ゴブリンダンジョン-2

 洞窟内でゴブリンたちに囚われていた女性たちを見つけた3人は、生存確認を終えると、女性たちに着けられていた手枷を外していく。

 女騎士の手枷を外しながら、こびとんは彼女に痛みはないか聞く。


「お姉さん、痛くない? 大丈夫?」

「あ、あぁ、問題ない」

「それは良かった。もう少し待ってね。あとちょっとで外れそうだから」

「かたじけない……」


 ちなみにこびとんは、道具を使って外している訳では無い。精霊の力を借りているのだ。

 何故こびとんが精霊の力を借りれるのかって? 実はこびとん、精霊と話すことが出来るのだ。


 "どうかな? はずれそう?"


 こびとんは心の中で精霊に問いかける。


 "うん、そろそろだよ!"


 精霊の声はこびとんの脳内に直接聞こえてくると、カチッと手枷が外れた音がした。

 すると、女騎士の手首についていた手枷は自動的に硬い地面に落ちる。硬い地面と金属がぶつかる音が、洞窟内に響く。


「あ、ありがとう」

「どういたしまして!」


 こびとんはそう言うと、ケモ丸とツキミの方を見る。


「そっちはどう?」

「こちらも終わったところだ」

「こっちも問題ないよー!」


 どうやら、全員分の手枷を外すことが出来たようだ。

 囚われていた女性たちの数は6人。それも、人間の女性たちばかりだ。彼女達は何故、ここに囚われていたのか。それを聞かなくてはならない。

 こびとんは深く息を吸うと、目の前に座る女騎士に聞く。


「お姉さん、質問していいかな?」

「な、なんだ?」

「お姉さんたちはなんで捕まってたの?」

「それは……」


 女騎士はしばらく口ごもると、なにやら覚悟を決めた様子で話し始める。


「私たちは皆、治安維持のため王宮から派遣された騎士なのだ。騎士と言っても、学生だがな」

「ん? 私たち……?」


 こびとんは周りを見ると、女性たちはコクっと頷く。

 なるほど、女騎士はこのお姉さんだけじゃなかったってことか。つまり全員がくっ殺なことを……いやいや、そんなこと考えちゃダメだよね。

 こびとんは浮かんできた邪念を首を横に振って振り払う。その様子に、女騎士は首を傾げる。


「どうかされたか?」

「い、いや! なんでもないよ! さ、話を続けて?」

「あ、あぁ。私たちはアルダムに向かう途中で、森の中から突如でてきたゴブリンどもに奇襲されてな」

「ちなみに数は……?」


 こびとんがそう質問すると、女騎士の肩がピクリと動く。そして、トラウマを思い出したかのように、自身の肩を両手で掴む。


「凡そ100以上はいた……」

「そっか……」


 余程怖かったのだろう。そう答えた彼女の身体は小刻みに震えていた。

 こびとんはそんな彼女の肩にそっと手を添える。


「大丈夫。俺たちがここから必ず助け出してあげるから!」


 その言葉に、彼女は少しだけ安心した表情を見せた。その些細な変化を見逃さず、こびとんはニコッと笑顔を浮かべた。


 恐らく、こびとんは常にこんな立ち振る舞いをしていればかなりモテるだろう。ただ、普段の言動に問題があるからモテないのだろう。

 素晴らしいまでのイケメンっぷりを見せるこびとんに、ケモ丸は吐き気を覚えながらもそんなことを思った。それと同時に、そう思ってしまったことを墓まで持っていくと心に誓う。


「さて、おまえさんら。1度戻るぞ」

「うぃ〜」

「りょーかいっ」


 ケモ丸の提案にツキミとこびとんはそれぞれ了解の意志を示す。


「さ、戻ろ!」

「あ、あぁ」


 こびとんがそう言って差し出した手を、女騎士はギュッと掴む。

 その時のこびとんの心臓は、バクバクと脈打っていたことは誰も知らない。



 3人は後ろにいるもの達を護衛するようにして、女性たちの前を歩く。

 あれだけの騒音がすれば、頭の悪いゴブリンたちでも異変に気づいて攻撃を仕掛けてくるかと思っていたが、洞窟内はやけに静かだ。それに変な違和感をケモ丸は覚える。


 どうやらその違和感は女騎士も感じていたようで。

 彼女は気を紛らわせるようにして、前を歩くこびとんに話しかける。


「なんだか、騎士である我々が護られるというのは不思議な感じだ」

「そう? 俺はこんな美人たちを護ることが出来て光栄だけどなぁ。お姉さんはもっと胸を張って俺たちに護られるといいよ!」


 こびとんは、彼女が話しかけてきた理由を察していたのか、そんなお茶目なことを言う。


「ふふっ。ありがとう、少し気が紛れた」

「それは良かった」


 こびとんはニコッと笑うと、再び前を向く。

 すると、先頭を歩いていたケモ丸はピタッと足を止めた。腕を横にして後ろの者達に止まるようジェスチャーする。

 こびとんは何処からか弓を取り出してそれを構え、ツキミも胸元から御札を取り出してそれを構える。


 ケモ丸はゆっくりと火の玉を前方に進めていくと、やがて火の玉が照らしたのは地面に転がるゴブリンの死体だった。その死体は不思議なことに、首から先がなくなっている。


 ケモ丸はさらに火の玉を進めてみる。そこはさっき来た別れ道の所だった。

 そこには、さっきまでなかったゴブリンの死体が無数に転がっていた。それを見た女性のひとりが吐き気を催したのか、後ろで嘔吐する音が聞こえる。


「これは……」


 その光景を見て、ケモ丸は言葉を失った。

 そこに転がっているゴブリンの死体すべて、頭だけが無くなっているのだ。地面のどこを見ても、ゴブリンの頭らしきものはなく。そこの壁にはいくつもの血の塊がこびりついている。


 すると、ゴブリンの死体を踏む音が奥から聞こえてきた。

 ケモ丸は即座に木刀を抜き、ツキミとこびとんもいつでも攻撃できるように身構える。さらに後ろの女性たちも、戦闘態勢に入る。流石は騎士と言ったところだろう。

 死体を踏みしめる音は次第に近づいてくると、火の玉の明かりがその足音の正体を照らす。

 そこには、まるで汚れていない。こんな中だと言うのに優雅に紅茶をすすっているコバルトが現れた。


「なんだ貴様ら、そんなに身構えて。まさか、我の知らぬどこかに敵がいるのか?」


 コバルトはティーカップを持ったまま、周りをキョロキョロと見回す。


「「「はぁ〜………」」」


 3人は同時に息を吐くと、構えていた物を納めた。その3人を見て、女性たちも戦闘態勢を解除する。

 ケモ丸はコバルトに、地面にゴブリンの死体が転がっている理由を聞く。


「なぁ、コバよ。何故こんなにも小鬼共の死体があるんだ?」

「貴様らを挟み撃ちにしようとしたゴブリン共をここで始末したのだが……。もしや、始末しない方が良かったか?」

「いや、そんなことは無い。寧ろ、感謝で一杯だ。これだけの数を儂らだけで相手するのは無理があっただろう。それに、この小鬼共が来ていれば、このおなご達は救えなかっただろうからな」

「ふむ……?」


 コバルトはケモ丸の横から覗くようにして後ろの女性たちを見ると、女性たちのリーダーと思わしき人物の前まで行く。

 自分の前に来たコバルトに、女騎士は少し戸惑っていると、コバルトは女騎士に質問する。


「貴様、先程叫んだだろう?」

「あ、あぁ……ゴブリン共に触れられて、叫んだのは私だが……」

「ふむ……」


 コバルトは女騎士の足先から頭の先までじっくり見ると、感心したように呟き始める。


「それにしても凄いなこびとんは……」

「……ん? あれ? 俺?」

「まさか叫び声ひとつで、容姿を完璧に言い当てるとは」

「いや、あの」

「確か……ウエスト58、バスト82だったか?」


 コバルトの口から出た言葉に女騎士は顔を真っ赤にすると、こびとんをキッと睨む。

 一方、コバルトは彼女の反応を見て嬉しそうにすると、こびとんの方を見る。


「その反応……! おいこびとん! どうやら当たっていたようだぞ!」

「あ、あの……コバルトさん。それ以上はやめてください。お願いします……」

「なんだ? 褒めただけなのだがな……?」


 何が不満なのか分からないといった様子のコバルトは首を曲げると、再び女騎士の方を見る。その目は先程のものから一変して、真剣なものへと変わっていた。

 その視線からは国王と似たような圧を感じ、女騎士は思わずその場に跪く。


「……それで貴様、名は?」

「わ、私はシャーロット・ルイス。この国の騎士をしております」

「ふむ。ではシャーロットよ。貴様、今から暇か?」

「……へ? は、はぁ。街に戻る予定ではありますが……」

「実はな、この後のダンジョン攻略はこ奴等だけで頑張ってもらおうと思っていてな。どうだ? 後ろのもの達も暇なら洞窟のすぐ外で茶でも飲まないか?」


 すると、後ろの女性たちは嬉しそうに騒ぎ始めた。それにシャーロットは心の中でため息を着く。


 先程、シャーロットは自分たちのことを学生と言っていたのを覚えているだろうか。


 女性騎士学校……それは名の通り、女性が騎士をめざす学校なのだが、そこに通う女生徒のほとんどは貴族令嬢や商人の娘などで、騎士とは掛け離れた生活を送っていたものたちばかりなのだ。ではなぜ、ご令嬢たちが騎士学校なんかに通うのか。それは、人脈を広げるためである。

 社交界などのパーティに出席。或いは主催して人脈を作るのも良いだろう。だがそれよりも、子供たちを学校に通わせる方が、何度もパーティを開くより安く済むより安く済み、尚且つ学校生活は時間がたっぷりあるため、パーティなどの短時間で作ったパイプよりも強固なパイプを作りやすいのだ。


 つまり、後ろの女性たちは皆、お茶や美容品には目がないご令嬢たちという事だ。

 さらには3日もの間。あの恐ろしく、汚い生活を送った彼女たちだ。彼のこの誘いを断る者が果たして後ろの連中にいるだろうか。答えは否である。

 シャーロットは深く頭を下げると、コバルトの誘いを受ける。


「ご一緒させてもらいます」

「そうか! いやー、良かった。これで待ってる間、暇つぶしが出来そうだ」


 そう言って嬉しそうにするコバルトに、ツキミは問いかける


「お、おいコバルト」

「なんだ?」

「俺たちだけでこのゴブリンダンジョンを攻略するって本気……?」

「冗談を言ってるとでも?」

「ですよね〜……」

「そういう訳で貴様ら、あとは任せるぞ」


 コバルトはそう言って床に転がるゴブリンの死体を全て黒い渦の中へ回収すると、女性たちを連れて洞窟の外へと戻っていった。


 洞窟内に取り残された3人は、コバルト達の姿が見えなくなるまでその場に突っ立っていると。女性たちのガヤガヤした声が聞こえなくなってから、ケモ丸が口を開く。


「さて、お前さんたち。先に進むとしよう」

「そ、そうだね」

「あ〜……俺が助けた女の子たちが〜……」

「いや、助けたのはこびとんだけじゃなかろう」

「まぁ、そうだけどさ。あれはないよ……」

「そんなにおなごと遊びたいなら風俗でも行くことだな」

「そんなぁ……」


 こびとんは顔を俯かせて、大きく息を吐く。

 そんなこびとんをほっといて、ケモ丸は左の道へと進んでいくと、その後ろにツキミが続く。


「ちょ、待ってよ〜!」


 置いていこうとする2人を、こびとんは駆け足で追いかけた。

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