第23話 ウィルとクリスは遠征訓練中の士官学校生を慰問に訪問しました。

「この握り飯はうまいぞ」

石の上に座ったジャンヌはご機嫌だった。

士官学校の制服なので、パンツルックだったが、両足を大きく広げて握り飯をぱくついていた。王妃が見れば即座に監禁部屋行きは確実の礼儀作法だった。

そのジャンヌの横を吹き抜けていく風は、夏と言えども涼しかった。


「今日の飯炊きは俺だからな」

ブレットが自慢して言った。

「ふんっ、この前は芯飯だったぞ」

ジョンがちゃちゃをいれる。

「この前はちょっと水の分量を間違えたのたさ」

ブレットが言う。

「おいっブレッド、ジョン。お前ら王女殿下にその口の利き方は不敬だぞ」

伯爵家出身のロバート・メイナードが注意した。

「何言っている。士官学校では王族も平民もないぞ」

「そうだ。実力がすべてものをいうんだぞ」

ブレッドとジョンが言う。

「そうだ。ロバート。余計な気は使わなくていい」

「しかし、殿下」

「ロバート!」

再度ジャンヌが注意するので不服そうにしながらロバートは下がる。


少し白けた空気が流れた。


「お前ら1班は元気だな」

そこへ見回っていた指導教官の一人にされたグリフィズ・アントワープが現れた。

ダレルでの責任を取らされてジャンヌの世話をさせられる羽目になったのだ。ジャルカに命じられ、魔導師団長からも頼まれればどうしようもなかった。


周りを見ると多くの生徒が倒れ込んでいた。半分寝ている生徒もいる。疲労困憊の様相をきたしていた。ここにいる200名は王立士官学校の3年生だ。夏休みの北方研修に王都を立ってから早1ヶ月。北方師団の国境の駐屯地まで徒歩で30日で1000キロ弱を歩く死の研修の途中なのだ。皆いい加減に疲れていた。

しかし、1班はジャンヌ王女を筆頭に魔力持ちが多くてなおかつ優秀な生徒を集めていた。

一応士官学校のエリート部隊だった。

ここ最近は疲れ切った他班の雑用まで結構こなしてやっていた。

食料は狩りなどをしながら調達していくのが基本だが、それも彼らが大半を引き受けていた。


「まあ、元気だけが取り柄ですから」

ジョンが言う。

「まあ、確かに。姫様を始めお前らは体力だけはあるからな」

グリフィズは呆れて言った。引率している彼らにしても1000キロの道のりは結構応えるのだ。

それを平然とこなしているジャンヌらにはグリフィズも脱帽していた。


「ん?」

ジャンヌは魔力の気配を感じた。

真上に誰か転移してくると感じてすぐに後ろに飛び退る。

ジョンやブレッドも飛び下るが、唯一ロバートのみが少し反応が遅かった。

その上に巨大な荷物がのしかかる。

「えっ」

ロバートは荷物に押しつぶされた。


「ウィル!」

現れたのは巨大な荷物を背負ったウィルとそれに連れられた姉のクリスだった。


「どうした、ウィル」

ジャンヌが声をかける。

「あれっ、姫様の上に転移するはずだったのに」

「ふんっ、やはりな。そんなの避けるのに決まっているだろう」

自慢してジャンヌが言う。

「おおい、重い、どいてくれ」

ロバートが叫んでいた。

「えっ、ごめん」

慌ててウィルが荷物をどける。


「大丈夫ですか。ロバート様」

クリスが慌ててメイナードに駆け寄った。

「これはこれはクリスティーナ様」

驚いてロバート・メイナードは跪いた。

「えっクリスティーナって、皇太子の婚約者の侯爵令嬢」

「どこにどこに」

倒れていた者も慌てて起き出す。


「どうされたのですか。クリス様。このような所にわざわざお越し頂いて」

驚いてグリフィズが聞く。

「グリフィズ様。ダレルの時は色々お世話になりました。今回は大叔父の慰安を兼ねて北方師団訪問の途中なのです。その途中に士官学校の皆さんが、訓練していらっしゃると聞いてお邪魔させて頂いた次第です」

クリスは珍しくパンツルックだった。軍に合わせたのか地味な土色の上下を着ていた。

「えっ、じゃあクリス、差し入れ持ってきてくれたのか?」

ジャンヌが喜んで聞いた。

「微々たるものですが、ミハイル産のステーキを50キロ分お持ちしました」

「やったアアア、今日はステーキだ」

ジョンらが喜んで叫ぶ。

「姫様。運んできたの俺だからね。俺にも感謝してね」

ウィルが胸をそらして言う。

「判った、判った。後で稽古をつけてやるよ」

「えええ、それいつもと全然変わんないじゃん」

がっかりしてウィルが言った。

ウィルは11歳から既に士官学校で放課後剣術や魔術の稽古をザクセンらから受けていた。

そして、12歳にして士官学校生の大半の生徒と互角以上の戦いをしていた。


「でも二人だけでいらっしゃったのですか」

「いえ、ザクセン様らに連れてきていただいたのです」

「まだまだだな。グリフイズ」

「ヒィィィ」

何も感じさせずに、ザクセンはグリフィズの後ろを取っていた。

「貴様ら、歩哨も立てずに、休憩しているとは良い身分だな」

ザクセンは全員を見渡して言った。

座っていた者も慌てて立上った。

「罰としてここから野営予定地まで、荷物背負って走れ」

ザクセンが命じた。

「えええ」

ジャンヌら元気な一部が文句を言う。

その他大勢はそんな文句も言う元気はなかった。


「皆さん。頑張ってくださいね」

クリスがニコっと笑った。

(そんな風に笑われても力が出ないよ。良いところのお嬢さんは気楽だよね)

ブスッとしてコリンは思った。ここまで30日弱、後少しで駐屯地だけどコリンも限界に近かった。

士官学校に入るまでは周りで一番体格も良くて力も強かったが、士官学校に入ると周りは化け物ばかりだった。あっという間にコリンは士官学校の落ちこぼれとなっていた。

ここから10キロなんて走ったら死んでしまうとコリンは呆然としていた。


「コリンさん。頑張って下さい」

「えっ」

コリンはクリスに名前を呼ばれて笑いかけられて驚いた。

何故ロバートと違って平民のコリンの名前を知っているんだ。

「大変だと思いますけど、ゴールでお肉焼いて待ってますから」

「は、はいっ」

コリンは赤くなって走り出した。未来の王妃に名前を覚えてもらっていたなんて、信じられなかった。


「えっ、殿下はどこかでコリンと会われたことがあるのですか」

コリンの後ろにいたシリルが聞いた。

「シリルさん。私はまだエドワード様と結婚していないので殿下ではないのです。クリスと読んで下さい」

「クリス様。私の名前をどうしてご存知で」

「はい。皆さんの名前は存じていますよ。

グレイグさんにダミアンさん、それにデイブさんでよすね」

クリスは周りにいた者の顔を見ながら名前を呼んだ。

呼ばれた本人らは驚いた。

「おいっ。貴様ら喋っていないで早く行け」

ザクセンがクリスの後ろに来て叫んでいた。

「はいっ」

慌てて全員駆け出していた。

「頑張って下さいね。ゴールでお待ちしております」

「はい!」

皆振り返って返事して駆けて行った。


「しかし、クリス様。相も変わらぬチートなお力ですな。皆の顔と名前を覚えているなんて」

「ジャルカ様にいろいろお教え頂きまして」

呆れたザクセンに笑ってクリスは応えた。

どうやって全員の顔と名前を覚えているのかザクセンは本当に不思議だった。


「ザクセン様も皆さんの顔と名前は覚えておられるでしょう」

「私は皆に教えていますから覚えていて当然です」

クリスに言われてザクセンが応える。

「私も、将来的に彼らが私を支えてくれるのです。せめて顔と名前を覚えるのは最低限の礼儀と心得よとジャルカ様からは言われております」

クリスは真剣な顔をして言った。

「そんなお心意気をお持ちの方が未来の王妃様とはこの国も明るいですな。軍の一人として永遠の忠誠を誓います」

冗談ぽく言うや、ザクセンは跪いた。

「ちょっと、ザクセン様。冗談でも止めて下さい」

真っ赤になってクリスが震える。

「そうだ。ザクセン、姉さまに近づくな」

クリスの手を取って口づけしようとしたザクセンとクリスの間にウィルが入って手を弾く。


「ウィル、師匠に対してその態度は良くないのでは」

「セクハラオヤジには良いんだよ。俺はまだ軍属ではないし」

ザクセンの言葉にウィルは言い返した。

「お前のシスコンも相当だな」

ザクセンが呆れる。

「ふんっ、姉さま。さっさとゴールに向かいますよ」

「えっちょっとウィル」

クリスの戸惑いの声を残してウィルは野営目的地に転移していった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る