屋敷-1

 冒険者試験を終えた3人は、ガッツが目を覚ましてから、全員で酒場へと戻る。

 ケモ丸は、まだフラフラしているガッツに肩を貸しながら廊下を歩く。ガッツの隣では、ツキミが歩きながらペコペコと何度も謝っている。こびとんはアメリアの横を歩いており、2人はなにか楽しげに話している。


 アメリアが酒場に繋がる扉を開くと、酒場にいた冒険者たちの視線が集まる。すると、冒険者たちは囲うようにして、こちらに近づいてきた。

 アメリアはこの状況に困惑している様子で、集まってきた冒険者たちを見ており、その後ろに隠れるようにしてこびとんがアメリアの横から顔を覗かせている。

 ケモ丸は、ガッツをツキミに任せると、こびとんとガッツの前に出る。


「何用だ」


 ケモ丸は冒険者たちを睨みつけるようにして言う。


「な、なぁ、ガッツを倒したってのは本当か?」


 冒険者たちの中の一人が、そう聞いてきた。


「ん? あぁ、事実だが」

「じゃあ、ガッツをノックダウンさせたってのは……?」

「今、ガッツに肩を貸してるのがそうだ」


 ケモ丸がツキミを見ながらそう答える。すると冒険者たちは両手をあげ、『うぉぉぉおおおおお!!!』と声を揃えて歓喜の叫びをあげた。


 その異様な光景に、全員は目をパチクリさせる。

 何故、こやつらはガッツが倒されたことをここまで喜んでいるのだ? 冒険者たちにガッツは嫌われているのだろうか?そんな疑問がケモ丸の頭によぎる。


「てめぇら!!!!」


 ケモ丸の背後から聞こえてきた大きな声に、冒険者たちの声がピタッと止まる。ケモ丸は後ろを見ると、ガッツはツキミの肩から離れており、冒険者たちを睨みつけていた。


「やっべ……」


 冒険者たちの方から、そんな声が聞こえてきた。

 そして、ガッツが1歩だけ足を前に出すと、冒険者たちは「ガッツがキレたぁぁ!!」「にげろぉぉおお!」などと声を上げながら、一斉に逃げるようにして冒険者ギルドから飛び出した。


 さっきまで賑わっていたその空間を、一瞬にして静寂が支配する。聞こえると言っても、ギルド内にある大きな振り子時計の振り子の音くらいだ。

 ガッツは片手で頭を抑えると、肺いっぱいに息を吸うと。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 それはそれは、大きなため息をついた。


「……アメリアちゃん」

「はい、なんでしょう?」

「あいつらに今度、くそめんどくさい依頼やらせよう」

「えぇ、そのつもりですよ」


 ガッツの提案に、アメリアはニコッと笑ってそう言った。

 このおなご、敵に回すと相当厄介だぞ……。ケモ丸はアメリアに対する警戒度をひとつ上げる。


 バタン!!!!!!!!


 突如、静かだった酒場に、扉が勢いよく開かれた音が響き渡る。ケモ丸か冒険者ギルドの扉の方を見ると、街から戻ったコバルトがそこにいた。

 コバルトはこちらに気づいて、ゆっくりと歩いて来る。


「待たせたか?」

「いや、儂らもさっき試験が終わったところだ」

「そうか」


 コバルトは小さく頷くと、次に酒場内を見回す。


「……人がいないな」

「ま、まぁ、さっき色々あってね」

「ふむ……?」


 こびとんのフワッとした答えと、ガッツ以外の者達が浮かべたなんとも言えない笑顔に、コバルトは小首を傾げた。

 こびとんは暗い表情のガッツを見てちらっと見て、話題を変えようと、試験前に話していた通貨について調べられたのか、ガッツとアメリアに悟られないようにして聞く。


「そ、それより、あれについては調べられた?」

「無論だ」


 コバルトは自信ありげな表情を見せると、言葉を続ける。


「寝泊まりができる場所も確保しておいた」

「「「おぉ……」」」


 ケモ丸、ツキミ、こびとんは、声を揃えて驚きの声を漏らす。

 どうやらこの男、戦犯をかますだけではないらしい。ケモ丸は、コバルトに対する評価をひとつあげる。


「では早速、向かうとしよう」


 コバルトはそう言って、扉の方を振り返り歩きだす。3人はコバルトの後ろに続くと、冒険者ギルドを後にする。

 ケモ丸は扉を閉める前に、1度だけギルド内を見ると、アメリアは深く頭を下げており、ガッツはこちらを見ていた。扉が閉まるまでああしているつもりだろうか。

 ケモ丸は興味本位で扉を少しだけ開けて、待ってみることにした。


「はやく行け!」


 しばらくして、ガッツのものと思われる声が聞こえてきた。ケモ丸は愉悦感を感じて笑みを浮かべると、冒険者ギルドの扉をそっと閉める。


 ケモ丸が後ろを振り向くと、冒険者ギルド前の階段の下にいるツキミとこびとんはじっとこちらを見ていた。

 おっと、ツキミとこびとんのあの目はクズを見る目だな。コバルトは……何度も頷いているということは、儂のこの気持ちを理解してくれているんだろう。


「ほ、ほれ、はよ行くぞ」


 ケモ丸は十数段の階段を降りてそう言うと、ツキミとこびとんから送られてくる視線を無視しながら、2人の間を通り過ぎる。

 コバルトはそれを見て、心底楽しそうにニヤッと笑みを浮かべると、ケモ丸の前を歩き始める。ツキミとこびとんは視線をそのままに、ケモ丸の後ろに続いて歩き出した。





 やがて、太陽は南の空を通り過ぎ、地平線をめざして降りていく。

 空が橙色に染まり始め、夕闇が迫る雲の上を一羽の鷹が円を描いて飛ぶ頃。


 コバルトは一軒の建物の門の前で立ち止まると、その門に手をかけた。

 コバルトが門を開こうとすると、それを阻止するかのようにこびとんが口を開く。


「ちょ、えっ? 寝泊まりできる場所ってここ?」

「そうだが?」

「い、いやいや、冗談……だよね?」


 こびとんが疑うのも無理はない。


 コバルトが開こうとしている門の先。そこには西洋風の大きな屋敷があった。

 数百人が入ってもなお余るような広さの庭。門から続く石タイルの道の先には、噴水らしきものまである。


 果たして、いくらしたのだろう。それを聞くことすら恐ろしいと感じてしまう。


「冗談を言って何になる?」

「ご最もです……」


 こびとんのその言葉を聞いて、コバルトは片眉を上げて「そうだろう?」と言った表情をすると、ゆっくりと屋敷の門を開いた。


 石タイルの道を歩き、水が出ていない噴水の横を通り過ぎると、屋敷の全貌が見えてくる。

 煙突のある屋敷の屋根は青く、白い壁には蔦が絡みついており、古い歴史を感じさせる。


「この屋敷を紹介してくれた者曰く、ここは元々、貴族が住んでいたそうだ」

「へぇ〜、お貴族様が……」


 ツキミは口を開けながら屋敷を見上げて、ピタッと立ち止まると、ケモ丸の着物の袖を掴む。


「……!」

「どうした?」

「い、いま、人影っぽいのが……」


 ツキミは恐怖に顔を歪ませながら、二階の左端から2番目の窓を指さす。ケモ丸がそこを見ると、小さな人影らしきものが通り過ぎるのを目にした。


「そ、そういうの良くないって!」


 こびとんはツキミの話を怖がって顔を青ざめると、ケモ丸の後ろにサッと隠れた。

 目にしてしまった以上、さすがに見過ごす訳にもいかない。


「なぁ、コバルト」

「なんだ?」

「この屋敷、おかしいぞ」


 ケモ丸がそう言うと、コバルトはゆっくりと3人の方を向く。


「なぁに、気にする事はない」


 コバルトはそう言って3人を見る。ケモ丸は頬を汗が伝うのを感じながら、口に溜まった唾を飲み込むと、ハハッと引きつった笑顔を作る。

 こちらを見るコバルトの顔は、恐怖を覚えてしまうほど不敵な笑みを浮かべていた。


 あぁ、そうだった。出会ってまだ日は浅いが、こやつがどんな奴かくらい分かっていた。そう、こやつはーー他人の恐怖や不幸を面白がる、根っからのクズであったと。


 コバルトは屋敷の方に視線を戻すと、数段の階段をのぼった先にある木で作られた両扉を開く。


 キィ……。


 と不気味な音を立てて開く扉は、ツキミとこびとんの恐怖心を更に煽る。


「さぁ、行こうか。諸君」


 コバルトはこちらを振り返って言うと、なんの躊躇いもなく屋敷の中へと入っていく。


「………行こう。ケモ丸」

「お、おお、俺が着いてるから大丈夫」


 ツキミとこびとんは覚悟を決めたのだろう。ケモ丸は一度深呼吸すると、2人に両腕を掴まれたまま屋敷の中へと足を踏み入れた。



 屋敷の中は想像していたとおりと言うべきか、予想外と言うべきか、煌びやかな作りとなっていた。


 まずは一階。

 扉を開くと、広いエントランスホールが一行を出迎える。

 そこに2階に上がるための螺旋状の階段があり、黒く塗られている階段の手すりは上質な天然木で出来ており、ゴシック調の細かな彫刻が彫られている。

 見上げるほどに高い天井から吊り下げられたシャンデリアには色鮮やかな宝石が鏤められており、幻想的な輝きを放っていた。

 廊下に敷かれた真紅の絨毯は、足首まで埋まってしまうのではないかと錯覚してしまうほどに柔らかい。

 食堂は大理石のタイルが床に敷きつめられており、その隣にある調理場には綺麗に磨かれた調理器具が置いてあった。

 浴場は男が10人入っても余裕そうなほど広く、床には黒曜石のタイルが貼られ、浴槽はヒノキのような匂い香る木材で造られている。

 他の部屋は物置や寝室のような作りとなっている。


 次に二階。

 ツキミとケモ丸が人影を見た2階の窓がある部屋。そこは書斎となっており、数百冊もの分厚い本が本棚に綺麗に並べられている。

 二階にあるそれ以外の部屋は全て寝室になっていた。


 てっきり屋敷内は埃まみれになっていると思っていたが、どこを見渡しても埃などひとつも見当たらず。


 屋敷内の探索中にケモ丸は、コバルトに何か知らないか聞いたが、コバルトは何も知らないと言っていた。その時、微かにコバルトが笑っていたような気もしたが、きっと気の所為だろう。

 コバルトがこの屋敷について笑うことと言えば、さっきの人影以外に有り得ない。もしもあの人影が幽霊の類だとして、果たして幽霊が掃除などするだろうか。

 ケモ丸が知っている幽霊というのは人を驚かすばかりで、人の役に立つ幽霊というのは見たことがない。


 屋敷内をある程度探索した後。こびとんの提案で、ツキミが見たという人影を手分けして探したが、それらしきものは見つからず。


 4人は、空いている部屋の中から好きな部屋を選ぶ事にした。

 人影を見た書斎に最も近い2階の部屋をコバルトが。ケモ丸、ツキミ、こびとんは一階の、空いてる3つの部屋を自室とした。

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