31話 ルールの崩壊

 ――『宝剣祭』


 それは世界の王を決めるための、宝剣の勇者同士の戦いであるらしい。


 ルールは極めてシンプル。

 宝剣の担い手同士が戦い合い、相手の宝剣を破壊していく。

 そうやって勝ち続けた者が勝者となるのだ。


 では、勝者はどういう基準で決まるのか。

 それは宝剣のレベルが10まで至った者が勝者となるらしい。


 相手の宝剣を破壊した時、大量の『クラウンポイント』を入手することが出来る。このポイントを消費し、自分の宝剣のレベルを上げていく。


 『クラウンポイント』の入手方法はたった二つだけ。

 自分のレベルアップ時か、敵の宝剣を壊した時だけ。

 宝剣の戦いに参加しないものにとっては、自分のレベルアップだけが『クラウンポイント』を獲得する唯一の機会なのである。


 レベルアップだけで獲得できる『クラウンポイント』では、宝剣を育てきることは出来ない。

 ポイントの絶対数がどうやっても足りないらしい。


 宝剣のレベルを上げるためには、敵の宝剣を打ち倒す必要がある。

 それは絶対の法則だ。


 ――しかし、今俺は魔石を食べたことによって『クラウンポイント』を入手してしまった。


「…………」


 ごくりと息を呑む。

 事の重大さがやっと呑み込めてきた。


 例えば、俺が一切宝剣の戦いに参加しないまま、魔物だけを倒して魔石を食べ続けたらどうなるか。

 それでも大量のクラウンポイントを手に入れることが出来る。

 俺は宝剣のレベルを上げていくことが可能となる。


 勝てる。

 それでも理論上は宝剣の戦いに勝利出来てしまう。


 もちろん誰かに先を越される可能性は十分にある。

クラウンポイントを獲得するスピードで負けて、この方法では宝剣の戦いに勝利できないことは十分考えられる。


 しかし、宝剣同士で戦わなくても宝剣をレベルアップさせる方法があること自体が大きな問題なのだ。


 クラウンポイントの入手方法は二つだけでないといけない。

 そうでないと、『宝剣祭』の前提そのものが崩れ去ってしまう。


 俺は今、宝剣の戦いそのものを台無しにしてしまうような『抜け道』を手に入れようとしていた。


「これって、いいのか……? こういうことって他にもあるのか?」


 俺は顎に手を当てながら、クリスとフィアに視線を向ける。

 しかし、二人はぶんぶんと首を振っていた。


「無いよっ! ないない! クラウンポイントが他に手に入る方法なんて聞いたこと無いっ……!」

「あわわわ……わ、私の宝剣は……やっぱり最強だった……」


 二人は驚きのあまり若干混乱している。

 『私の宝剣』って、明らかにフィアが口を滑らせているのに、クリスがそれに違和感を覚える気配もない。


 やはり今起こったことは常識を逸脱しているのだ。


「ちょ、ちょっと落ち着け、二人とも。一回再確認が必要だろ、これは」

「ん、そ、その通り……」

「そ、そうだね。一回変なことが起こっただけかもしれないもんね」


 魔石を食べると本当にクラウンポイントが増えるのか。

 俺とクリスはもう一度魔石を食べることで、それを確認してみることにした。


 二人で魔石を口の中に入れる。

 力強く噛んで、魔石をバラバラにしてから飲み込む。


『【零一郎】

 Blade Ability《ホワイト・コネクト》発動

 Crown Point 1 を獲得した。』


『【クリス】

 Ability《白絆の眷属》発動

 Crown Point 1 を獲得した。』


「……僕も増えた」

「やっぱり、魔石を食べたからか」


 何の支障もなくアビリティが発動し、俺とクリスのクラウンポイントが1増えた。

 どうやらクリスの《白絆の眷属》でも発動するらしい。


「こ……ここ、これはヤバい。絶対に誰かにバレちゃいけない……。さっきまでの能力もバレちゃいけなかったけど、これは更にバレちゃいけない……」


 クリスがあわあわと震えている。

 感動で震えているというよりも、その姿にはどこか恐怖が混ざっていた。顔が若干青くなっている。


「そうだよな……。宝剣の勇者と戦わなくても勝者となる道がある。そんな横紙破りがバレてしまったら、俺達は一体どうなるのか」

「そ、それもそうなんだけどね……レイイチロー……。『宝剣レベル』だけじゃなくて『クラスレベル』も大きな問題なんだよ……」

「『クラスレベル』……?」


 『クラスレベル』とは、俺がこの前手に入れた《剣士》とかのクラスに関するレベルだ。

 クリスが説明を始める。


「クラウンポイントで使用されるのは『クラスレベル』と『宝剣レベル』の上昇。そして、宝剣の戦いに関わらない人にとっては『クラスレベル』のみに使用されるポイント。それはちゃんと記憶にあるよね、レイイチロー?」

「あ、あぁ、そこは記憶喪失されていない」


 正確にはフィアに教えて貰った部分ではあるが。


「それでこの『クラスレベル』は普通、人が生涯かけて到達できるレベルが3か4程度なんだ」

「え? そんなものなのか?」

「うん。天才と言われる人たちで5とか6。常識で考えると、そこまでが限界」


 意外と低い。

 俺はこの前《剣士》のLv.1を手に入れたが、普通にやっていたらあと2か3上げるのが精一杯なのか。


「一般的に言われている平均として、兵士や冒険者など戦いを専門とする人たちが一生をかけて到達できるのがLv.30くらいが普通ってされているの。あ、クラスレベルじゃなくてベースポイントを使って上げるベースレベルのことね。それで得られるクラウンポイントを一つのクラスに全部費やしても、Lv.3~4までにしかならない」

「結構シビアだな」

「うん、英雄と呼ばれるような突出した人たちでも、Lv.50くらいまでが限界。クラスレベルが6いったら、もう歴史に名を残し続けるような超天才って感じかな」


 クラスレベル6で超一流の天才。

 ごくりと息を呑む。


「クラスレベルは1上がっただけでも大きな効果を発揮する。みんなクラスレベルを上げたいと思うし、だからこそクラスレベルを上げることは困難なことだったりする」

「…………」

「でも今、レイイチローは……」


 クリスが俺を指差す。


「その壁を越える手段を得てしまった。一生涯で得られるクラウンポイントの上限を取っ払ってしまった。理論上だけなら、前人未到のクラスレベル10までだって行けてしまう」

「…………」

「これは、とても恐ろしい事。君が今思っている以上にね……」


 その言葉を言っているクリス自身の額から、一筋の汗が垂れる。

 世界の常識が覆ろうとしている。

 彼はそれを示していた。


「だが……宝剣の戦いなら大量のクラウンポイントを得られるのだろう? よく分からないが、それならばクラスレベル10まで行く人が出て来てもいいんじゃないか?」

「それは世間でもまことしやかに言われてることだけどね……。でも、宝剣の担い手は宝剣レベルを上げるのに大量にクラウンポイントを必要とするから。そっちにポイントを回したらクラスレベルを上げる余裕なんて、ね……」

「まぁ、それもそうか……」


 クリスの言葉を引き継ぐかのように、フィアが俺に言葉を向ける。


「レーイチローは今、クラウンポイントを上げるために『ベースレベルを上げる』『宝剣の戦いで勝つ』『魔石を食べる』という三つの手段を持っているの。クラウンポイントはとても重要なポイント。そこは疑う余地もない」

「……一つ手段が多くなるってだけでも、大き過ぎるアドバンテージになるってわけか」

「ん。そして、この三つの中で一番クラウンポイントを上げやすい方法は何?」

「……魔石を食べる」


 この《ホワイト・コネクト》の能力の持ち主は一切危険な橋を渡る必要が無い。

 強力な宝剣の勇者と戦う意味なんて何もなく、隠れ潜みながらコツコツ魔物を倒して魔石を食べていたらいいのだ。


 やはりこの《ホワイト・コネクト》は宝剣の戦いを根本から覆してしまうものだった。


「絶対に外にバレちゃいけない」


 フィアが強張った顔で言う。


「この能力が他の人たちに知られたら、この剣は真っ先に狙われる。『宝剣祭』そのものがこの《ホワイト・コネクト》を奪い合う戦いに変化してしまうかもしれない」

「…………」


 三人で顔を見合わせる。

 フィアの言葉を誰も否定できない。


 彼女の言ったことは誇張でも何でもなく、真実のように思えた。


「……やはり一般人Aである俺には荷が重過ぎると思うので、誰か他の人が代わってくれませんかねぇ?」

「またそれぇっ……!?」


 俺の発言にフィアが驚く。

 いや、でも俺はずっとこの戦いには参加しないって主張し続けてきたし……。


 量産型のモブのような俺にこんな大役はきつ過ぎる。


「クリス……。クリスはどうだ? この《ホワイト・コネクト》所有する気はないか?」

「え、えー……今の話の後だと流石に尻込みするよ……。話が大き過ぎる」

「押し付け合うなーっ!」


 フィアがぷりぷりと怒る。

 宝剣の精霊として、この剣の雑な扱いにご不満のようだ。


「……とんでもないことに巻き込まれたな」

「ほんと、凄いことに巻き込まれちゃったよ」

「《ホワイト・コネクト》を疫病神のように語るなーーーっ!」


 俺とクリスは頭を抱える。

 世界全体を揺るがしてしまうかのような宝剣の能力に、俺達は困惑するしかない。


 俺達は知らず知らずの内に、この『宝剣祭』の奥深くに引き摺り込まれていた。

 もしかしたら、世界中の宝剣使いが俺達のことを敵視するかもしれない。


 俺とフィアのサバイバル生活は、まだ終わっていないようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る