなったんだい? まあいい。今回の件に関しては、良くやったと評価してあげたい」
サロスは頭を掻き少し呆れた様子で、でも少し微笑みながら俺たち2人に言葉を投げかけた。俺とシルエは顔を見合わせ、ホッとため息をつき緊張が緩んだ。
「でも、」
次の瞬間、サロスの表情は曇り、先ほどまでの包み込む様な発し方からは一変して鋭く言い放った。
「それは結果論だ。君達2人がこうやって生きて戻ってこれたのは、運が良かったのに他ならないよ。万が一僕が駆けつけていなかったらどうしていたんだい? 君達2人は自分の力を過信し過ぎだった」
ッ……!
サロスの言っていることはもっともだった。
俺はサロスが来なかったらどうなっていたんだ?
リリアには魔法も体術も効かず、シルエは戦闘不能だった。それにリリアはその気になれば、俺を足止めしてシルエを殺すこともできた。まさに絶望的な状況だった。
そう。俺もシルエもサロスの言う通り、自身の力を過信し過ぎていたのだ。
「申し訳ありません……」
シルエは返す言葉もないと言った様子で再び頭を下げる。サロスはシルエに向けてさらに言葉を続けた。
「特にシルエ。君は昔からそうゆう悪い癖があるよね。自分に自信があるが故に、その自信で周りをも巻き込み、自分とその周りにいる者を危険に晒す。今回が初めてではないはずだよ。過去に誤ちを犯したというのに君は再び同じ誤ちを犯した」
ピックっとシルエの表情が歪み、耳が動く。
おそらくサロスは、フィアのことを言っているのだろう。
シルエは今度は何も言い返すことなく、ただ黙って頭を垂れている。
尚もサロスはシルエに言い放つ。
「君のその行動、言動、態度そのものが、君の周りにいる者にとってどれだけ影響があるのかを考えた方がいい。今回は僕が駆けつけたから良かったものの、下手をすれば君自身が命を落としていたかもしれないんだ。もっと自分の現状と周りの物事を客観的に観察できるようにならないといけないよ。それができて、一流の冒険者であり、ディアスを任せられる従者だ」
サロスは口調は丁寧なものの、心の中はグツグツと煮え繰り返っている様子だ。
そして、次にその矛先は俺へと向けられた。
「ディアス。なぜ僕が君に魔力を教えなかったか、今はわかるね」
「はい……」
「体が成長したぐらいで済んだから良かったものの、それも全て結果論に過ぎない。
僕もディアスに何も話さなかったのは、今となっては思うところもある。だけど、勝手に魔導書を持ちだして、不適合年齢で魔力回路を開いてしまったのは頂けないよ」
「父さん! お言葉ですけど、あの時はそうするしか……」
「ああ、たしかにあの状況なら仕方がなかったと僕も思う。でも、その状況を作り出したのは他でもない君だろう?」
なにも返す言葉がなかった。
サロスは正しい。
俺が魔導書を勝手に持ち出したりしなければ、シルエもそこに便乗することはなく、危険な思いをすることもなかった。
こればかりは、俺の責任だった。
「ディアス。冒険者は想像が大事だよ」
「想像……ですか?」
「そうだ。魔力にせよ何にせよこの世の全ての物事は僕らの想像によって作り上げられている。
今この瞬間もね。それは言い換えれば未来を予測するということでもある。
確かにディアスは早く基礎魔術を習得したかっただろうし、それを説明しなかった僕にも責任がある。
けれど、魔導書を読んだなら、ディアス。
君もその意味を追求し、考えることはできたんじゃないかい?」
「ええ……。ですが、龍族のことはなぜ教えてくれなかったのですか?」
「今の君の年代で教えることではない。
単にそう思ったからさ。
龍族の存在を明かすというのは、この世界から後ろ指を刺される様になるとも思った方がいい。
ディアス。君の前世がどこであれ、まだ知る必要は無いと僕は判断したんだよ」
前世。サロスは俺の正体に初めから感づいていた様だ。ヘラとシルエはサロスの発言に対して、理解し難いというなんとも言えない表情を浮かべている。
やはり、サロスだけが俺の内なる存在を知っているらしい。
サロスは、ふぅと一呼吸整えると再びシルエに言葉を放つ。
「シルエ。今回の件に関して、もうこれ以上とやかく言うことはない。
でも、君はこの家の規則を破り、ディアスを連れ出して危険に晒した。これには相当な処分を受けてもらうよ」
「父さん! シルエは俺のためにやってくれたんだ! もうこれ以上……」
「黙っているんだディアス。
これは僕とシルエの問題だ。
彼女を雇う時に僕と約束した事でもあり、契約でもある。それをシルエは僕に相談することもなく、一方的に破った。そうなってしまっては、僕も契約上、シルエをこれ以上側には置いておけない」
契約? 一体何のことだ?
サロスは手をシルエに突き出し、詠唱を唱えた。
「今ここに、汝と我なる契約を解除する」
サロスの手の甲に紋様が現れ、それと同時にシルエの手の甲にも同じ紋様が現れた。
そして、その紋様は大きな光を放ちすぐさま光の塵となって消滅した。
サロスは名残惜しそうにシルエを見つめるも、力強くシルエに向けて言い放った。
「契約は破棄された。シルエ、今日から君はこの家を出ていくんだ」
はっ?
俺はサロスが言い放ったその言葉に耳を疑った。ヘラはその言葉を聞いた瞬間、少し顔を背けた。
シルエは「はいっ…」と頷くも、その目には後悔とも取れる悲しみに溢れた涙でいっぱいになっていた。
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