旅の結末 2

 ――スイは、夢を叶えられただろうか。


 海を見て、素足で砂を感じることができただろうか。

 裸足で大地を蹴り、駆けることができただろうか。


 焼き切れそうな頭の片隅で、俺はそんなことを考えていた。


「はははははははっ!!」

「ッ!」


 跳ね上がる切っ先を、身体をひねることで回避する。

 兜の横をブオンッ! と薙ぐ一撃を置き去りにし、前に踏み込む。担ぐように構えた宝剣に意識を向ければ、全身を気怠さが襲い、また意識が遠のきかける。

 それすらも無視し、チカラを注いだ一撃を見舞う。

 重く、はやく。

 されど、叩き込むだけでは不十分。

 殺す気でかからねば、こちらの首がねられてしまう。俺が死ねば、ここまでの旅が水の泡になる。


 それは――ダメだっ!


 重々しい音とともに、視界に火花が散る。

 激しい衝撃が宝剣から手首に伝わり、骨身にまで到達。向こうの鎧は国いちばんの出来、大した耐久だ。ここまで堅いなら、七年前の遺物と考えた方が自然……大剣の弱点を体術で補うルートビフにはぴったりというわけか。

 キツネの仮面といい、金色の鎧といい、やはりこの国はチカラを独占している。


「ふんっ!」


 鋭い肘打ちが空を叩く。

 それを間一髪で避け、飛び退いて標的を変えた。


 足の体重を移動、手近の敵とその他の距離を目測で把握。

 身を屈めた状態から、弾かれたように地面を蹴る。


 目まぐるしく変化する戦場。

 ルートビフが兵を率いて現れてから、もうずいぶんと時間が経った。話し合いも長くは続かず、結局今のように幾人もの実力者と、俺ひとりが入り乱れて殺し合う状況へと陥ってしまった。


 だが、幸いなことは二つ。


 一つは、ミネルバとマレクシドの連合により構成された部隊はまだ日が浅いということ。連携が甘いため、こっちが独りでもやりようがある。


「ッ、くっ!」


 懐から首元に剣を貫通させ、身体を蹴りつけ引き抜く。血しぶきを兜に浴び、すぐにルートビフへと意識を移した。

 ルートビフはとても強い。が、それが逆に孤立を生んでいるのもまた事実。彼の戦闘には誇りという名のプライドが付きまとうため、彼と一対一の構図に入れば、おのずと他の乱入はなくなる。常に死に直結するやりとりをしなければならないのが辛いところだが、囲まれるよりはずっといい。こいつは戦場における唯一の逃げ場なのだ。


 また大剣の隙を縫い、肉薄する。

 飛び上がった膝を柄で弾き、追撃の拳を左手で受け止め、ぐるりと逆手持ちにした剣で喉を狙う。だがそれもコイツはやりすごし、今度は俺が離脱。

 回転させた頭で次の標的を定めると、また一人、また一人と数を減らしていく。


 幸いなこと二つ目。

 こいつらが俺に釘付けなことだ。

 剣聖ルートビフが指揮をとる、スイ討伐のための遠征部隊。数はざっと見て、少なくとも五十くらいはいたはずだ。

 周囲を取り囲んでいるやつらは、俺を逃がさないように剣を手にしている。馬に待機している兵も、俺を無視してスイを探しに行ったりはしない。おそらく宝剣の驚異を知っているのだ。時間稼ぎが目的のこちらにしてみれば、こんなにありがたいことはない。

 無論、行かせないためにも対処が必要だが。


 また踵を返し、俺はルートビフと向き合った。

 もう何度目になるだろう、全身が痺れるような感覚から意識を背け、幾重にも剣戟を響かせる。剣聖の間合いに立ち戻り、死の淵に身を踊らせる。

 打ち合え。

 打ち合え、そうだ。

 俺の剣に釘付けになれ。

 「探しにいけ」などという命令を出す暇は与えない。


「素晴らしい! 素晴らしいぞティルッ!」

「黙、れ!」


 息の根を止めるつもりで斬りかかる。悲鳴をあげる身体を酷使して大剣を迎え撃ち、跳ね上げさせ、また意識が飛ぶような感覚を経て宝剣のチカラを引き出す。


「これほど宝剣を使いこなすのはッ、貴様がはじめてだ!」

「ッ、! ぐ、」


 足払いを受け、地面に手をつく。

 すかさず降ってきた切っ先を手甲で逸らし、立ち上がりざまに宝剣を振るう。


「勇者亡き今、リーゼリットを越えるものが現れようとはなぁッ! ははは――」

「ふっ!」


 ムカつく顔に、握っていた砂をかける。瞬時に瞑られる目、生まれる死角。

 首元に向かって切っ先を振りかざす。

 だが今度は大剣のやたら長い柄が邪魔をして、ガチンッ! と盛大に弾かれてしまった。


「チッ、」


 仕方なく、俺はまた別の兵に標的を変えた。


 剣聖に比べればたいしたことのない兵を屠り、すぐにルートビフと剣を交え、それを繰り返す、繰り返す、繰り返す。

 気の遠くなるような一瞬一瞬を駆け、なんども身体にムチを打つ。ミシミシと骨身から響く絶叫も構わず、足と手を駆使して切りぬける。


 殺して。


 斬って。


 また殺して。


 繰り返す、繰り返す、繰り返す、繰り返す――。




「はぁっ……はぁっ……!」




 意識が、遠のく。


 視界が暗くなっていく。

 火花と幾多の金属音だけが支配する。

 手に握る柄の感触が、消えていく。


 体力ではない。摩耗まもうする命を意識する。


「はぁ、あっ、はぁっ」


 宝剣を使う度に、よくわからない何かが絞り取られていく。

 使ってはいけないものが削られていくのがわかる。

 だが、今俺にできることはこれしかない。俺に差し出せるものは、もはやこれしかない。


「くっ、はぁっ、! は、ァ」


 もうどれだけ、こうしているのだろう。

 いつまで続ければいいのだろう。


 いや、ずっとだ。

 最後まで。命尽きるまでだ。なにも返せぬまま死なせてしまった俺は、今をやり遂げることでしかつぐなえない。

 立て、振るえ。立ち向かえ。繰り返せ。やめるな。止まるな。考え続けろ。


「はァ、はァ、っ、――、」



 スイは?


 スイは生きているか?

 今ごろは、どこか遠くに行っているだろうか。


 くそ、うまく見えん。


 俺は、闘えているのか。

 足止め、できて、いるのか。


 俺は、立って、いる……のか?


 わから、ん。だが、この音が響いているのなら、まあいい。






 なあ。

 教えてくれ、スイ。


 俺は、救えただろうか?


 緑の監獄から、罪から、


 助け、出せただろうか?


 少しでも、変えることが、できた、ろうか?


 俺は、君、に、



 何かを、与





 られ――

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