008 勝利と敗北と私

南国の砂浜ビーチでトロピカルジュースを片手に日光浴。

燦々サンサンと降り注ぐ心地よい太陽の光。

決して太陽のSUNと燦々をかけているわけではありませんので、念のため。

前回、前々回、もっといえば最初っからコケにされ続けてきた、ボクシングジム会長こと、私ですが、ようやくこの私の存在、偉大さに気づき、敬意を払い始めたといことなのでしょう。

トロピカルジュースでのどをうるおします。

フレッシュな甘味と酸味が身体を満たしていきます。

今回、私はサングラスに海パンを履きこなし、両手には白いバンテージを巻いています。

ちなみに海パンはトランクスでアメリカンな模様でナウでヤングなデザインです。

なんでバンテージを巻いているのかって?

なぜなら私は〝ボクサー〟です。

いつ何時でも商売道具、ボクサーの魂とも言えるバンテージを拳に巻くのは当然だと思うのですが、皆さんはいかかですか?

まあ、それはそれとしてビーチベッドに再び身体を倒し、青い空で視界を潤します。

すばらしい。

青い空、黄色い砂浜、白いトロピカルジュース、そして、赤いダルマ。


……赤いダルマ?


私は体を起こし、サングラスをずらして肉眼で目の前の砂浜に鎮座する物体を凝視します。


「会長ォォ! なんで俺を使ってくれなかったんですかァ!」


目の前のダルマから手足が生えて、人間ができました。

現れたのはその名を口にするのもはばかられる、かつてのこのジムの……いえ、みなまで言うのはやめましょう。

とにかくそういうことなのです。

大人になると色々な人間と仕事をしなければいけません。

みながみな、社会人としての常識を備えているわけではないのです。

まだ学生の皆さん、ぜひ覚えておきましょう。


「会長ォォ!」


暑苦しい。そして、見苦しい。

私は立ち上がり、サングラスを外して、言い放ちます。


「人のバカンスを邪魔するやつは、この私がゴートゥーヘブン!」


……あれ、なんかセリフがおかしくない?


「ちきしょお! みんなそうやって俺をバカにして見下して! 俺だってやればできるんだァ!」


伸ばした手足をしまってダルマに戻りました。

ダルマに見えてたのは両足を抱えて座っていた姿がまんまダルマさんのような模様だからだったからのようです。

ゴロゴロと砂浜の上を回転して、迫ってきました。

何がしたいんだ、こいつ。

私は軽快なステップで横にかわします。

そのまま遠くに過ぎ去っていくのかと思いきや、丸まったまま器用にジャンプして体当たりしてきました。


「会長ォォ!」


私はバックステップで体当たりをかわします。

顔面から砂浜に突っ込んで、砂だらけの顔面は涙と鼻水まみれでした。

なんつー絵面だ。

文章だけでもその汚らしさが伝わると思うのですがいかがでしょうか。

私は回し蹴りをその薄汚い顔面に叩き込みます。


「おげぇぇっ!」


きりもみ回転しながらまたも顔面から砂浜に突き刺さりました。

……って回し蹴り?


「あきらめろ。お前にも家族がいるんだろう? 夢を捨てて、現実にキックバックだ」


おかしい、さっきから私の発言が私じゃありません。

いままでこの小説を読んでいただいている方にはおわかりいただけると思います。

あ、今回からお読みいただいている方は、はじめまして。ですね。

私は普段はボクシングジムの会長をしております。この小説では〝私〟です。

ジムの営業時間は午後2時から夜21時30分まで。

朝は趣味のガーデニングを済ませ、午後、ジムに出社してからは掃除を済ませ、常にジムの中は整理整頓、清潔清心を心がけております。この前、ロボット掃除機も購入したばかりです。おわかりいただけると思いますがいかがでしょうか。

なお当ジムは新規会員も絶賛募集中でございます。

プロ志望はもちろん、体力づくりのフィットネス、ダイエット目的のお客様まで老若男女問わず大歓迎でございます。

一日練習体験も千円で随時受付中です。なお、この千円は手に巻く包帯、バンテージ代としていただく形となっております。

営業時間中にお電話をいただければ、誠心誠意ご対応させていただきます。

ぜひ皆さん、お気軽にお問合せください。



008 勝利と敗北と私



「それをなぜ心の中で言うだけなのかね、おじさんは」


バキッと顔の大きさはあろうかというせんべいをかじる。


「仕方ないですよ。会長は確かにぱっと見は礼儀正しい紳士に見えますからね」


ナッツをぽりぽりとかじる。


「そうねぇ。言うだけ番長よりかはいいとは思うけど、相手にそれをしっかり伝えなきゃってのはジム経営は客商売なんだから、しっかりしてもらわないと困るってのにさ」


ジムの窓に映ってる砂浜の上の二人。

ジムの床に敷かれたシートに座る二人の空いている手には十字キーと四つのボタンが配置された、ゲームのコントローラーがあった。


「前々回用に設備として整えたモニターをこんな形で使えるなんてね。そういやおじさんは今、リングで寝てるけど、もう一人はどこにいるわけ?」


リングの上にはヘルメット状のHMD、ヘッド・マウント・ディスプレイを装着した状態でビーチベッドで寝かされている。隣の設置されたテーブルのマシンには各種ケーブルが繋がっていた。


「ああ、ちょっととある場所で。そのままだと色々と問題あるのでちょっと人格改造してます」


「こわっ!」


「じゃあ、ありのままの姿でジムに来てもらいます?」


「それは勘弁願いたいわね」


「技術の進歩って素晴らしいですね」


「……まあ嘘も方便じゃないけど、最低限の取り繕い方は必要よね。ジムのマネージメント手伝って、ほんとそう思う」


あぐらをかいた膝の上にひざで杖をついて、ため息を漏らす。


「フィットネス・ボクシングは商売になりますからね。やはりプロのジムは一般の人から見ると敷居が高いですよ。元プロがフィットネスジムでボクシングを教えてたりするし」


カチャカチャと二人はコントローラーを操作し始める。


「それも何だか恩知らずな気もするわ。プロのボクシングジムだって一般の練習生からの会費で経営が成り立ってるのにさ。なんで競合するような真似をするのかしら。このご時世、商売敵がただでさえ多いのに」


「プロのジムはみんな、コミッション管轄ですからね。協会にも入らないとだし。だったら割り切ってボクシングに興味あるけど、殴り合いたくない人向けに教えてたほうがラクだ。ってのはあるんじゃないですか」


「ボクシングやる人間って、みんな殴り合いたいからやるんじゃないの」


二人の目の前のモニターには、一方的に殴りつけている光景が繰り広げられていた。


「そんな生まれながらの野蛮人みたいな言い方しないでくださいよ。ボクサーだって普通の人間です」


「だからって何も防戦一方はないわ。所詮、これはゲーム。もっと反撃しなさいよ。いくら私がおじさんを操作してるからって、遠慮しすぎじゃない?」


ちゅるちゅるとタピオカドリンクをすする。


「遠慮なんかしてませんよ。これでも好戦的に調整してます。さすがの僕も完全に思い通りになるように調整しませんよ」


「〝しない〟なの? 〝できない〟じゃなくて」


「仮にも過去に色々あったとはいえ、出演をお願いしている以上、ベースとなる基本人格に影響が出るほど調整するのはマナー違反でしょう?」


口にするコーヒーは、ブラック。


「じゃあ今、さんざん殴りつけてるのは私の操作じゃなく、おじさんの意思も反映されてるってわけ?」


「当然ですよ。目の前の相手を容赦なく殴りつける。それができるから、世界のトップレベルまでいけたんだと思います」


「容赦なく……ねえ。その割にはさっきからやたらコントローラーが震えてるのよね。殴る前に」


微細な振動を繰り返しているコントローラーを見せる。


「ああ、それイラついてるんですよ」


「イラついている? なんで」


「相手が弱いから。でしょ」


「弱いとダメなの? ……あ、勝手に蹴った。もしかして本当にイラついてる?」


モニターにはもはや一方的に殴る蹴る投げ飛ばすの構図。

殴られ、蹴られ、投げ飛ばされているほうはひたすら泣き叫んで許しを懇願していた。


「なんかかわいそうね。さすがの私もここまでされているのは不憫に思うわ。何言ってるのかは音声消失ミュートしてるから聞こえてないけど」


「音声出します?」


「いらないわよ、耳が腐る。にしたって、弱いなら弱いなりに手加減してあげないと。強いほうが大人になってさ」


「まあ、思った瞬間に身体が動くように設定してありますからね。現実リアルならここまではしないと思いますよ。心の中では相当イラつくのは変わらないと思いますけどね」


バキッとせんべいを再びかじる。


「私だったら殴られた方が痛いし、頭にくると思うんだけど」


「殴られる側にも礼儀がありますよ。殴られたから、痛いです。やめてください。許してください。は殴ってる側からすればふざけんなって話ですね。殴り返してこない人間ほど頭にくるものはないですから」


搾りたてのグレープフルーツの酸味は刺激的で官能的。


「それって殴るより殴られた方が気分がいいってこと? やっぱりボクサーっておかしいわ」


「ボクサーは強くなりたい。強さを競い合いたい。自分の強さを証明したい。だからリングに上がるんですよ。その相手が闘争心に欠けた相手で、それを倒して評価が上がると思います?」


「……それならちょっとわかるかも」


「リングに上がる前はさんざんでかい口を叩いて、いざリングに上がったら消極的なただひたすら小心者の逃げ回るボクシングだったら、やる側からすれば全然面白くないですから。相手が殴ったら殴り返してくる。倒されたら倒し返そうとしてくる。そういう相手だったら弱くてもきっちり敬意を払えると思いますけどね」


最後のタピオカがストローから口元に吸い込まれていく。

眼前のモニターには泣き叫ぶ相手をひたすら蹴って殴って投げ飛ばして、さらにヒジ、ヒザ、頭突きの光景が繰り広げられていた。


「じゃあ、仮におじさんの相手をするってなったらどうするの?」


「……自分だったら足を使って頭を振って、とにかく頭を打たせないようにします」


「殴り合わないの?」


「いくらなんでも実力差ありすぎですよ」


「じゃあ、今の目の前の光景と変わらなくない?」


「足を使って逃げれば、必然的に追ってくるからそこを見えない角度から打ち込みますかね。思いっきり腕を振って。詰めた瞬間を狙われてるとわかれば、不用意に飛び込まなくなるから、今みたいな凄惨な光景にはならないと思いますよ。会長は相手のやりたいことを全てやらせた上で倒すボクシングが好きそうだから、そのうえで腹を打って倒してきそうだけど」


「完膚なきまで叩きのめすってわけね。さすがおじさん、底意地の悪さは世界チャンピオン」


ガハハと笑いとばす。


「本当に底意地が悪かったら前面に立たずに、裏方で人を操る方に回ると思いますけど」


手に持ったコントローラーをひらひらと見せびらかす。


「正論で返すのやめてくれない?」


「まあ、話を戻すとやる相手としては、強い弱いはあんまり関係ないですよね。戦う意思があるかどうか。試合だってそう。リングに上がってから相手の方が強い弱いを言い出してもしょうがないでしょう」


「強かったら負けるし、弱かったら勝てるんじゃないの」


サイズが大きすぎたのか、せんべいを半分に割る。


「勝った方が強いし、負けた方が弱いんですよ」


「結果に左右されるの? 実力と結果が結びつかないってのはよく言われるじゃない」


「プロは結果が全てでしょう?」


「いや、まあそりゃそうだけどさ。……正論言われたらそれまでじゃない」


「言い訳するぐらいなら勝てよ。って話。プロなら潔く結果を受け入れるべきでしょう」


ぬぐぐ……と、さきいかをガジガジとかじる。


「ここに関しては長年、ボクシングジムの経営をしてきた方なら、みんな同じことを言うと思いますよ」


手の平に乗せたピーナッツをポンと叩いて、口に運ぶ。


「厳しすぎない?」


「だってそれがプロの世界だし。プロと名の付く業界はみんな同様でしょ。つまらない演劇を、がんばってます。一生懸命です。でお金を出して見に行きますか?」


手に持ったコントローラーはポチポチと単調な操作だけが繰り返されている。


「会員の人でもそうですよ。ジムの選手が試合するとなったとき、弱い選手には無料タダでも見向きもしない。勝てる選手の試合となったら尻尾振りながらお金出して買うんですから。ゲンキンなもんです」


「お客さんをけなすのはやめてくれない?」


「ジムを盛り立てたいです。応援してます。と言っておいて「ストーップ!!」」


「……人のセリフを遮らないでくださいよ」


「マジでやめなさいよ。言わんとすることはわかるけど」


顔色は青ざめて、必死の懇願だった。


「ま、世の中あるあるですよね。一番大変なとき、つらいときには見てるだけで、結果を出し始めたらうぞうぞと寄ってきて邪魔しかしない。しかもそれを邪魔だと理解せず、本人はそれが善意だと思ってやっている。〝あなたのため〟という錦の御旗を掲げてね。害悪でしかない」


「私は何も聞こえないし、何も見えていないわ」


空想の産物フィクションですからね。この小説は一切の人物、団体、出来事とは一切関係ありません」


緑茶をすすり、大きく息をつく。


「お味はいかがですか?」


「わかるわけないでしょ!!」


「会長が仕入れてきた、最高級の緑茶だというのに……」


「それじゃあコンビニで売ってる緑茶じゃない! 最高級もくそもないわ!!」


「まごころは最高級にこもってるはずですよ。それに一緒に買っていた僕の分のマリトッツォも食べたらしいじゃないですか」


うらめしそうにジト目でにらまれ、思わずうろたえ、視線が泳ぐ。


「あっ、あれはまだ営業時間なのに帰るとか言い出すから……」


「あの後、誰か来ましたっけ。それにあの時は、みんながウィルスの蔓延でMSマスキング・スーツに乗り込まなきゃ、外に出歩けない設定でしたよね」


「設定は設定よ、そもそも回をまたいでいるから関係ないわ! そう、マリトッツォが悪いのよ! おいしいものがある。それを食べる。それは人が人として生きていくための本能じゃない!」


突然、大きな警報音が鳴り響く。


「何!?」


モニターの画面は一斉に警告を告げる「WORNING」の文字が表示されていた。

その文字に向かって、HMDヘッド・マウント・ディスプレイがぶつけられる。

粉々になるHMD。

投げつけられてきた方向を見ると、全身から怒りの炎を燃えがらせた人影があった。


「私はボクシングジム会長こと、私だァァァアアアアッッッ」


雄叫びが炎の闘気オーラを纏い、ジムの窓を割り破っていく。


「ちょっと! どうすんのよこれ」


「あまりに情けないボクサーと強引に殴りあわせていれば、こうもなりますよ」


匍匐前進ほふくぜんしんでジムから外に出る二人。

手元のスマホを操作し、ジムの窓、出入り口に全てシャッターを下ろしていく。

さらに操作を続け、スマホの画面上にジム内部の映像を映し出す。


「ついに覚醒めざめてしまったのね、〝彼〟が」


燃え上がる闘気はジムの中を渦巻き、吊っていたサンドバッグやパンチングボールの表面は熱で溶け、内部の砂がザラザラと流れ出ていた。


「予期せぬ覚醒……、これは〝組織〟が黙っちゃいませんよ」


「……ついに動くのね。コミッションと協会が」


「こんな茶番に付き合ってくれるほど、暇じゃないと思います」


「だから正論禁止だって言ってるでしょ」


モニターの燃える人影は天井を仰ぎ、その赤く光るまなざしから閃光を発した。

赤く溶ける天井。そしてさらに大口を開け、そこからも閃光を解き放つ。

天井を貫き、空にめがけて赤い閃光が立ち昇った。


「たーまやー」


「でもさー、ここまでそんなに怒ることなのかしら」


赤く光る閃光は夜空を照らす。


「弱い奴とやってても進歩はしませんからね。プライドを傷つけちゃったんでしょう」


「そんなに強い相手と殴り合いたいの。相手が強くなればなるほど、勝つのも難しくなるのに」


「理屈じゃないんですよ。互いに互いを殴り合って、勝負を決する。だからリングは神聖なんです」


「強いものが勝ち、弱いものが負ける?」


左右に首を振って否定する。


「勝ったものが強く、負けたものが弱いんです」


「こだわるわね、そこに」


「強さも弱さも〝結果でしかない〟ってことですから」


「あー……それなら、わかる気はするかも。よくわかんないけど」


なんとなく腑に落ちたのか、肩の力が抜けていく。


「さ、いい感じに収拾つかなくなったんで、そろそろお開きにしましょうか」


「それもそうね。それじゃ皆さんまた来月ー」


二人は閃光が発するジムを背に、夜空に向かって手を振った。


「次回の更新をお楽しみにぃぃいいいいーっっっ!」


ジムの天井から立ち昇る閃光も、二人の手の動きに合わせるかのように左右に振れていたのだった。



つづく

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