第2話 エンマ・フラナリーと星見る少女

「ここで合ってる……よね?」


 喫茶店で瑠々子と別れたエンマは、その足で教えられた住所へと向かった。山の手の住宅街の外れ。そろそろ街灯が灯り始める時間帯。独り歩きの不安はあったが、自分をいつ捕まえるとも知れぬ犬の呪いを解くことへの期待が勝った。


 目の前には門を構えた大きな住宅。しゃれた造りだが、庭木の手入れがされておらず生活感がない。

 いぬい妖精エルフ藍崎瑠々子らんざきるるこに紹介された人物の住まいはここで間違いない。


 空き家なのかも。そう思ったが、灯りのない2階の窓のカーテン越し、おぼろな人影が見えた。

 ふと、エンマはこの家を知っている様な感覚に囚われたが、普段の生活では入り込まらない区域であり、近くに友人の家があるわけでもない。


『あたしの名前を出せば話は通りやす。なに、独り暮らしの無精者。案内は乞わなくていいんで、18時32分きっかりに2階の自室のドアを開けて入って下せえ。いいですか、32分きっかり。時間だけはくれぐれも守ってくださいますよう』


 軋む門扉を開け、玄関のドアを開く。手のひらに残る砂埃の感触で、しばらく出入りがないことが分かる。


「お邪魔しまーす……」  


 靴を脱ぎ、なんとなく小声で挨拶を済ますと、エンマは薄暗い廊下を進む。廊下にもうっすらと埃が積もり、人の気配はまるで感じられない。

 2階への階段に足を掛けたとき、エンマは不意にこの家を見た際感じた奇妙な既視感の正体に思い至った。


「星を見る少女だ――」


 窓から見える、いつも夜空を見上げる少女の姿。その姿に恋した男が少女を訪ねると、そこには首を吊った少女の屍体がある――そんな都市伝説だが、その家がこの辺りに本当にあるのだと、友人に聞かされたことがある。


「……いやいや、まさかまさか」


 薄暗い階段の途中で足が止まったが、そんなはずはない。噂の元になる事件が本当に起こったのだとしても、屍体は発見されとっくに解決した後の話だ。エンマが屍体を発見する役回りのはずがない。それに、瑠々子に念押しされた時刻が迫っている。

 ここまで来て逃げ帰るのもおかしな話だ。エンマは震えそうな足を進め、こわばった手で人影の見えた部屋のドアを開けた。



「ちょ、ちょっと! ななんですかアレ! 瑠々子さん私に屍体みせてどうしようって言うんです!? アレですか、第一発見者にして容疑者に仕立て上げようってつもりでしょ?! そうなんでしょ!? ねえ、聞いてます??」


 エンマが目にしたのは、窓際に立つ干乾びた女性の屍体。

 乾家を飛び出し訳もなく力尽きるまで走り続けると、街灯の下にしゃがみ込んで瑠々子に連絡を入れた。


「――聞いてますよ。警察に通報してないでしょうね? それは結構」


 明らかにエンマが喚き疲れるのを待っていたとおぼしき瑠々子が、ようやく返事をかえす。背後がジャラジャラとうるさい。どうやらパチンコ屋にいるらしい。


「正直あたしもよく分かってないんで、説明するのは難しいんですがね。あの女――妖精エルフは、いま半分死んで半分生きてるような状態らしいんでさ」

「…………は?」

「パーセンテージまでは知りやせんがね、ま、4日も通えば会えるはずです。良いですか、くれぐれも教えた時刻だけは守ってくだせえ。お、来たこれ! ちょっと手が離せないんでまた」

「あ、コラちょっと!!」


 大音量で電子音の曲が流れ始める中、通話は唐突に途切れた。あとは何度掛け直しても、「電源が入っていないか、電波の届かない範囲に地域にいます」のアナウンスが流れるだけ。スマホを道路に叩き付けたい衝動を何とか抑え、エンマは一人夜空の下帰路に就いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る