紫若葉の書斎は汚い

雀羅 凛(じゃくら りん)

プロローグ

紫若葉の書斎は汚い。本棚はぐちゃぐちゃ、机の上はごちゃごちゃ。使いかけの万年筆はペン先が剥き出しのまま放り投げてあった。


しかし、なんでも彼女は東京大学文科一類で法学を学んできたエリート、という訳だが、「就職で失敗して浪人は嫌だったから院試を受けたら爆死でぇ〜!」と、わんわん泣き出したのだ。そんな紫を拾ったのがうちの所長であった。とある一角に聳え立つ小さな探偵事務所。就職に失敗したとはいえ、紫の腕は確かであった。彼女は勉強ももちろんできるが、社交性もある。その仕事っぷりは所長のみならず、他のメンバーも認めるほどだ。そしてある時彼女は、自分専用の書斎が欲しいと言い出したのだ。まあそれくらいならと、所長が事務所の一角を書斎として作られた訳であるが。とにかく強盗が入ったのかというくらい汚い。何故こんなにも汚いのかはまあまあわかる。ものがとてつもなく多いのだ。

紫の汚部屋と化したそこは本棚から本が溢れ出し、ジャンルもバラバラに積み重ね、床にはジャージ、未洗濯の衣服達、空のペットボトルが4本。さらに中サイズの寝袋まで散乱している。紫はそれらを踏みつけながら椅子に座り、キャップのない万年筆を片手に、そこらに落ちていた1冊のノートを拾い上げて、何かを一生懸命に書き出す。かと思えば、「あ、インク無くなった。」とか言って机の上をごちゃごちゃと漁り出す。たまったもんじゃない。紫の手に押されて机から溢れた本達はバサバサと音を立てながら床に散らばる始末。

絶対いる。黒光りのアイツ。

堪らず俺は声をかける。「おい、自分のデスクくらい綺麗にならないのか!?」そう言うと紫は、まん丸なお目目をくるりとこちらに向けて「お、いたんすね、こんちわ〜」と言って手を振ってきた。

喧嘩を売ってるようにしか思えない。

「まあ、そうピリピリせずに。この子の腕は確かだから。」そう言ってすかさず紫のフォローをするのは所長の役目だった。とにかく所長は紫に甘い。それに俺はいつも納得がいかない。実力があるからって、ちょっと調子に乗ってるんじゃないのか?

非常に厄介だ一。

だから俺は、紫若葉と距離を置こうとしたんだ。なのにーーー。


「よろしくっす」ちゃきっと敬礼する紫の真ん丸お目目が無性に俺の腹を立たせる。「うるせえ、文科二類」

「あのー非常に言い難いんですけれども、ワタクシ、文科一類でござんす!」

……ああ、耐えられん。

どうすればこいつに対して腹の虫が治まるのだろう。誰か教えて欲しいくらいだ。こついの喋り方、仕草、性格、経歴、全てが癪に障る。全方向から俺を攻めたてあげ、蔑視されている気分になる。

「文科二類はですね、主に経済を学ぶ学科でして〜」

俺はペラペラと語り出す紫を放って現場へ向かった。

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