第27話 聖騎士と退魔師(4)

「――さて次の話はここグリムリアでの出来事さ。一か月以上前に、三神教会の大御所、守護騎士団大司祭メイソン・ラグナーが来国したのは知ってるよね。本人たちはお忍びのつもりだったようだけれど、五大司教の一角となれば一国の大臣にも等しい権威を持つ人間だ。彼らを迎えるために国はおもてなしの限りを尽くし、噂はすぐに広まった。

 メイソンの目的はグレムリア国内での聖騎士の活動補助を国王に嘆願することだったらしい。禍獣や封印指定地の対処を行うには、グレムリア内の聖騎士の数は少なすぎる。グレムリアには退魔師が多くいるが、彼らは所詮傭兵だ。金が手に入らないのなら決して動いてはくれないからね。国兵の僅か三割でも聖騎士に協力してくれれば、聖騎士の活動はぐっと楽になる。そのためにわざわざ遠く離れたルドぺギアから足を運んできたってわけだ。

 でも国王はメイソンのお願いを断った。恐らく国内貴族の反発にあったんだろうね。グレムリアの騎士は貴族の息子や成り上がりの退魔師で構成されている。彼らは楽をしたいから、私腹を肥やしたいからその立場にいるのに、貴族が聖騎士と一緒に荒野に派遣されるようになれば、いつ死んでもおかしくなくなってしまうだろう? それが嫌だったんだ。国王と言えど、地位を支えているのは貴族たちだ。彼らの反発を買い過ぎれば暗殺されるって危険もあるからね。結局交渉は決裂し、メイソンの長旅は無駄骨に終わった。

 ええ、情報が古いって? まあ聞いてくれよ。この話の本題はここからなんだ。

 国王への嘆願が失敗した以上、メイソンは白花の国ルドぺギアの主神殿へ帰るしかない。でもなぜか、城から出た彼は西ではなく南へ下ったんだ。

 これはとある筋から聞いた話なんだけどね。つい最近、教会がルドぺギアの主神殿に増援を求める伝書鳥を飛ばしたそうなんだ。なんでも南の地で聖騎士が何人も死に、どうしても人員が必要になったってことらしい。

 メイソンの統括する守護騎士団といえば、危険な呪いや討伐不可能な禍獣を封印し、その地を見守り続けることが役目。大司教メイソンが急遽南に出向き戻らない、さらに増援を要請しているってことは、それほどの何かが起こったってことだとは思えないかい? 

 現に三神教会は連日聖騎士見習いの募集をかけ試験を行い続けている。

 断言するが、これは間違いなく南でよくないことが起きているよ。もうすぐきっと大事件が起こる。多くの人を巻き込んで苦しめるような何かがね。

 命が大事なら、今すぐグレムリアを離れたほうがいい。実際貴族の何人かはすでに街を離れたって噂だ。

 与太話だと思うかい? でももし本当に何かがあって、その時に俺の話を信じて逃げていれば、きっと感謝すると思うよ。すごくね。

 この話を信じるのなら、少しでも価値があると思えたのなら、ここにある箱にお金を入れておくれ。みんながお金を提供してくれるおかげで、俺たちはこうやってみんなの命を事前に守ることができるんだ。人を助けることができるんだ。さあ、いくらでもいいよ。箱はまだすかすかだからね。そこのお姉さん、どうだい?」

 イザークがきざな笑みを向けると、手前の女性は深刻そうな表情を浮かべた後、気持ちばかりの小銭を箱に入れてくれた。金属が跳ねる小気味よい音が聞こえ、イザークは「毎度」と唸った。

 彼女に続くように数人の聴衆が小銭を投げてくれたが、実入りはあまり多いとは言えなかった。精々、箱の底が見えにくくなった程度だ。

 だがイザークはそんなことなど気にしなかった。元々ここで稼ぐつもりなど全くなかったからだ。大多数を相手にする語りはあくまで撒き餌であり、目当てはその後にある。

 調聞師の仕事は世界の事件や情報を伝え歩くこと。そう言えば聞こえはいいが、その本質は一種の情報屋だ。ここで物語を聞かせることで自分の情報収集能力を宣伝し、興味を持った連中に話しかけられるのを待つ。そこからが本当の仕事であり、調聞師としての腕の見せ所だった。

 さて誰かいい客はいるかな……?

 最近の三神教会の動きや凶悪な禍獣の出現場所。売れる情報の話題ならいくつも蓄えている。イザークは箱の中の小銭を数えながら聴衆の顔を眺めた。

 先ほどの話を信用していないのか、疑いのこもった目を向ける退魔師。神妙な顔でこちらを見つめる黒髪の少年。目にくまのある怪しい金髪の男。客の種類は千差万別だったが、イザークに近寄ってくる者はいなかった。

 どうやら今回は外れらしい。イザークは小さなため息を吐いた。

 人々はより身近で現実的な危険を恐れる。イザークは南で何かが起きていることは事実だと確信していたが、今のところその被害に遭っている者はだれ一人として報告されてはいない。兵士たちはいつものようにのんきな顔で街を出歩き、町人から小銭をせびっている。こんな状況でイザークの話を真に受けるほど、人々は妄想好きではないということなのだろう。

 ……やっぱり災禍教と銀眼騎士の話のほうが受けが良かったか? でもあれは他の聴聞師たちも話題にしているからな。同じ話をしたところで、客が増えるとは思えないし。

 死門が通り過ぎたばかりの時期は聴聞師が増える。禍獣が少ないおかげで、皆がこぞって街に入り込み、情報を売ろうとするからだ。イザークは昼過ぎまで何度か同じ話を繰り返したが、寄ってくる客は微々たるものだった。

 汗をぬぐい水袋を口に着ける。

 やはりもっと情報が必要だ。このままここで商売していても儲かるとは思えない。死んだ聖騎士の名前やメイソンの現状。確たる証拠がなければ、せっかくの新鮮な話題にも誰も食いついてはくれない。より客の興味を引くためには、実際に南にいって調べる必要がある。

 腹の音が大きく鳴る。ちょうどいい潮時だろう。イザークは一端焔市場を離れ、昼食をとることにした。



 店の端にある席に着き、店員に声をかける。この店は値段の割には旨い料理が多く、イザークは毎日のようにここを愛用していた。

 少し遅い時間だからか、客の数も少ない。いつものようにトカゲの炭火焼きを注文すると、すぐに料理が運ばれてきた。香ばしい焦げの香りが鼻孔を突き抜け脳を刺激する。イザークはナイフを手に取ると、おおざっぱにそれを切り分け口に運んだ。

 ひたすら無言で歯を動かしていると、誰かが向かいの席に座った。イザークが顔を上げると、どこかで見たような金髪の男がこちらを見ていた。

「相席してもいいか?」

 金髪の男は枯れた声で尋ねた。

 席は他にも空いている。それなのに話しかけてきたということは、イザークに用があるということ。客だろうか。イザークは緊張感をわずかに高めた。

「何のようだい?」

 フォークを動かしながら聞き返す。

 男は近寄る店員に手を振り、遠ざけながら答えた。

「君の話を聞いた。実に、興味深い話をしていた」

「どの話のことかな? あいにくと俺はお話好きなんでね」

「南に三神教の大司祭が出向いたという話だ。今も戻らず増援を要請しているのだとか」

 やはり客のようだ。イザークは手の動きを止めた。

「あの話に興味があるのかい?」

「焔市場の中で、君だけがその話題に触れていた。もし事実なら、君は非常に有能な聴聞師だ。もちろん嘘であればただのあくどい詐欺師だがね。俺は君を前者として見ている」

 男はくまのある目で確信を持ったようにそう言った。

 手入れのされていないぼさぼさの髪に、伸び放題のひげ。一見するとただの野盗や乞食のようではあったが、服は小奇麗でどことなく妙な威厳が漂っていた。

「……金は? 額によって出せる情報も変わるよ」

 そう言うと、金髪の男は小さな布袋を机の上に置いた。どしっという小気味よい音が響く。

「見た目によらず金持ちなんだな」

「貧困街をこの服装で歩いていたら嫌でも絡まれる。返り討ちにして金品を巻き上げていっただけだ。この程度ならいくらでも稼げる」

 男はさも当然のようにそう言った。

 妙な男だ。聖騎士にも呪術師にも見えないが、かといって退魔師にしては何やら裏に抱えているものが多そうだ。

 情報屋としての本能だろうか。イザークは怪しむとともに、この金髪の男へ興味を抱いた。

「いいよ。何が知りたい?」

「大司教メイソン・ラグナーの行先だ。南のどこに出向いたのか、何が起きたのか、教えて欲しい」

 イザークは周囲の客を見渡し、布袋を懐へしまいつつ、

「増援要請を受けた聖騎士の話によると、メイソンが向かったのは小さな村だ。古い呪いの守護で守られた場所で、名前をロファーエルと言うらしい」

「ロファーエル……」

 金髪の男は記憶に刻み付けるようにその名を繰り返した。

「何でも、その村で封印されていた呪いの封印が解けて、大惨事を引き起こしたって話だよ。呪いを抑えるために急遽メイソンが呼ばれ、現地へ出向いたそうだ。

 メイソンや聖騎士たちが努力しているそうだけど、呪いは予想以上に強力らしくて、その場から離れられないんだと。どんな呪いなのかまでは、グレイラグーンの聖騎士も知らなかった」

「そのロファーエル村まではどう行けばいいんだ?」

 間髪言わず、金髪の男は聞いた。

 メイソン・ラグナーに恨みのある人間なのだろうか。実際に村へ向かうつもりのようだ。気にはなったが、客の素性を聞くのは調聞師としてご法度だ。調べるにしても、あからさまにしてはならない。イザークは淡々と答えた。

「グレイラグーンの南東に位置する村だけど、呪われた土地を土台にしただけあって、三神教とのつながりが薄くてね。地図にも乗っていないんだ。近くにあるとされる村の場所ならわかるんだが。確か……マルキス村だったかな」

「マルキスか。距離は? 馬で何日かかる?」

「五日から七日くらいだな。それほど遠くはないが、近いってわけでもない」

「わかった。感謝する」

 金髪の男はそれで話は終わりだと言わんばかりに、立ち上がろうとした。 

 見知らぬ相手。それも素性のわからない怪しい男。放っておいてもよかったのだが、何となく気になり声をかける。

「もし追加報酬をくれるなら、さらに情報をあげるよ。ちょうど俺も、ロファーエル村で起きている出来事について知りたくてね。まあ二週間後くらい後にはなるだろうけどさ」

「……ロファーエル村に行く気なのか」

「ああ。調聞師としてこれほど面白そうな話はないからねぇ。どうしても気になるんだ」

 金髪の男は上げかけていた腰を下ろした。

 この男が何者かはわからない。だが長年培ってきた勘が言っていた。この男についていけば、きっと面白いものが見られると。もし本当にメイソンに害を与えることが目的なのだとしても、それはそれでいい話のタネになる。聴聞師としても、アザレアの耳としても。

 しばらく考える素振りを見せた後、金髪の男は試すように問いかけた。

「君は、――馬は持っているか?」





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