枯れた花の名前 2

「ムム、」


 私は地図を逆さにしてうなった。

 眉根をよせて、地図を上げ下げ。景色と照らし合わせて、現在地を確認する。アレット村を出て一日と半日。

 ずっと南下していけば次の街があるのだが、現実はそう甘くない。枝分かれしてくねくね曲がった河川のひとつが、私たちの進行を阻んだのだ。

 進行方向は南東に変更。河川に沿って橋をさがし、ようやく越えた。しかしそのせいで大幅にルートを外れた。現在は南西に向かって歩いている。

 ギンは旅の師匠だ。全部わかっているようで、地図も見ずに歩いている。

 『地図があれば迷うとかありえないでしょ』と舐めていた過去の自分を殴ってやりたい。頭がこんがらがる原因は川だけではないのだ。地図ではわかりにくいが、そこかしこに山地がある。加えて、


「この時季は獣が活発化している。とくにガルルフは山から降りてきて、狩りの範囲を広げる傾向にある。遠回りするぞ」


 これである。

 私はうんざりしながら、まわれ右するギンに訊いた。


「……ギンって、第一級攻撃魔法とか使えないんですか?」

「魔法はとっくに失われた。使えたとしても、第一級など扱えるヤツは勇者一行ぐらいだろうな」

「知ってますけどもぉ。遠回りばっかでツライんですよぉ」


 なにもなければ三日で着く、とはよく言ったものだ。

 これから何度、川を渡るのだろうか。幾度いくど、遠回りするのだろうか。三日などゆうに越え、五日くらいはかかるのではないか。考えただけでも頭がいたい。

 死の森を往復する実力者なのだから、獣くらい倒せるのでは? とは思う。ガルルフってたしか集団で狩りをする獣だった気がするし、危険なのはカンベンですが。やはりここは我慢するしかないのか。

 深くため息を吐いた途端、顔面にかたいものが当たる。


「わぶっ」


 立ち止まった背中を見ると、ギンが振り向いた。


「今日はここで野宿だ」





 アレット村で食料を買い込んだとはいえ、ムダ使いはできない。昨日の夕飯のように、雑で多めな食事では袋も底を尽きかねない。

 旅路の進行度合いから考えても、節約は必須だった。


「ということで! 今日は私が料理します!」


 焚き火をおこしたところで、ビッ! と包丁をギンに向ける。


「……」

「なんですその無反応は。もしかして私の腕を信頼してませんね?」

「いや、そんなことはない。むしろこっちがお願いしたいところだ」


 本当でしょうか? まあこの際どうでもいいですけど。


「ちなみに、スイは城で十年間生活してきたのだろう? 食料をどこから調達していたんだ」

「しばらくはキッチンの残りものを。すぐになくなりましたが。けれど、私の故郷はそれなりに大きかったですからね。城の地下倉庫には種が貯蔵してあったんですよ。中庭の土を剣と槍で耕して、栽培してました」


 あれはキツかった。城に畑用の道具などなかったため、しかたなく武器庫の剣と槍で応用したのだ。重いし扱いにくいしでサイアクだった。筋肉痛になって、しばらく中腰で歩いていたくらいだ。

 しかしそのぶん、収穫できたときの安心感は大きかった。味なんてほとんどしなかったけれど、空腹は避けられる。生き残った従者がみんな死んでしまっても、独りで生きていくすべを手に入れたのだ。

 私が自殺に走らなかったのはきっと、中庭の小さい畑のおかげだったんだと、今更になって思う。


「食べ物は重要なんです。ええ。それはもうすごく。食べ足りないからといって一度にたくさん使うのは――」


 タンッ。

 背後で木の板を叩く音が、私の耳にとどいた。


「……」

「……」


 ぎぎぎ、と首をまわすと、地面に置いた木の板に向かうギンがいた。

 予備の包丁で細長い野菜を真っ二つにしている。


「あーーーーっ!」


 すぐさま野菜と木の板をとりあげる。


「なっ、なんのつもりだ? 危ないことをするな」

「『なんのつもりだ』はこちらの台詞ですっ! 言ったそばからなにやってんですか!」

「時間が惜しい。二人でとりかかった方が効率的だろう」


 真っ二つにされた野菜を見る。肉厚で、それでいて乾燥につよく、長期の保存が利く種類の野菜だった。

 私はその場にくずれ落ち、悔しげに下唇を噛んだ。


「まだアレット村を出て二日目なのに……っ」

「やはりスープがいいと思うんだが」

「もう私ひとりでやりますからっ、ギンはあっち行っててください!」


 私は包丁を振りまわし、ギンを向こうへ追いやった。

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