ライ麦パンの香り

 三人はテクトゥムの宿に着き、気絶から目覚めたアロガンスと一緒に食事していた。


「あのな、何度も言うが俺は絶対に行かない」


 パリっと音を立て、焼いたソーセージを口にするアロガンス。ゆっくりと気絶して体力が回復したのか、今は先程より落ち着いた様子だ。


「アロガンスソードも折れちまったし……。そもそも何だよお前が放ったあの魔法、アレじゃ俺の出番はないだろ!?」


 茹でたジャガイモにフォークを突き刺しながら語るアロガンス。


「そんなことはありません。師匠が危険な場合、身をていして守る人間が必要なんです!」


 ノクスは何とかヤル気にさせようと頑張る。


「盾かよ俺は。まぁミレのこと守るって言ったけどよ、たかが幼馴染に命はかけないだろ?」


 これは良い流れだと見守るミレ。


「幼馴染だからこそです! あなたは血を流す師匠を見て何も思わなかったのですか!?」


 ノクスの言葉にも力がこもってくる。


「自分の命が無事だったことしか考えてねぇよ」


 故郷を離れ、遠い町にいるアロガンス。見知った顔も、目の前にいる二人だけ。取り繕う必要も無く本音を語る。


「何てことを! 大体あなたは未だに幼馴染感を出していない。窮地に陥れば幼馴染の力でなんだって出来るのに……。あなたは怯えるばかりで何もしない、本当に師匠のことを愛しているのですか!?」


 傍観ぼうかんするミレ。幼馴染感や幼馴染の力発言でジワジワと可笑おかしくなり、最後の愛発言で耐えきれず口の中のモノを吹き出し、アロガンスをパスタまみれにした。


「何するんだよお前っ!! ったく。良いかノクス。お前が幼馴染に何を求めてるのか知らないが、俺はコイツを何とも思っていない。こんな口の中の食べ物を男に吹きかけるような、汚らしくて我儘わがままでガサツなブス。どうなったってかまやしないさっ!」


 ノクスはガタッと立ち上がり、アロガンスを殴り飛ばす。


「師匠はブスじゃない! 訂正しろアロガンス!!」


 鼻がに曲がったアロガンスを見下ろし、怒りに震えるノクス。アロガンスは本日二度目の気絶中な為、返事は返ってこなかった。



♦︎♦︎♦︎



 次の日アロガンスの姿は無かった。未だ怒りの冷めやまぬノクス。


「師匠の幼馴染なのに、本当にいなくなるなんて! 何て薄情で傲慢な!」


 ブスを否定されて嬉しかったミレ。ただ汚らしくて我儘わがままでガサツは否定しなかったノクスに、心は微妙な感じだった。


「まぁまぁ、あんなヤツ私は最初っから期待してなかったわよ。それより今日はどうするの? 着いて次の日に森に行くのはちょっとキツイから反対」


 辺りを見回せば、サルトゥス王国やリーウスの村ではあまり見かけなかった冒険者でごった返していた。武器屋や防具屋、見たこともないアイテムやに心躍らせるミレ。


「……そうですね。直ぐにでも行くつもりでしたが、確かに休息は必要です。では今日は一日アルクスの町を見てまわりましょう」


 幼馴染の線を脳内から消し去り、気を取り直すノクス。ミレは喜び、嬉しそうに走り出す。


「師匠! そんなに急いでは危ないですよ」


 町の中央に位置する大きな広場。そちらから良い匂いがすることに気付き、建物の角を急に曲がるミレ。


「痛ったーーーいっ!!」


 ミレは誰かにぶつかり、尻餅をつく。ノクスは直ぐに駆け寄ろうとするが、建物の影から手が伸び、ミレの手を掴み立たせる。


「申し訳ありませんお嬢さん、お怪我はありませんか??」


 手を握り、見つめ合う二人。


「だっ、大丈夫です。こちらこそごめんなさい」


 パッと手を離し、謝るミレ。


 相手の青年はミレより二十センチ程大きな身長と、サラサラと流れる金色の髪。瞳は薄い緑色で顔にはヒマワリのような笑顔があった。背中に大きな盾を背負うその姿はいさましく、男のノクスから見ても細く鍛え抜かれた体つきだった。


「いいえ、私の……、不注意です」


 相手の青年はミレの見た目に驚いている。ユラユラと揺れる赤毛に、大きな赤茶色の瞳。ふっくらとした唇は水を吸ったようにうるおい、キリシマツツジのように赤かった。その顔には幼さが残っていたが、美しい顔。そう青年は感じる。


 二人の様子を後ろからそっと見守るノクス。頭の中では『恋の始まる十の法則』の一節が浮かぶ。


(出会い、それは偶然の積み重ね。心せよ乙女、運命は見知らぬ街角に潜み、雷のようにあなたを貫くだろう……)


 ノクスは小さく拳を握りしめ、運命に感謝する。



♦︎♦︎♦︎



「初めまして、ヒエムス・ノクスと言います」


 沈黙を破るようにノクスが話しかける。


「あぁ、初めましてウィリデ・スクートゥムです」


 連れがいたことに、少しだけ残念な気持ちになるスクートゥム。ミレに怪我も無さそうだと確認して立ち去ろうとする。


「待って下さいスクートゥムさん。実は私達、腕の立つ冒険者を探していて、もし良ければ話だけでも聞いていただけないでしょうか?」


 冒険者を探していたことを初めて耳にするミレ。


( あっ、コレはマズイ!)


「良いのスクートゥムさん、気にしないで。急いでいたようだし何か用事があるんじゃないかしらっ!」


 どうにかノクスの奇行を止めようとする。しかしミレが気になるスクートゥムはノクスの話を聞くことにした。


「構いませんよ、たいした用事ではありません。失礼ですがお名前を伺ってもよろしいですか?」


「……ウェール・ミレです」


 用事がないことに落胆するミレ。


「お二人はどういった関係ですか?」


 すかさずノクスが答える。


「師弟関係です。私が弟子でそちらの女性が師匠です。決して男女の関係ではありません」


 ノクスの言葉にムッとするミレ。二人が恋仲でないことに、内心喜ぶスクートゥム。


「そうですか! お若いように見受けられますが、お弟子さんが居るとは随分優秀な方なのですね!」


 声のトーンが上がり、爽やかな笑顔になるスクートゥム。ノクスの中のチェックリストに次々とチェックがつく。


( 顔よし、笑顔よし、言葉遣いよし、師匠を優秀と見抜く目もよし、今のところ性格もよし)


「かなり変わった弟子なんですが、その……、ありがとうございます」


 複雑な心境のミレ。説明が難しく、取り敢えず褒められたことにお礼を返す。


「朝食がまだでしたら、あちらに美味しいライ麦のパンを出すお店がありますので、そちらで一緒に食事でもしながら話を聞かせて下さい」


 スクートゥムは先を歩き道案内をする。後ろを歩きながらノクスがミレに耳打ちする。


「今のところ高評価です。如何いかがですか師匠?」


 やっぱりと思い、頭の中をペンでグチャグチャに書いたような気分になるミレ。


「そうね、アロガンスより良いわ……」


 幼馴染を超える逸材に、心躍るノクスだった。




 

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