第2話 異世界に転移しちゃったみたい?

 ――昨日。

 あの時の私は、こんなことになるんて露ほども思っていなかった。


「あ、当たった! 信じられない!」


 大人気スローライフゲーム「もふもふ生活」の新作モニターに当選したの!

 元々据え置き型ゲーム機から始まった「もふもふ生活」シリーズはスマホに移植されたりして、人気が爆発。

 そしてついに、待望の新作が発売されることになった。

 今回はなんとVRよ。ヴァーチャルリアリティ! 都会の喧騒を離れ、のんびりとした野原からはじまるスローライフ。

 牧場を作ったり、畑を耕したり、お花を植えたり、魚を釣ったり……とワクワクが止まらない。

 ひょっとしたら、跳ねる魚の感触やアイスクリームの味までするのかも、なんてことを想像しながら荷物の到着を待つ。

 

 ピンポーン!

 きたあああ。ドダドタと二階の自室から玄関まで走る。

 余りに勢いよくいってしまったから、玄関口でつるんと滑ってしまいそうになっちゃった。

 

 急ぎサインをして一抱えもある段ボール箱を受け取る。

 箱を開けたら、ゴーグルと据え置き型ゲーム機のような黒い箱が入っていた。

 

「電源は……よっし。意外に電源コードが短い」


 延長コードを伸ばしてベッド脇まで持ってくる。

 電源をさして、ゴーグルを装着! ずでーんとベッドに寝転がる。

 お食事は済ませた! 飲み物は机の上! よっし、準備万端よおお!


「いよいよ、電源おんー」


 プチ。

 はああああ。すごーい!

 太陽の光がキラキラして雲一つない青空が広がっている。

 そよ風が頬をなで、背中からは柔らかい土の感触。草の香りが鼻孔をくすぐる。

 

「今のヴァーチャルリアリティって、これほど進んでいたのね」


 本当にビックリした。

 ゴーグルって視覚だけだと思っていたけど、嗅覚だけじゃなく触覚まであるなんて。

 それに、先ほどまで装着していたゴーグルの重さも……え?

 

「ゴーグルがない……よ?」


 待って、少し待って欲しい。

 たらりと冷や汗が流れたかと思うと、全身びっしょりになり心臓がバクバクと高鳴っている。

 整理しよう。こんな時こそ冷静にならなきゃいけない。

 すーはー。すーはー。すーはー。

 深呼吸を三度。焦った時にはこうするといいと自分に言い聞かせながら。

 胸に手を当て、ゆっくりと起き上がる。

 

「見事な大草原! 引き抜いた草で手を切りそうになってしまった」


 ここはどこだろう? 

 少なくともヴァーチャルリアリティの中ではないことだけは分かる。

 一瞬で人がどこか別の場所に移動するなんて、現実に起こった今となってもまだ信じられない。

 ひょっとしたらこれは夢かもしれない……なんて甘い考えが浮かんでくるけど、夢だったらいいな……。

 

<もふもふ生活へようこそ>

「きゃ!」


 突然、視界に文字が浮かんだ!

 手を伸ばし、文字に触れようとしたけどすっと指がすり抜けてしまった。

 文字はヴァーチャルリアリティなのかも。

 一体どうしちゃったんだろう、私の頭の中……。

 私は考えるのを止めた。

 一つ一つ、これは何なの! とたじろいていては気が滅入ってしまう。

 普段の私はあまり考えることなんてせず、のらりくらりと生きてきたじゃない。

 行き詰ってから考えればいい。そうしよう。うん、それがベスト。

 

 一人百面相している間にも浮かんだ文章が切り替わりどんどんとメッセージが流れて行く。

<もふもふ生活ではたくさんの動物たちと一緒にくらしていくんだ。畑を耕したり、釣りをしたり、木の実を取ったり、やれることはたくさん! なにをして楽しむかはキミ次第だ!>


 私のことなど関係なく、勝手にメッセージが進んで行く。

 

<おとこのこ おんなのこ>

「おんなのこ、でいいのかな」


 「おんなのこ」の方に手を触れるとピッという電子音がしてゲームのキャラクターのように衣装が切り替わった。

 白のワンピースと麦わらのポーチ、どこかで見たことがあるようなスニーカー。

 これ「もふもふ生活」でプレイヤーが動かすキャラクター「おんなのこ」にそっくりだ。

 まさか自分がこれを着ることになろうとは。小学生ならまだしも高校を卒業しようかという私には少し辛い。


<マスコットキャラクターをえらんでね>

「ちょっと、感動したかも」

 

 ほのぼの生活で一番悩む選択肢がきた。

 ゲームで見るのと変わらぬマスコットキャラクターたちがずらりと並んでいる。

 全てデフォルメされていて、アニメ調のキャラクターなのだけど立体的になっていて、後ろから覗き込んだら当たり前といえば当たり前だけどお尻が見えた。

 並んだマスコットキャラクターはタヌキ、イルカ、カラス、ネコ、イヌ、パンダ、リスの合計8体。

 どれにしようかやっぱり迷う。

 目をつぶって、えーいと選ぶ。

 

<きみの大事なパートナーだよ。一緒に頑張ってね!>


 選ばれたのはイルカだった。スカイブルーに白のデフォルメされたイルカはふよふよ宙に浮かんでいる。

 一回転して波しぶきがあがって視界から消えた。

 

<なにをそだてるのかな?>

「う、うーん」


 前作のもふもふ生活と同じなら、最初に選ぶことのできる作物は一種類。

 でも、これ以外に最初から育てることのできる作物がいくつかあるの。

 追加で育てることのできる作物を選ぶ感じになっている。

 白菜、ニンジン、キャベツ、ネギ、タマネギ、モヤシ……か。


「白菜にします」

<白菜だね>

<作物に『白菜』が追加されました>


 えっと。追加されたのはいいけど、コマンドってどうやって見るんだろう。

 確か、ゲームでは……。


<もふもふ生活をはじめる準備はこれでおしまい。いっぱい遊んでね!>

「本当に空気を読まないメッセージね……」


 選択が終わったらゲームスタート。うん、ゲームだったら当たり前に受け入れていたというか、メッセージが面倒で飛ばして欲しいなんて思ったものだ。 

 しかし、いざ現実みたいになるとまだ「心の準備が」となるのだから人間、現金なものだよね。

 メッセージが消えると、唯一の会話相手を失ったようなそんな気持ちになってしまうのだから。

 ぶんぶんと首を振り、よおっしと気合を入れてゲームのことを思い出しながら、呼びかける。

 

「イルカくん、出てきて」

 

 マスコットキャラクターのイルカが虚空に現れ、尻尾をぴこぴこと動かす。

 ちょんとイルカの頭をつっつくと、コマンドが出て来た。

 もふもふ生活では「マスコットキャラクターの助けを借りる」というコンセプトで作られていて、多くの事はマスコットキャラクターを通して実行する。

 ゲームの雰囲気作りの仕様だったのだけど……ううん、この先は何も言わない。

 ちゃんとコマンドが浮かんできたんだから。

 

 うんうん。コマンドの中身はもふもふ生活と同じだ。

 これなら何とか生活はしていけそう。

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