異世界から来た風来坊どもよ 〜ハーレムなんて夢はなかった〜

通りすがりのロリコン

プロローグ

 目が覚めると、そこはよく見なれた天井。ひとつ欠伸をすると、眠気と戦いながらベッドから降りる。

 部屋のカーテンを開けると、外はまだ明るくなっていないのか、ぼんやりとした明かりが部屋を照らした。

 部屋の片隅にある机の上に置いてある電子時計を見ると、『05:37』と時刻が表示されていた。その下には『10月30日(木)』と書かれている。


 それを確認すると、眠そうな顔のまま洗面台へと向かい、洗面台の蛇口を捻る。ひんやりと冷たい水が、両の手のひらに貯まる。

 両手から溢れるくらいまで水を貯めると、両手の水を顔面に擦り付けた。


 先程まで彼を包み込んでいた眠気が、どこかへ飛び去るのを感じた。


 洗面台の鏡を見ると、そこには見慣れた自分の顔があった。寝起きだからか、少しだけ顔がむくれているような気もする。


 日本人には珍しい白銀の髪。眼は薄い黄色をしている。身長は170後半と言ったところだろうか。

 彼の名は『かるま 天音あまね』。珍しい名前をしているが、ちゃんと本名だ。年齢は18歳。現役高校3年生である。

 彼の髪は決して染めている訳では無い。かと言って地毛という訳でもない。では何故こんな髪の色に? と疑問に思う方もいるだろうが、それはまたいつか話をするとしよう。


 彼は洗面台に置いてある歯ブラシを手に取ると、歯磨き粉の蓋を開け、歯ブラシの毛の上に歯磨き粉を押し出す。やや青みがかった歯磨き粉からは、スッと鼻に通る爽やかな匂いがした。


 若干の眠気に襲われながらも歯磨きを終わらせると、そのまま彼は自室へと戻る。

 自室の壁には制服がかけられているが、彼がそれを手に取ることはなく。その横にかけられている覡の衣装を手に取った。

 それを慣れた様子で見事に着こなすと、自室を出て台所へと向かった。


 台所には調理器具が綺麗に並べられており、手始めにコンロに火をつけると、フックに吊り下げられたフライパンを手に取り、そこに厚切りのベーコン2枚と生卵を1つ入れていく。それと同時進行で、ヤカンに水を入れると、お湯を沸かし始める。

 卵とベーコンを焼いている間に、ポップアップトースターに2枚のパンをセットする。


 透明だった卵の白身は段々と白くなり、ベーコンの端が焦げ始めた頃。食器棚から丸い白皿を取り、そこにフライパンを傾けると、綺麗に焼けた卵とベーコンは滑り落ちるようにして皿へと移動する。

 そのタイミングでトースターから音が鳴る。程よい焦げ目が着いた2枚の食パンを皿の上に乗せると、それをテーブルへと持っていく。


 ピィィィィィィ!


 ヤカンからお湯が沸いたことを知らせる音が聞こえてくる。

 少し駆け足で向かうと、コンロの火を止め、近くの棚からスティックのインスタントコーヒーをひとつ取りだす。コーヒーカップにインスタントコーヒーの粉を入れると、そこにヤカンの口を傾けて熱湯を注ぐ。すると、湯気と共にコーヒーの匂いがコーヒーカップから漂ってきた。


 机に持っていこううとするとが、その前に一口だけコーヒーを口にする。


「アチッ」


 下が少しヒリヒリするのを感じ、1度息をふきかけてから再度コーヒーを口にした。


「ふぅ……」


 と口から息が漏れる。

 豆を挽いて入れた方が美味しいのは明白だが、朝のインスタントコーヒーもなかなか良いものだ。忙しい朝には持ってこいのものである。

 ちなみに、彼はブラックコーヒーは飲めないため、カフェオレのような甘いものを愛飲している。


 彼はカップを片手に並べられた皿の前に座ると、机の上に置いてあるリモコンを手に取ってテレビをつけてから両手を合わせーー。


「いただきます」


 ーーと一言だけ言うと、彼は朝食を食べ始めた。


 テレビから流れてくる音声に耳を傾けながら朝食を取っていると、テレビキャスターのある言葉が耳に入り、テレビの方を見る。

 ニュースで話していた内容はとあるゲームについてだった。


「サービス終了してから5年も経ったのか」


 そのゲームというのは、『フルダイブ型VR・MMORPG《virtual reality・Massively Multiplayer Online Role-Playing Game》』のひとつ。

 かつて、数億というユーザーが熱中した世界的超人気ゲーム『Endless Fantasy World(通称:エンワド)』についてだった。


「なついなぁ(訳:懐かしい)」


 などと呟く。

 そう。彼は、小学生の頃からサービス終了までの間、かなりやり込んでいた。

 とは言え、上位層のプレイヤーに食い込むどころか、下位プレイヤーのまま終わってしまったのだが。

 しかし、それは決して、彼のやり込み度が足りなかった訳では無い。

 まず第一に『エンワド』というゲームは、彼が産まれる前からあるゲームであり、そして何よりユーザーが多すぎるということが、彼が下位プレイヤーで終わってしまった原因である。

 原因はそれだけでは無い。なんとこの『エンワド』。リリースされてからサービス終了まで20年という長い期間、結局誰1人としてラスボスまでたどり着けなかった。つまるところ、超が付くほどの鬼畜ゲーということだ。


 そんな鬼畜ゲーがなぜ、世界中で爆発的に売れ、20年もの間サービスが続いたのか。それはやり込み要素があまりにも多かったからだ。

 最初に選べる基本職だけで100近い職業があり、さらに上位職を含めると職業の数は500を超えた。

 建築家の職業を習得しておけば建物はもちろんのこと、レベルをあげれば家具や船までも造ることが可能であり。他にも、魔道具や魔法陣スクロールと言った、いかにもファンタジーな物を作る職業もあった。


 そして何より、世界中の人間が熱中した理由として、地球よりも遥かに広大な海と陸があったからだ。なんとその広さは、地球の約3倍。

 ちなみにこの情報は、ゲームの運営が発表した訳ではなく、探検家系統の職業をもつユーザーたちによって作られた【探検家ギルド《Guild:Explorer》】の手によって明かされた。

 今までのゲームとは比にならない程の自由度の高さに惹かれて、プレイヤーはさらに増え、結果として約3億人ものユーザーがこのゲームをプレイした。


 ではなぜ、そんなに世界中で愛されたゲームがサービス終了してしまったのか。


 それは、会社に入ってきて間もない社員が、社内のとある一室で、20周年を記念して行われた社内の鍋パーティーで使ったガスボンベのガス抜きをしていると、そこへ二日酔いに頭を抱えた上司が現れ、その上司はタバコに火をつけようとライターを手に取りーー物の見事に、その部屋が大爆発。しかもなんとその部屋は、ゲームサーバーを管理しているスーパーコンピュータ室の真下だった為。


 という、なんとも馬鹿げた理由によって『エンワド』はサービス終了を余儀なくされた。ちなみに、若手社員とその上司は重傷を負ったものの命に別状はなく、その2人はその時の状況をテレビで元気に話している。


 そういえばそうだったなと、過去のことを思い出しながら朝食を食べ進める。


 テレビを見ながら皿にフォークを突き刺すと、カツンと皿とフォークが当たる音がなった。皿の上を見ると、そこにはベーコンの姿はもう無く、彼の腹の中へと消えていた。


「もう1枚焼いときゃ良かった」


 と彼は呟く。

 テレビを見ると、時刻は既に6時を回りそうになっていた。

 彼は慌てて黄身が垂れた卵の白身を残り1枚のパンに乗せると、サンドイッチのようにしてそれを挟む。こんがりと焼けたパンから、パン屑が皿の上にボロボロと落ちる。

 そんなことを気にすることなく、パンを強引に口の中に押し込むと、カップに入った残りのコーヒーで腹の中へと流し込む。


 2枚の皿を急いで台所の洗い場に置くと、駆け足で家を出る。

 玄関はスライド式で、ガラガラと音を立てて扉を開けると、そこはとある神社の片隅。地面は全て砂利で敷き詰められており、足を踏み出すとジャリっと音がなる。

 扉の横に立てかけられた竹箒たけぼうきを右手に持つと、彼はスニーカーのかかとを踏み潰したまま、拝殿の方へと駆け足で向かった。


 拝殿からは真っ直ぐと石畳で道が作られており、その道は参拝客がここまで上ってくるための階段へと続いている。

 その石畳の道の上に落ちている落ち葉を箒ではいていると、後ろから砂利を踏む足音が聞こえてきた。


「おはよう。ツキミくん」


 彼のことをツキミくんと呼ぶのは、優しそうな目をした老人。

 老人は白衣と白色に白紋のはかまに身を包んでいる。神職にはそれぞれ身分があり、袴の色はその身分に異なる。白色に白紋の袴を着ているこの老人の身分が特級であることを意味している。この神社の宮司ーーつまるところ責任者である。

 ちなみに、業 天音の袴は浅葱色(薄い青緑のような色)で、身分は3級を意味している。


「おはようございます」


 彼は宮司にぺこりと頭を下げる。


「そういえば、今朝のニュースで例のゲームの話題が出てたね」

「サービスが終了した時は残念でしたが、今思うとサービスが終了した理由が馬鹿げ過ぎていて笑ってしまいそうです」

「人間、浮かれてばかりいると良くないってことだね」

「ですね」


 そう言って2人は小さく笑う。


「それじゃあ、引き続き頑張って」

「はいっ」


 落ち葉掃きを再開すべく放棄を握りしめると、「あぁ、そうだ」となにか思い出したかのようにして宮司が後ろから話しかけてきた。


「ツキミくん」

「はい?」


 そう言いながら、宮司の方へと振り向く。


「君はなんでこの神社の神様が八尾の狐なのか知ってるかね?」

「そういえば……」


 と拝殿の方にある八尾の狐の像に目を向ける。

 この神社は稲荷神社という訳では無い。しかし、ここで祀られている神様は間違いなく狐の見た目をしている。

 なんでだろう。と彼がしばらく考えていると、宮司はその理由を話し始めた。


「実はこの地にはとある伝説があってねーー」


 ーーかつて、この地には八つの尾を持つ狐がいたそうな。

 その狐は狼や熊なんかよりも遥かに大きく、この辺り一帯の土地の守り神として、麓の村の者達から崇め奉られていた。

 しかしある日、天下統一を目論むひとりの将軍様がこの地を訪れーー。


「これから、この地は我が領とする!」


 ーーそう言い放った。最初、村人たちは戸惑っていたが、今までと特に変わることは無いだろう。と軽く考えていた。

 将軍様が来てから約半年。昨年と変わらない量の税を用意してた村人たちだったが、将軍の使いから言い渡された税はなんと昨年の2倍の量だった。それに反感を持った村人たちは一揆を起こした。

 一揆を起こした村人たちに腹を立てた将軍様は、数百もの兵を村へと向かわせ、虐殺の限りを尽くすよう指示をした。老人と男は全て殺し、女は子供であろうと犯した。

 そこへ、1匹の巨大な狐が現れる。八つの尾を逆立て、鋭利な牙を剥き出しており、赤い瞳は何かに激昂しているように輝いていた。

 その狐が村人たちを襲うことはなく、将軍の兵たちを全て皆殺しにすると、将軍が住まう城へと向かっていったと言うーー。



「ーーその後すぐ、新しい将軍がこの地を治め。税は今まで通りに戻り、その新しい将軍の計らいによってこの地に神社が建てられた。という言い伝えがあるんだよ。ちなみに、神社を建てた翌年は豊作だったそうだよ」

「そんな言い伝えが……」


 彼は拝殿の裏に見える、山の頂点に目を向ける。


「もし本当にその狐がいるなら会ってみたいですね」

「ツキミくんは怖いもの知らずだね。私は出会ったら怖くて腰を抜かしてしまいそうだよ」

「怖いもの知らずって訳では無いですが……お化けとか怖いし。 でも、その狐には会ってみたいと思いますね」

「そうかそうか。もし会ったら、どんな狐だったか教えておくれ」

「えぇ、もちろん」


 そう答えると、宮司はニコッと笑って、どこかへと向かっていった。


 宮司の姿が見えなくなるのを確認してから、落ち葉掃除を再開する。

 しばらくして、ほとんど落ち葉が見えなくなるまで掃除すると、突如左の方から射し込んできた陽の光に眩しさを覚え、片腕を顔の前に掲げながら、鳥居の方を見る。

 鳥居の奥には2股に別れたおおきな木があり、その隙間から太陽が顔を覗かせていた。


 その光景をいつも見ているが、いつ見ても。綺麗だ。と、そう思える神秘的な光景だった。


 次の瞬間、突如として目の前が暗くなる。掲げていた腕を下ろすと、そこは物ひとつない暗闇に包まれた空間。

 周囲を見渡しながら、ただ呆然としていると、目の前が再び明るくなる。


 咄嗟に瞼を閉じ、手のひらを瞳の前にする。

 次第に明るさに目が慣れ、手のひらを退かすと、そこはこの世のものとは思えないほど豪勢な部屋。

 その部屋に置かれた机やタンス、床一面に貼られた真紅の絨毯。部屋に置かれたそれらの物品は、素人目でも分かるほど高価なものがずらりと並んでいる。


 その部屋に置かれた長椅子に一人の女性がスラリと伸びた長い足を放り出し、深々とかけていた。


 仙姿玉質。その言葉以上に目の前にいるこの女性を表せる言葉はない。何ひとつとして容姿に欠点がないのだ。

 金の髪はどこからか灯る明かりを反射し、宝石の輝きを浮かべているよう。身にまとった衣装は純白に煌めいており、その輝きは彼女の容姿に引けを取らない。

 そして何より、外見以上に漂わせる雰囲気。それは、生まれながらにして絶対的上位に立つ者のものだ。


 額に冷や汗が吹き出るのを感じる。

 先程まで、自分は確かに神社にいた。では、ここは一体どこなのか。自分の身に何が起こったのか。必死かつ冷静に、いまの状況を理解しようと頭を回す。


「あら?」


 と、色気を感じさせる声が、目の前から聞こえてきた。

 声のするほうを見ると、長椅子に横たわっている女性は、自分の存在に今気づいたかのようにして、小さく驚きの表情を見せる。


「あなたたち……だれ?」


 あなた"たち"。彼女は確かにそう言った。

 辺りを見回すと、自分の後方に3人の男が立っていた。

 その3人は、至って落ち着いた様子で、その場に立っており、まるで今の状況が理解出来ているかのようだ。


 彼女は上半身を起こすと、机の上に置いてあったティーカップを手に取り、それを上品に一口飲む。そして、こちらをマジマジと見つめながら、何か呟き始めた。

 なんて言っているのかは聞こえないが、少なくとも彼女にとっても想定外の出来事が起こっているということは目に取れる。

 しばらくして、彼女は本を持つようにして手のひらを開いた。すると、突如としてそこにファイルのようなものが現れる。


 どこからともなく現れたそのファイルを見て目を疑う。まるで魔法でも見ているかのようだ。


 彼女はそのファイルの中を暫く眺めると、首を傾げ、そのファイルを閉じた。


「理由は分からないけど、一人だけ召喚に遅れたようね」


 そう言って彼女はこちらに目を向ける。

 キョロキョロと後ろにいる男たちを見るが、男たちもまたこちらをじっと見てきていた。

 もしかしてと思い、自分に人差し指を向ける。


「そうよ、あなたに決まってるじゃない」


 当たり前でしょ。と言わんばかりに、こちらを見てくる。


「まぁいいわ」


 そう言って、彼女は手に持っていたファイルを机の上に投げると、自分の後ろの方に視線を向ける。


「それで後ろの3人。あなた達はだれ?」


 彼女がそう聞くと、3人のうちの一人。

 身長は180前半といったところだろうか。黒い瞳に黒い髪、黒い着物に身を包んだ男が口を開く。


「他人に名を聞く前に、自ら名乗るのが礼儀というものだろう」

「なによ? 生意気ね。あんたはいいわ。残りの2人。じゃあ……あなたは誰なのかしら?」


 彼女はそう言うと、残りの2人のうちの1人。

 金色の綺麗な髪を持った美少年へと視線を向ける。瞳はエメラルドのような翠で、肌は健康的なピンク色をしている。纏っている衣服は薄い生地でヒラヒラとしており、まるでおとぎ話に出てくる妖精のような、そんな服をしていた。

 その美少年は、少し面倒くさそうに口を開く。


「俺、名前とか特にないんだけど」

「あら、そうなの? なら仕方ないわね。それじゃあ……」

「断る」


 残りのひとりへと彼女が視線を向ける前に、最後の一人はそう言った。

 これには彼女も、困惑の顔を浮かべる。


「……は?」

「なんだ、聞こえなかったのか? 断ると言ったのだ」

「いや、まだ何も聞いてないんだけ」

「断る。そう言ったのだが?」


 彼女の言葉を待たずして、まるで彼女のことを見下すようにしてそう言い放ったその男。

 身長は自分より一回り小さいくらい。白い軍服を身に着けており、肩から重厚な黒い軍服をかけている。頭には白い軍帽を被っており、その軍帽には見慣れない紋章が金で描かれている。

 その男の態度が目に触ったのか、彼女の目元がピクピクと動く。


「あぁ、そう。じゃあいいわよ。30人近くも勇者を送ったし?あんたら4人を送らなかったところでこの世界の命運は決まってるから!」

「ほぅ? ちなみに、その世界の命運とは?」

「あら、決まってるじゃない。この世界を人間だけが暮らしやすい世界にするのよ! 亜人や魔族を根絶やしにして、この世界を私の思い通りになるようにするのよ! あーはっはっはっ!!」


 彼女は胸を張りながら、高らかに笑う。

 それを見た軍服の男は、顎に手を当てると、真剣な表情をしながら呟く。


「さてはこいつ……馬鹿だな?」

「奇遇だな、儂もそうなんじゃないかと思っていたところだ」


 軍服の男の呟きに同意したのは、着物を纏った黒髪の男。


「どうやら俺たち、気が合うみたいだね」


 そう言ったのは、金髪の美少年。そして自分もまた同じことを思っていた。

 目の前にいるこの女性、間違いなく馬鹿である。


 もし仮に、自分がそんな大きな思惑を企んでいたら、自分が信用出来る者の前以外でそんなことを口にすることは無いだろう。


 会ったばかりの他人の前でこんなにも高らかに宣言するのは余程の自信がある者か、シンプル馬鹿のどちらかである。

 恐らく彼女は後者だろう。理由は特にないのだが、何故だろう。そう思える確信があった。


「はぁはぁ……あぁ、笑ったら疲れたわ。取りあえず、あんた達は要らないからさ」

「は?」


 彼女の意味のわからない発言に、思わず声が出る。


「私の子供である人間たちには近づかないでちょうだい。まぁ、生きてればの話だけど」

「あんた何言って……」


 何言ってんだよ。そう言おうとしたタイミングで、ふわりと身体が宙に浮かんだ感覚を覚えた。自分の足元を見ると、本来頭上にあるべき雲が真下に見える。


「おいおい、嘘だろ……」

「それじゃ、精々頑張って長生きする事ね」


 彼女がそう言い放った次の瞬間、体が重力という名の重りに引っ張られる。

 何となく分かってはいたけど……いたけどさ……。


「嘘だと言ってくれぇぇぇええ!!」


 そう叫びながら、天音は遥か先の地上へと落ちていった。

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