第8話 裏切り
六巻目の魔導書。
どうやらよっぽど重大な情報が書かれているらしい。
なにせサロスも、唯一見せてくれなかった書物だ。
シルエはゆっくりと口をひらいた。
「六巻は.....」
シルエのどことなく緊張感が漂う口調に、俺も思わず唾を飲み込む。
「白紙でした♡!」
は?
予想してない答えだった。
思わず心の声を口にだしてしまい、素っ頓狂な俺の声がこだまする。
シルエはまたニヤニヤとこちらに笑みを浮かべている。
「あ、これはあれだ。
いつも俺をからかっている時の顔だ」
そう理解すると、その途端に一気に肩の力が抜けた。
「シルエ、イタズラはやめてよ……。
まぁおかしいとは思ったけどさぁ。
父様が持っているはずの六巻を、シルエが持ってるわけないですもんね」
なんだか損した気分だ。
くそ、シルエの手の平で転がされた気がする。
シルエはニャハッと笑っている。
「ディアス様が期待してた答えと、違いました?」
無性に悔しい。
耳と尻尾を同時に引っ張ってやろうかと思ったが、避けられて反撃を受けてる気がしたのでグッとこらえる。
シルエはそんな俺の事はお構いなしに話し始める。
「いやぁー、ディアス様はやっぱイジリがいありますね。これで同年代だったら、もういじり倒してるかもしれません。
けど……別に騙した訳じゃありませんよ?」
何を言ってるんだろうか。
思いっきり騙されてここまで来てしまった。どうせ魔力とやらも教えてくれる気はないんだろう。そう思っていると、
「六巻目は本当に白紙だったんですよ。
それで解読に苦労していたんです」
ん? どうゆうことだろうか。
何も書いていないのなら、解読以前の話ではないか。
シルエは話しだした。
「どうやらこの六巻は龍の滝の裏側にある洞窟でご主人様が偶然見つけたそうです。
その封印を解除すると、白紙のページに文字が浮かび上がってきたらしいんです」
シルエは続ける。
「ご主人様は急いでその本を持ち帰り、解読しようとしたそうですが、家に帰った頃にはどのページも白紙に戻ってたそうです」
なるほど?なんとなく話しは見えてきた。
シルエは淡々と続ける。
「そこでご主人様は、何か条件があるのかもしれないと、もう一度その魔導書を持って龍の滝へ行きました。すると、再びページに文字が浮かび上がってきたんです。ご主人様はすかさずそれを上からなぞり、家に持ち帰って解読することに成功しました。ただ一定時間が経過すると、下書きごと白紙の状態に戻ってしまうようで、解読にとても苦労されていたわけです」
なるほど、通りで最近ひっきりなしに本を読んでは、外出していたわけだ。
てっきり、修行しにいっているのだとばかり思っていた。
「それで、肝心の中身はどんな内容だったんですか?」
俺は思わず尋ねる。
「それがその本を手にした人物に必要な情報が現れるようで、ディアス様の魔力についてだったらしいです」
俺の魔力のことが?
「もしかして強大すぎて使いこなすには難しすぎるーとかそんなんですか?」
冗談まじりに思わず口にする。
「まあ、そんなところです」
なぬ?
これも予想していたのと違った返事が返ってきた。
「ディアス様の潜在魔力はどうやら龍族の中でも異色で強大らしく、体の魔力回路を開いた年齢に関係なく、魔力石と同調することで体に大きな変化が出てしまうんだと書かれていたそうです。
それがどの様に影響するのかまでは予測できないため、ご主人様はディアス様が心身ともに十分に成長するまでは、魔法を教えることはしないという方針を固めました。
それこそ、成人してから魔法を習得しても遅くないと」
それで、サロスは頑なに俺に魔法を教えてくれなかったのか。
だが、回路を開く前ならさほど影響はないだろうに。
少し過保護すぎる気もするが。
しかし異色ってどうゆうことだ。
転生した影響だろうか?
シルエは淡々と話をしながら続けた。
「それと、これはディアス様お一人の問題というわけではないのですが……。
今後の龍族に大きく関係する問題が書かれていました。」
またもや重い雰囲気だ。
流石にこれは冗談と言える感じではないだろう。
「狂魔族という存在はご存知ですか?」
「ええ、聞いたことくらいは」
狂魔族か。
これも5巻に載っていたな。
龍族と同じく特異種族で、魔族のはぐれ者とでも言うべきか。
その力は非常に強大で、一族全体が好戦的で残忍な性格を持ち、その昔は様々な種族と対立しあっていたが、龍族との戦いにおいて体力を消耗し封印される手前までいったのだとか。因みに世界からは龍族同様「この世の異端者」と呼ばれている。
うん……。それにしても、龍族ってつえーな。
もちろん、大人しく友好的な者も中にはいるらしく、要はブラックな輩どもが表だってるため、一族全体の噂が悪くなっているようだ。だが、龍族同様に謎が多い種族でもある。
シルエは続ける。
「その狂魔族が、最近になって動きが活発になり、龍族の殲滅を目論んでいるそうなのです。その矛先として、ディアス様一家が狙われていると魔導書に書かれていました。」
マジか。
一族全体から狙われるって、どんだけうちの家庭はヤバいんだよ。龍族っても、もっと他にいるんじゃねぇの?
わざわざ遠路はるばるここまで来んなよ。
そう思ったが、なぜシルエはこのことも俺に話すのだろうか。
そんな疑問に答えるかのようにシルエは続けた。
「そして狂魔族に対抗するべく重要な戦力になるのが、他でもないディアス様の魔力ということが書かれていたのです。
ただ、先程も言った通り、ご主人様はディアス様に起きる変化がどれほどのものなのか検討がつかないため、焦って魔力回路を開くのではなく、充分に力をつけたのちディアス様の魔力回路を開こうと考えておられました。」
なるほどな。
話を聞く限り、俺が龍族全体の存命の鍵を握っているといっても過言ではないらしい。
だが、サロスの判断は正しいのではないだろうか。少なくともリスクがどのくらいあるのか分からない以上、焦りは禁物だ。
そこで、足を掬われては元も子もない。
それに、今すぐに全面戦争が起きるわけでもないのだろう。
「それの何が問題あるのですか?」
頭を整理しながらシルエに問いかけるが、シルエの表情は曇ったままだ。
むしろさっきよりも深刻だ。
「ここまでは別に大した問題ではないんです。ただ、その文書の先にとてつもなく重大なことが書かれていて……。
ご主人様が家に本を持ち帰った際に、消えかけでしたが内容をチラッと見てしまいまして……」
シルエが、拳をギュッと握る。
「すぐ身近に、ディアス様の命を狙っている者がいると」
はっー!????
いやいや、命狙われる覚えないっす!
嫌ですよ。転生してまた死ぬなんて。
しかも誰かに殺されるとか理不尽すぎる。
断固として、そんな運命はお断りだ。
「狂魔族ってことですか?でも、父様や母様もいますし、充分警戒していれば大丈夫じゃないでしょうか?
それに、狂魔族なんてこの村では見たこともないし、魔力すらも感じたことありませんよ?」
「ええ、おそらく狂魔族でしょう。ですから油断は禁物なんです。彼らは魔力はもちろんのこと、様々な種族に姿を変えて生活することが可能なのです。
それも自分たちが殺した体を拠り所にしてです」
うわぉ。なんて恐ろしい。
魔導書には、普通の魔族はそんな物騒な能力は無く、比較的大人しい種族だと書いてあったが。同じ魔族と言ってもそこまで違いがあるとは。
確かに、残忍そのものを表している能力だ。
そんなことを感じながらも、ふと思った。
どんな種族にも化けられる?
もちろん獣人や、エルフ、人族にもということだ。
とても身近な存在?
村人の人達とはほぼ全員と親しいが、それでも毎日話すような中じゃない。
家族の中にもう紛れているってことか?
それを警戒しろと、シルエは言っているのか。
となれば、当然それは母様や父様にも当てはまるだろう。いつの間に入れ替わっていたなんてこともありうる。
俺はこの考えが、何か触れてはいけない結論へと向かっているのを感じた。
だが、考えを辞めようとしても、後からどんどん疑問が湧いてくる。
いやまて、そもそも俺を排除したいならとっくにやっていてもおかしくないだろう。
それをしなかったのは何故だ?
その段階ではする必要もなかったということか?
頭をフル回転させる。
シルエの話す限り、俺の魔力が異常だと分かったのは魔導書を見つけてからだ。
なら、それを知った段階で仕掛けてくるということか。
いやそもそも、魔道書の存在を知っている人はどうやら俺の家族だけらしい。
魔導書というのは滅多にお目にかかれるものでもないらしく、魔法学校などに行けば読むことができるが、普通に生活している農民の家系などは存在すら知らないこともあるとか。どうやら、俺はなかなかの坊ちゃん家庭で育ったようだ。
そうなると、村の人達は関係ないか。
となると、やはり俺の家族の中に絞られる。
内容を知っている奴が怪しいな。
内容を読んでいるのはシルエはもちろん、さっきシルエから聞いた俺と父様と母様あたりか。
フィアはどうなのか分からないが、存在は知っているだろう。
ん?とゆうことは、向こうもその内容をすでに把握しているってことだよな?
なら、もう俺に牙を向けてくるはず。
そもそもなんでシルエは俺にこのことを教えた?
シルエはここに魔力を教えてくれるという名目で連れてきたはずだ。
俺を誘い出して、わざわざこんなところで何故この話をしだしたんだ?
よくよく考えるなら魔力を教えるだけや、話すだけなら、家の外であればどこでも良いはず。
今の俺とここに来る意味はない。
一つあるとすれば、ここは人目がないし、新樹の頂上、ましてや森の奥にある場所だ。
俺を誘い出して、殺すなら絶好の……。
そう考えた瞬間、俺の息が止まった。
冷や汗が止まらなくなった。
まさか……。
もし、狂魔族が俺の命をすでに狙っていて身近に潜んでいるのなら、サロスやヘラの目が届くところにいては手が出せないし、まだ魔力回路が開いていないうちに俺を殺そうと思うはず。
となると、シルエは……。
そこから先は考えたくなかった。
だが、これでシルエが魔導書を持っている理由もこれで予測がつく。
「身近に狂魔族が潜んでいる」
もし狂魔族自身がその文をみたら。
当然、他の奴らが余計な詮索を始めないよう隠すだろう。
シルエの話だと、サロスはその文を見ていないわけで、見るとしたら今日再び竜の滝へ行った時だろう。
だが、サロスの手元には魔導書がなく、肝心な狂魔族が身近にいるという情報は知ることができない。
とゆうことは、この事実を知っているのはシルエと俺の2人ということだ。
ボロが出て警戒される前に、俺を殺してしまえば最も厄介な目的の一つは達成され、龍族との戦いに挑めるのだ。
狂魔族からしたら願ったり叶ったりだろう。
俺は息を深く吸い込んだ。
考えに考え、そして納得した。
いや、無理やり納得するしかなかった。
決定だ。
これでシルエのこれまでの行動の意図がはっきりした。
俺はシルエに目をやる。
シルエも俺を見つめて、少し微笑んでいる。
俺はシルエの方に一歩踏み出した。
と同時に、シルエの表情はこれまでになく険しくなりこちらに鋭く視線を向けた。
その瞬間俺は体の底から震えが走った。
これが恐怖というやつか。
まさかな。信じたくは無かった。
だが、これは肌身で感じる。
この殺気は間違いなく俺と「もう1人」に向けられたものだった。
シルエは俺の方に向かって、チッと舌打ちをしながらも言葉を放った。
いや、正確には俺の後ろにいる人物に向けてだ。
「まさか、こんなに早く来る思いませんでした。見つかるのも時間の問題とは思っていましたが」
俺は後ろを振り返る。
「フィアさん……」
そこには、シルエを睨みつけるフィアの姿があった。
「ディアス様。おどきください。
シルエ……。まさかとは思いましたが、残念です……。こうなったら覚悟はいいですね」
フィアはそう言うと、静かにシルエに向けて杖を構えた。
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