第13話 リテイク
佐枝子。状況を整理するのよ。
ピンチの時ほど冷静に。
「梨は三個ある。だから、目的は達成できる」
問題は私の装備がシーツのローブのみってこと。
下着さえつけていないのだもの。ん? そもそも下着が無くても平気だろって。
佐枝子一人なら別に全裸だって構わないわよお。だけど、私は鼻……じゃない花もはじらう乙女ってことを忘れてもらっちゃあ困る。
こういう時は妄想と言う名のシュミレーションよ。
知性派ってところを見ていなさい。
シーン1着替えた場合――。
洗ったばかりの服はそうそう乾かない。そこで私はドライヤーを購入することにしたんだ。
ぶおおおおんとドライヤーの温風でまずは下着から乾かす。
次にワンピースを乾かし始めたのだが、なかなか乾かないぞ。
しまったあああ。下着を放置してワンピースから乾かせばよかったかもお。
せっかく乾かしたのだから、下着は装着しそのままの姿で気合を入れてぶおおおん、ぶおおおんと温風攻撃でワンピースにダメージを与え……って違あああう。
「サエ。いるか?」
「ニールさん!」
哀れ佐枝子は下着姿のまま、ドライヤーを武器にワンピースを盾にした姿でファフニールを迎えてしまった。
……ダメじゃない!
え、ええい。テイク2よ。
シーン2そのまま押し切る――。
これは服よ。服なのよ。佐枝子はシーツに服と言い聞かせ、ファフニールを出迎えることにする。
よおっし。
「サエ。いるか?」
「ニールさん。三個ですけど、梨をご一緒しましょう!」
笑顔でいつも通りに振舞う。
彼も特段何か思うところも無い様子で、「邪魔する」と言ってから部屋に入ってくる。
「毛皮を干してくれていたのだな。外に青い布が被せてあった。あれもサエが?」
「はい。濡れちゃうと思いまして」
「テーブルは岩だ。水を吸うわけではない」
「後から気が付きました」
てへへと手を頭の後ろにやる。
一方のファフニールは鼻を鳴らし、僅かに口端を上げた。
「しかし、お前の気遣いに感謝する。俺が作ったものだから、と必死になってくれたんだな」
「そ、そんなところです」
ここまではよかったの。
だけど、ファフニールの視線に私は気がついちゃった。
毛皮の隣には私の下着が丸見えになっている。
彼は下着に釘付けってわけじゃないけど、絶対に視界に入っているわああ。
彼が気にしなくても私が気になる。
あわあわと物干しのところに回り込む。
ハラリ。
あ、勢いよく動いたため、シーツが落ちちゃった。
哀れ佐枝子、ファフニールの前で生まれたままの姿になる。
……これもダメじゃないのお!
テ、テイク3よ。
こ、今度こそお。うまく行くはず。
「サエ。いるか?」
「い、いますうう!」
あああああ。テイク3を妄想する前にファフニールが来ちゃったじゃない。
思った以上に早かった。
このままでは、彼の前で全裸コースになってしまう。
そうだ!
安価でかつ画期的な案を思いついちゃったわよ。
ファフニールと妄想通りの会話を行い、よしよしと悦に浸っている場合じゃなかった。
下着ー。下着がそのままじゃない!
結局、余裕をもって対処ができず慌てて下着の前に回り込み苦笑いする始末。
「新しい服をあつらえたのだと思ったら、そういうことか」
「そういうことなんです。は、はは」
「純白のドレスもそれはそれで、悪くない」
「次はもう少し動きやすい服を、と思ってます」
「そうだった。サエは人だったのだな。俺は普段、服など着ない。布か……皮ならあるが」
私も彼と同じで「そうだった」と納得してついつい彼の前でうんうんと子供のように首を縦に振っちゃった。
彼の着眼点と私の着眼点は種族差があるんだ。
彼の見た目が人間に近く、食事も同じように食べていたからすっかり人間と接している気持ちでいたの。
だけど、彼はビルのように巨大なドラゴンである。
服を着ているのも、「似せた」だけ。「見た目」を整えているに過ぎないのだろう。
ひょっとしたら下着をつけていないのかも? となると、あのズボンの下は……。きゃー。
待って待って佐枝子。
「頬が赤い。確か人は頬が赤い時は良くない時と聞く。生憎霊薬などは持ち合わせていない。俺はドラゴンだから」
「い、いええ。人間の女子は下着を見られると恥ずかしくて、こうなっちゃうこともあるんですう」
嘘である。
ごめんなさいいい。ファフニール。
と心の中でもう百度目くらいだろうか、一週間もたたないうちにこれだけごめんなさいするのも珍しい。私だからこそだね。
自慢気に胸をそらす。もちろん、頭の中でだよ。
私の心中など露知らず、彼はそっぽを向く。
私だって彼がキッチンの方へ目を向けたことの理由くらいわかるわよ。
下着を見ないようにしてくれたってことだよね。
下着を見られたくないことは事実だけど、本当の理由が理由だけに乾いた笑いが出そうになり、ごっくんした。
「そうだ。サエ。雨があがったのだ」
「そうなんですね。家の中にいたので見てませんでした」
「ここだとお前の見られたくないものが目に入ってしまう。外で食事にしないか?」
「テーブルで、ですか?」
「そうだ。待っていろ。あの青い布は外しても構わないか?」
「もちろんです」
てこてことファフニールの後ろをついていく。
テーブルの前まで来た彼は、ばさりとビニールシートを取り、丁寧に折りたたむ。
水が滴っているので、彼の手だけじゃなく袖の裾も濡れてしまっていた。
「少し、下がっていろ」
彼は一言、それだけを告げてテーブルの方へ体を向ける。
ふううっと息を吹きかけ、すごい肺活量ね。
これ、熱い息みたい。
こちらにまで熱気がむんむんとやってきたの。
「テーブルが完全に乾いてます」
「石なら燃えることもない。毛皮は止めておいた方がいい」
「分かりました! 梨を用意してきますね!」
そっかあ。毛皮には熱い息を使えないのね。
乾燥機みたいなものだと思っていたけど、変色したり変に縮んだりするのかも?
いえ、流石の私も彼に服を乾かしてなんて頼むつもりなんてなかったわよ。
だって、私には文明の利器「ドライヤー」を用意することができるのだから。
妄想の中だと、ドライヤーでもちゃんと乾いていたもんね。
では家の中に一旦戻ろうと踵を返そうとした時、唐突にファフニールが問いかけてくる。
「一つ聞いていいか?」
「何でしょうか」
「その三色の……名前が分からん。人の持つ物にはあまり詳しくなくてな」
「これはクリップといって、シーツ……こほん。ローブが落ちないように固定するためのものです」
「装飾品かと思ったが、そのような仕組みがあったのだな。見たことのない素材だから、引き留めてしまった」
「いえ! すぐ戻りますね」
シーツがずり落ちかった理由は、三個のクリップ……もとい洗濯バサミだったの。
もう少し色気のあるものを、何て選んでいる余裕なんて無かったから、何故それをなんて突っ込まないでえ。
青、黄、緑の三色の洗濯バサミはプラスチック製だ。
ファフニールが見たことのないものなのは、よく考えてみなくても当然だろう。
いえ、ちょっと待って。実はこの世界にもプラスチックがあったりするのかもしれない……けど、ね。
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