第29話 嵌められた義姉

 雷梅らいめいは指で摘んだ干し肉を弄りながら義姉・費煉師ひれんしが軍に捕まった経緯を話し始めた。


「あたしより2つ上の費煉師は幼い頃から軍に入る事を夢見ていました。軍に入って国の為に戦い、活躍する事で女への差別をなくし、女の社会復帰を目指す。それが費煉師の目標でした。だから費煉師は、毎日孤児院で出来る限りの学問を学び、出来る限りの武術を独学で鍛錬しました」


「ちょっと待ってください、雷梅さん。軍に入るって……今の嶺月れいげつは、女だという事だけで兵にもとってもらえないじゃないですか? そんな無謀な夢……」


 黙って聴いていた水晶すいしょうが思わず口を挟む。


「一般的にはそうですが、曼亭府まんていふの軍は女でも“武挙ぶきょ”に通れば兵として使ってくれると言いました。だから費煉師は武挙に通る為に、街の武術道場を覗き稽古を覚え、覚えた稽古を思い出しながら朝から晩まで武術を磨き、自分なりの武術を身に付けました。あたしの三節棍も、その修行の相手をしながら身に付けたものです」


 雷梅は首に掛けた銀色の三節棍を握り締めた。


「“武挙”って……」


「軍の武官登用試験。嶺月の軍は兵から武官を選出する時にこの武挙を行い、合格者を武官として登用する。民間人であっても、この武挙を受ければ兵卒ではなく隊長クラスの武官になれる」


 潘紅玉はんこうぎょくは首を傾げた水晶に事細かに説明してくれた。


「そして努力の結果、費煉師は曼亭府の武挙の一次試験に合格しました」


「それは凄い!」


 水晶が手を叩く仕草をしようとすると、雷梅は俯いたので水晶は両手を離した。


「ところが、合格したのは不正だと、試験官共がイチャモンを付け、その合格を取り消した挙句、費煉師を拘束してそのまま牢獄にぶち込みやがった……!」


「……酷い」


「だからあたしは無実の罪で捕まった姉貴を助け出す事にしたんです! 姉貴には捕まる理由がない! あいつらは初めから姉貴を合格させるつもりはなかったんです! 女なんかどうせ合格するわけない、未熟な武術を披露したところを笑い飛ばして恥をかかせるつもりだったんです! そんな奴らに捕まった姉貴を放っておけるはずない!!」


 鼻息を荒くして雷梅は吼えるように言った。顔は怒りで赤くなり頭に血が昇りかけている。昨晩はあんなに静かだったのに、費煉師の事になるといつもの雷梅の口調に戻るようだ。


「分かったでしょ? 水晶。私は無実の罪で捕まった費煉師を助けに行きたい。費煉師の志は撈月ろうげつと一緒。雷梅も費煉師を助けてくれたら一緒に撈月渠に来てくれるって言ってくれた。悪い話ではないよ」


「いや……話は分かりましたが……でも……」


 水晶は頭を抱えた。相手は鍛えられた兵隊が守る牢獄だ。それに相徳鎮しょうとくちんなどとは比べ物にならない程の大都市・曼亭府が有する軍隊が相手。いくら潘紅玉と雷梅の2人とは言え、そんな相手に勝てるとは到底思えない。それに、一月ひとつきの内に撈月渠ろうげつきょへ行かなければならない。救出に時間をかければ間に合わない可能性もある。


「潘さん……たった2人で軍隊を相手に出来ますか?」


「軍隊とは戦わない。費煉師を助け出す事が目的。見つからないように上手くやる」


「私達は一月の内に撈月渠へ行かなければなりません」


「大丈夫。1日、長くても2日で終わらせる」


 潘紅玉は水晶が危惧している事を一応は考えていたようだ。甘い考えに聞こえるが、全く考えていないよりはマシである。

 雷梅は三節棍を握り締めたまま、険しい顔で水晶の顔を見つめその答えを待っている。


 水晶は息を吐いた。


「雷梅さんは私の事を助けに来てくれました。今度は私が雷梅さんのお姉さんの費煉師さんを助ける番ですね」


 水晶の返事に潘紅玉も険しい顔だった雷梅も笑顔を見せた。


「水晶さん! ありがとうございます! さすが、潘姉さんの連れです!!」


 雷梅は嬉しそうに水晶のもとへ来て手を握る。


「水晶、ありがとね」


 潘紅玉は優しく微笑んだ。水晶もニコリと微笑み返す。


「それじゃあ、時間がもったいないので早速出発しましょう! はい、水晶さん、これ朝ごはん」


「ふむっ!?」


 雷梅に無理矢理口の中に干し肉を突っ込まれ驚く水晶。


「さ、乗って、水晶」


 間髪入れずにいつの間にか烈火に跨っていた潘紅玉は水晶に手を差し出している。

 口に干し肉を突っ込んだままの水晶は差し出された手を取り烈火に乗った。

 目の前には潘紅玉のいつもの背中。ここに座ると安心する。

 水晶は雷梅に食べさせられた干し肉を咀嚼しながら、烈火に付けてある自分の荷物から竹筒の水筒を取り出し常温の水で喉の奥へと流し込んだ。


「あ、これ、ありがとう」


 潘紅玉は水晶へ丸められたローブを差し出した。


「あー、これは……」


 受け取りながら隣で馬に跨った雷梅を見る。


「雷梅さん、これ着といてください。曼亭府に入るのに撈月甲は目立ち過ぎます」


 しかし雷梅は水晶のローブを受け取らず自分の馬に付けていた荷物から黄土色のローブを取り出した。


「ありがとうございます、水晶さん。でもあたしもローブは自分のがありますので大丈夫です」


「そうですか。それなら良かったです」


 水晶は雷梅に微笑むと、丸めていたローブを広げて羽織った。これで3人とも目立たずに曼亭府へ入る事が出来る。

 いつの日か、撈月が嶺月帝国を倒したなら、ローブが必要ない生活が来るだろう。それがいつになるかは分からない。だから今は女は肌を隠しながら生きる事に耐えよう。水晶はローブを纏う潘紅玉と雷梅を見てそう思った。


「それじゃ、曼亭府へ向けて出発! 雷梅、先導して」


「御意! やぁ!!」


 威勢の良い掛け声で雷梅は馬を駆けさせた。潘紅玉もそれに続く。


 また無意識に潘紅玉の腹筋を触っている事に気が付いたが、今は手を離す気になれなかった。

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