方針と目的

 二人が公園で楽しく? お喋りする一方、スキエンティア魔術院では式典が開かれ、いつまでも現れないヒエムス・ノクスに疑問の表情を浮かべる三人がいた。友達にノクスのことを自慢していた案内役の少年、アラクリタス・ピスケス。どう鍛えようかと思案していたアエス・テナークス。それとノクスの残すであろう偉業の数々に期待し、胸を膨らませる校長。


 「「「あれれっ???」」」


 いつまでもノクスが現れることは無かった。



♦︎♦︎♦︎


「貴方ちょっと……いや、かなり変わった性格してるわね」

 

 ノクスの『真実の愛』発言に十歩ほど、心の距離を置く。


「そうですか? あまり人と関わったことが無くて、自分では判断しがたいモノですね」

 

 唯一深く関わった千年後の師匠からも言われたことは無かったノクス。何ともまの抜けた表情になる。


「そう、コミュニケーション障害があるのね」


 普段礼儀正しいミレも、この珍生物に気を使うことはやめていた。面と向かって失礼な発言をする。


「よく聞いて、これは私のお婆ちゃんが言っていた言葉なんだけど、『真顔で愛を語る男には、下心か恋心しかない』って、貴方はどちらにも当てはまらないのよね?」


 ミレと付き合う気も、身体を重ねる気も微塵みじんすら想像していないノクス。どう答えれば良いのか思案する。


「そうですね……、感情の言語化はとても難しいですが強いて言うなら義心でしょうか? 師匠に尽くす忠義の心とお考え下さい」


 あまりシックリとした答えでは無かったが、今はこれで良いと思い話す。


「重い重い、何で出逢って数十分の人間に忠義何て感じるのよ。恐怖でしかないわ」


 ノクスの返答に、ゾクゾクっと背中が震える。


「それよりも流石師匠のお婆様です。とても参考になる良い言葉でした、会ってみたいですね!」


 まだ見ぬ師匠のお婆様に、期待で胸が膨らむノクス。


「イヤイヤ、絶対会わせませんから。ウチのお婆ちゃんは、何歳いくつになっても乙女なの。あんたみたいな危険人物、会わせる訳ないでしょ」

 

 釘を刺すつもりで言ったミレだったが、何故か笑い出すノクス。冗談だと思っているらしい。


「それより今後の予定はどうなさいますか?」


 一通り笑い終え、質問するノクス。


「何であんたに私の今後を話さなきゃいけないのよ?」


共に行動する為です」


 さも平然とストーキング宣言するノクス。最初の頃より慣れてきたミレは、淡々と返す。


「私の許可は?」


「できれば許可していただきたいのですが、無理そうなら距離を置き、お供いたします」


 はぁーっと溜息をこぼすミレ。何となく返事が想像出来ていた。


「私はここを離れて一度故郷に帰るの。貴方にだって家族がいるでしょう? 一緒に行動するなんて無理よ。だしね!」


 迷惑を殊更ことさら強調して言うミレ。


「……いえ、私に家族はいません。居たとしても逢いに行くことはないでしょう」


 初めて見るノクスの悲しそうな表情に、心がチクッと痛むミレ。


(家族がいない……、ちょっと無神経すぎたかな)


「あっ! 気にしないで下さい。とうの昔に折り合いがついていますので」


 ミレの表情から、心情を察するノクス。


「べっ、別に気にしてなんかないわよっ! じゃ本当に着いてくるつもりなのね……」


 パアッと笑顔が広がるノクス。


「では早速!」


 ノクスはワクワクしていた。旅には素敵な出会いがある。若い師匠に素敵な出会いがありますようにと、千年後の師匠に祈る。


「あのね、宿に荷物も取りに行かないといけないし、旅の準備だって必要なの。一旦ここで別れて二時間後に東の門で集合しましょう」


 そのまま旅立ちそうな勢いのノクスに、提案する。


「分かりました、では十二の鐘の音までには東門にて待機しておきます!」


 ノクスは師匠が見えなくなるまで手を振り続けた。


 角を曲がり、全速力で走るミレ。ミレの宿は今の場所から近かった。元々今日故郷へ立つ予定だったので、荷物もまとめてある。上手くいけば二十分もあればからこの街を出れる。


(私が指定した門とは正反対! これで珍生物とおさらばよ!)


 





「ハァッ! ハァッ! ハァッ! ……何で居るのよ!?」


 息を切らし、荷物を抱え南門に到着するミレ。


「荷物お持ちします」


 ミレの持つ荷物を受け取ろうとするノクス。


「自分で持つわよっ! 何で居るのかって聞いてるの!!」


 食事した後に全速力で走った為、脇腹が痛む。ノクスを見て胃もキリキリと痛み始めるミレ。


「よくよく考えたら私に荷物はありません。それに今日からスキエンティア魔術院の寮に入る予定でしたので、宿の支払いも済ませていました。なのであの後真っ直ぐへ来ました。リーウスへは東門だと真逆でしたので、師匠の言い間違いに気付き、今に至ります」


 褒めてもらえると思っているノクス。尻尾が生えていたなら、激しく揺れていたであろう。


(故郷の名前教えたかしら……?)


 普段あまり使いこまれていない脳ではよく思い出せないミレ。


「……そう、やるじゃない」


 これ見よがしに嫌な顔をするミレ。師匠の表情全てが新鮮なノクスに効果はなかった。


「旅に必要そうなモノは一通り買っておきました」


 王都にある門の近くには、旅人や冒険者を狙った露店が多く立ち並んでいる。


「いつでも出発できます。こうして二人で旅をするのは初めてですね!」


 まだ見ぬ冒険に心躍らせるノクス。


「そもそも会ったのが初めてだっての……、もう良い。私はいずれ、偉大な魔法使いになる女よ! 細かいことなんて気にしないわ! 許可した覚えはないのに師匠って呼んでるし、コミュニケーション障害に何言っても無駄ね」


 半分諦めるミレ。残り半分は、途中で飽きて消え去ることを願う。


「そのいきです! 師匠は必ずや歴史に名を残す魔法使いになります!」


 師匠のやる気に火がついたと喜ぶノクス。


「言っておきますが、私に何かしたら舌を噛んで死にますからね、!!!」


 ぺっと舌を突き出し脅すミレ。嫌味のつもりで弟子と呼ぶ。自殺されてはマズイとしぼむノクス。

 

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