異世界鍛冶師は鉄と想う

鶉 優

約束の場所で鉄を匂う①

  カーン  カーン  カーン


雲ひとつない晴天の日、大国ルイネス王国の商業区、その一角で鉄を打つ音が鳴り響いていた。


  カーン  カーン  カーン


その店は、如何にも老舗という店構えで、扉には「王国指定」と書かれた金の札が掛けてある。そんな店に大柄の男が入っていった。


  カランカラン


「邪魔するぞー」


男が大声で叫ぶと、


「はーい、あ、ルインさん。お疲れさまです!」


そう言って奥から、物腰が柔らかそうな銀髪の青年が出てきた。


「おう、お前の親父はいねーか?」


ルインと呼ばれた男は赤髪で、腰に剣を差し、煌びやかな鎧を着ていた。


「父なら工房にいますよ。」


サンキュー、と言ってルインは、隣の工房に繋がっている扉を開け、中に入る。すると、茶色の髪に厚い防護服と、面を着けた男がハンマーを一心に振っていた。


その背中に声を掛けようか迷っていると、


「ん?視線を感じると思えば、ルインじゃねーか!」


「よおっ!今日も鎧の修理を頼みたいんだが...、何を作ってるんだ?」


視線を感じて振り向いた茶髪の男、ヴィル・ルッチェスはこの店の店主であり、また、王国指定鍛冶師の一人であり、そしてルインの親友でもあった。


「それが...、次期国王からの直接の依頼なんだが....、『国の象徴になる余に、相応しい剣をお前の一生をつかって作れ。』なんて言い出したんだ。」


「つまり、国宝をつくれと?」


「あぁ、だが、ただの"お飾り"じゃダメらしい、伝説の聖剣と同等の切れ味と強さが最低条件。おかげでこいつも失敗だ。」


ヴィルは、肩を竦めながら手元に目を落とす。


「もしかして、マグナイトを使っているのか?」


「よく分かったな!ルイン!」


「これでも、お前の仕事はよく見てるつもりだ。だが、マグナイトは、加工がもっとも難しい金属のはずだが?」


「これも、次期国王からの注文だ。こいつの加工に成功したのは、俺の師匠と、ごく数人しかいないのにだ。」


「しかし、どこからマグナイトを....」


「知らん。いくらでも材料と金は出すと言われたが、完成するかも怪しい。」


「大丈夫。お前なら出来るさ。」


「よくもまぁ根拠もないことを...、それより、鎧の修理だったな。」


そう言うと、ルインから鎧を受け取る。


「戦闘用だけでいいのか?今着けてる社交用も、ついでにみる事も出来るが...」


「いや、それだけでいい。」


「分かった。明日の夕方には終わってる。」


「じゃあ、それぐらいに取りに来る。いつもすまないな。」


「謝るなら別のところに行けよ。」


「そう悲しいことを言うな。国から認められた極僅かな職人で、幼馴染なんだから頼りたくもなる。修理、任せたぞ!」


「おう!任された!」


じゃ!と軽い別れの挨拶を交わした後、工房から出ていくルインを見送った。ヴィルは渡された鎧を見つめる。


「あれだけの死地に行ってるのに、きれいなもんだ。」


渡された鎧は、確かに傷はあるものの、致命傷となる傷は一つも無かった。それどころか、返り血もほとんど無く、鎧本来の鉄の匂いと泥臭さだけがあった。


「俺の"腕"がいいのか、やつの"腕"がいいのか、それとも......」


鎧を見て、ニヤつくヴィルであった。


一方、工房を出て店に戻ったルインも、


「あ、ルインさん。奥で休憩でも?」


「いや、この後部隊の若造に稽古をつけてやらんといかんからな。」


「そうですか。では、帰りもお気を付けて。」


「あぁ。また明日くるよ。ジール、あいつの世話を頼むぞ!」


そう言い残し店を出た帰り道で、


「あいつなら、マグナイトの加工はいつか出来るだろうが...、加工技術、調べておいてやるか....」


ニヤついていた。


_____________________________________



次の日の夕方、ヴィルがカウンターの整理をしていると、


  カランカラン


「取りに来たぞー!ヴィル!」


「お?来たか!......そちらの方は?」


「こいつか?」


ルインは、後ろに控えている赤茶髪の青年を、グイッと前に出すと、


「こいつは最近、部隊に入った若造でな。稽古をつけてやってるんだ。今日はそのついでに紹介がてら連れてきた。」


ホラ!と、青年は自己紹介を促され、


「サムと言います!....えっと...歳は、22で、まだ、実戦の経験は、あ、ありませ

んが、王国のため、頑張っていきたいと思っております!!」


―と、緊張で声が裏返りながらも、自己紹介をしてくれた。そして、真剣な表情でルインが続けた。


「明日、モートブロッツ荒野で重要な戦いがある。こいつは、それが初陣なんだ。それに、ここで押し返せば、連合軍に痛手を負わせることができる。終戦にも近づく。」


「また.....、あそこに行くのか....」


ヴィルが、複雑な表情で呟いた。


「大丈夫!、サムだけじゃない!、誰一人として死なせない!、また同じ過ちは犯さない!、だから...「落ち着け!」」


「部下の前だぞ....」


「すまない。つい...」


「いい。それより、鎧、取りに来たんだろ?」


「おぉ、そうだった。ありがとうな。」


「いつでも持ってこい。いくらでも直してやる。」


その後、雑談をし店を出て、帰路についたとき、サムがルインに疑問を投げかける。


「隊長。失礼なのは、重々承知していますが、"過ち"とは何をされたのですか?」


「.............」


サムが『やはりマズかったかな...』と思っていると、


「今から、十年前にモートブロッツ荒野で、大きな戦いがあったのを覚えているか?」


「はい。王国が開戦直後から押されていて、重大な防衛戦の一つだったと...」


「あぁ。俺も参戦していたが、結果は引き分け。双方が退却した。」


ルインは、淡々と話す。


「当時とても手塩にかけて育てていた部下がいてな。名前は....エリザベス.....エリザベス・ルッチェスだ。」


「ルッチェス....まさか!!」


「ヴィルの嫁さんだ。当時の歳は24で、綺麗な白髪の美人だった。エリーは、剣の才能があって、女の中では敵なしだった。それどころか、並の男でも太刀打ちできないほどだった。だが、モートブロッツ荒野の激戦で、俺は....、敵に囲まれ、四方から刺され、攻撃魔法を食らっている彼女を....、救うことが出来なかった....。唯一、持ち帰れたのはあいつとの結婚指輪だけだった...。俺は、帰ってあいつに、ヴィルに泣いて謝った。『彼女を守れなかった』と...。だが、あいつは俺に激怒することもせず、亡くしたことに泣くこともしなかった。それどころか、守れなかったのは俺の方だと、出来の悪い道具を作った俺が悪いのだと、自らの"腕"の未熟さを嘆いていた。」


町は暗くなり街灯がつき始め、帰宅を急いでいる人もいたが、二人の歩みは遅い。


「そしてあいつは、俺に笑いながらこう言ったんだ。『お前だけでも帰ってきて良かった。お前も帰って来なかったら、俺は鍛冶師をやめていた。』と。だから、俺はあいつに誓った。『どんな死地だろうと必ず帰ってきてやる。そして、お前に仕事を持ってきてやる。』てな。」


二人が歩いてきた道から鉄を打つ音が聞こえた。その音はとても力強く、

どこか心地よく聞こえた。

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