7章

羊皮紙に惹かれた三人 1

「行ってまいります」


 一人の執事が、旅立った。二度と会うことはなかった。


「待っていてください!」


 一人のメイドが、旅立った。二度と会うことはなかった。


「お嬢様、長生きを」


 一人の料理人が、息絶えた。目の前で静かに目を閉じた。



 一人。


 一人。


 また一人。


 私という罪人のために、生き残った従者たちは命を燃やしていった。

 理解できなかった。

 太ももに包丁をあてがう私を、彼ら彼女らは必死でとめた。

 理解できなかった。

 中庭の畑に埋めた種が育つまでの限りある食料を、私だけ多めに盛った。

 理解できなかった。


 故郷が地図から消えたのち、城に残されたのは、私と複数人の従者たちだけであった。

 やけどで顔に包帯を巻いたもの。枝に足を貫かれ歩けなくなったもの。樹の上で生き延びていたが、結局落ちて意識がなくなったもの。栄養不足で病を患ったもの。

 みなが満身創痍まんしんそういで、罪人たる私はもっとも健全。だというのに、不満を口にもせず、あとを託して死んでいく。

 日に日に減っていく従者がふりまく笑顔は、どうしても無理をしているのが見え隠れ。それを目にする度私は心を痛め、食事が終わると真っ先に書庫にこもった。窓から外を眺めることもあったが、死で満ちたそこに踏み出すこともできず、引きこもっていた。

 深緑の監獄と化した城は、屍で埋まっていった。



 ……その日も私は、一人となったメイドが出した食事をとり、書庫にむかった。

 無気力に、気怠げに本の山のなかを這いずり、ページをめくる、めくる。すぐそこの床に積み上げて移動し、まためくる、めくる。その繰り返し。窓の外に希望など抱かず、このままここで息絶えるのだと確信して。

 そんなときだ。

 本棚の隅に、ホコリを被る一冊を見つけたのは。


 書庫の本にしてはとんでもなく甘ったるい、夢と想像にあふれた物語。深緑の監獄に生きる者にはとんでもなく眩しく、手の届かない著者の妄想。

 最初こそ困惑しながら読み進めた私だったが、どこか魅力的なそれは、まるで夢見る乙女の内側を覗いている気分で。気づけばページをめくる自分がいた。堅苦しい本もそれなりに面白かったが、この日からはその本も読み進めるようになった。

 灰色の日々に、すこしだけの色が灯った。数日に一度、数ページだけ。ペースを制限することで、日々の楽しみとしていた。そうしなければ、どうにかなりそうだった。私の希望だった。


 やがて、最後のメイドが死んだ。

 泣きながら、唯一の話し相手を死に追いやった過去を、悔いた。

 涙を流しながら、またページをめくった。





 ……というように。


 あの本には、苦しみも後悔の記憶も挟まっている。けれど、それを上書きしてしまうほど夢のある世界が詰まっていたのもまた事実。

 世界にいる本の虫は、『なんだこの恥ずかしくなるような妄想話は』と笑うかもしれない。駄作と評して本棚にもどすかもしれない。


 それでも、その本に救われた者がいる。

 少なくともひとりは。ここに。


 私は感謝を伝えたい。

 生きることを諦めない自分の、起源に。

 「現実は残酷さに満ちている」と小馬鹿にしながらも、外に夢を抱いてしまう私。そんなひねくれ者に変えてくれた、あの本の著者に。



 ――エマグレン・リルミムに。

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