23.川口アンジュ その4

 みんなで話し合っていると、あっという間に相談の時間が終わり、レクリエーションとなる。


 レクリエーションはAチームとBチームが合同でドッヂボールをしたり、鬼ごっこをしたり、ハンモックに交代で寝そべったりした。


 採点外の時間ということで、みんなが楽しく遊んでいたように見えた。私は喫茶店作りの話をもっとしていたかったが、気分転換も重要だと意識し直すと楽しめるようになった。




 相手のチームとも何人か話した。


 タクとかいうやつは金髪で私とは合わないと思っていたが、非常に気さくな人柄だった。モテそうだ、というのが印象だ。


 スズカという子はやたらと話しかけてきた。バスではうるさくてゴメンねとか、髪の毛綺麗とか話題が尽きない。ケイスケを始め、みんなの進学先まで教えてくれた。話している感じは正直アホそうと思ったが、第三次選抜に残っているあたり賢い部分もあるのかもしれない。


 アヤナやサキという子とも話したが、あまり会話が続かなかった。




 そして、ケイスケとは一度も話さなかった。


 自分で自分の気持ちがわからない。話してみたいと思う自分と、嫉妬に狂う自分がいる。ただ、ここまでケイスケに勝つことを目標にやってきて、話してみたら意外と普通だったって思いたくないのかもしれない。


 いや、話したら意外と普通ってこともわかっている。たぶん自分の持っている闘争心に「ゆらぎ」が起こることが怖いのだ。意外と普通の人だと知っていながら、それを目の当たりにしたら闘争心が削がれるんじゃあないかと思っているのだ。


 ケイスケが普通の人間だということもわかっているのに、どこかで人外の最強の敵として君臨していてほしい、そう願っている自分がいる。


 私は矛盾を抱えた存在だった。




 途中でカナトにどうかしたのかと聞かれるほどにケイスケを意識していたのだ。それからはみんなとは距離を置き、カナトとバドミントンをして時間を潰した。




 夕食の時間になると乱れた気持ちが落ち着いてきた。再び自分がなぜここにいるのか、誰を目標としてきたのかを思い出す。私はケイスケに勝つためここに来ているのだ。決意を鈍らせてはいけない。芯を持って、最後まで第三次選抜をやり遂げよう。




 浮き沈みをしないよう決心した私だったが、夕食後の相談で再び感情をかき乱されることになった。




 私たちのチームは順調に話を進めていた。喫茶店の立地条件からメニュー、価格設定を決め、内装工事の金額や備品の購入費、売上予測まで立てて、オープンまでのスケジュールを組んでいるところだった。


 Aチームの様子が気になってきた。声は聞こえるが、断片的で聞き取れない。そこで私は「コンペリング・フロー」を発動させ、Aチームの様子を盗み聞きした。


 ちょうどケイスケが話している。


「大岩先生は、案外僕らに協力的で親切だよ。ただ、理由は省くけど節々に僕らはまだまだ未熟者で未完成な子たち、と思っている。さらに、未熟な方が将来性があって有望だとまで考えている。だから今回は完璧なものを仕上げるより、隙を見せた方がいいと思うんだ」


「隙? どうやって?」


 誰かがケイスケに尋ねる。


「ずっと大岩先生を観察してたんだけど、途中までよくできていて、詰めが甘い人への評価が高い。例えばさっきスズカが夕食の盛り付けをすごく上手にやったのに、ひとり分足りてなかったよね。そのとき大岩先生、その姿勢があればもっと伸びるだろうね、って言っていたんだ」


 チームのみんながケイスケの話に聞き入っている。


「まず、出だしは値段から決めたで問題ないね。値段がこのくらいだから家賃はこのくらいの立地ということで、場所もいいんじゃあないかな。やるとしたらメニューかな。改装費や仕入れ値とかはしっかり作り込んだ方がいいだろうし。和食古民家カフェを作っているわけだから、メニューにあえてビーフシチューとか入れるのはどうだろう?」


「なるほどな、大岩先生ターゲットはおもしれえ。けどAIはどうなんだ? AIの採点が悪くなりそうだが」


「大丈夫だと思うよ。そもそも喫茶店の出店方法に正解があるはずもないんだ。AIがどう判断するかはこっちにはわからないから考えても仕方ないし。それとタクが言っていた「AIよりも試験官の方が得点の持ち点が大きい」ってことを考慮したら、試験官の大岩先生対策で考えるのがベストな気がするよ」


「なるほどね、じゃあケイスケの言った方向で進めていこうよ」


「それともうひとつ。大岩先生も林シンパチも「これまで学んだことや経験してきたことを活かせ」ってことを言ってたんだ。まとめたり、発表したりするときは必ずこれらを入れておきたい。パソコンは僕がまとめるから、タクとスズカで発表するときは経験したことをトークに入れてほしいかな。もしかしたら今年のAIによる評価基準はそこかもしれないからね」



 私は恥ずかしかった。自分としては最高の進め方をしていたつもりだし、現に完成度も高いつもりだ。


 しかしケイスケは全く違うアプローチをしていた。最も点数を左右する試験官を観察し、異常ともいえる洞察力で大岩の性格を読み取る。そして最も高い点数を評価する手段から考えていく。


 さらに、大岩と林シンパチが同じことを言っていたのは私も覚えている。だが、私は決まり文句だと思って聞き流した。それを重要語句だと気にかけることすらなかった。




 ダメだ。


 私はどうやっても勝てない。


 あいつがいる限り、私は一番になることはない。


 あいつがいなくならないと、私は一番になれない。


 あいつさえいなければ。


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