第21話 不吉な三叉路

 千馬道の山間部をしばらく駆けると街の男が言っていた三叉路に着いた。

 まず水晶達の目に入ったのは乗り主を失った馬。それが十数頭足元の草を食んだり、宛もなく歩き回ったりしている。

 水晶は空を見上げた。

 日は沈みかけていて辺りは薄暗い。切り立った崖に挟まれた3本の道は、どれも出口が見えない程に途方もなく続き同じ風景を作り出している。

 崖の上の木々も緑から黒へと闇に染まりつつある。

 踏み入れてはいけない地に足を踏み入れてしまったような感覚。


 ふと、水晶は道の端に積まれた何かに目をやった。目を凝らしそれが何か認識すると声にならない声を上げ、潘紅玉のローブを強く握った。


「潘さん! 端に積まれてるの……人の死体です……」


「ほんとだ。100人くらいは殺されたんだ。殺した後、ちゃんと道の端に死体を寄せてる」


 潘紅玉の言葉から、その犯人が獣などではなく、人間の仕業である事が伺えた。

 その落ち着いた分析は、潘紅玉が水晶ほど驚いている様子はない事を示している。

 辺りに立ち込める不快な死臭に水晶も潘紅玉もローブの袖で鼻を覆った。


「そうなんです。俺達の仲間です。みんな山賊狩りの女に殺された。馬は貴重な財産です。あの中の数頭は俺達もの。だから、出来れば連れて帰りたい……」


 礼儀正しい男はそう言うと静かに怒りを思い出したのか手綱を握る拳を震わせた。


「山賊狩りの女は見当たらないようですが」


 潘紅玉が言った。


 確かに死体の山はあるが、女はどこにも見当たらない。


「おかしいですね。さっき通った時は真ん中のあの腰掛のような岩に座っていたんですが」


 礼儀正しい男は道の真ん中にポツンとある横長の岩を指さして言った。


「残念。いないなら私達は先に進むとしよう。曼亭府まんていふはどの道ですか?」


「ま、待ってくださいよ。今はたまたまいないだけですよ。その内戻って来ます。奴は一月ひとつき程前から毎日ここに居座ってたんですから。せっかく女の人が通ったんだ。俺達を助けると思ってもう少し待っててくださいよ」


「そうだぜ、女。山賊狩りを説得するまで逃がさないぜ」


 粗暴な男は懐から取り出した短刀を潘紅玉に向けた。


「や、やめろ! 馬鹿! それが人にものを頼む態度か!」


 礼儀正しい男は粗暴な男の突然の行動を咎めた。水晶は潘紅玉のローブをガシッと握ったまま男の短刀に戦慄していた。


「なるほど、それ程までに追い詰められていたのですね。ならば明日の朝まで待つとしましょう。元々私達はもう休む予定でしたから」


 潘紅玉はそう言うと馬を下りた。


「え? 潘さん、こんな所で休むんですか? わ、私ここ……なんか怖いです」


 水晶は潘紅玉に子犬のような目で訴える。


 この場所が怖い。山賊狩りが怖い。それは間違いではないが、それよりも水晶は、一緒にいる2人の男に言い知れぬ恐怖を感じていた。


「大丈夫。私が絶対守ってあげるから」


 潘紅玉は微笑み、馬上の水晶に手を差し出した。


「分かりました……」


 潘紅玉の優しくと心強い言葉に、水晶は全てを託す事にした。これまでも潘紅玉は水晶の危機を救ってくれた。それは水晶が全てを託すには十分過ぎる実績だ。

 水晶は潘紅玉の手を取り、烈火から下りた。


「こんなに馬がいるなら、水晶の分の馬を1頭くらい貰っていっても大丈夫だよね」


「え……あ、はい……たぶん」


 潘紅玉の言葉に水晶は歯切れの悪い返事をする。確かに今のように潘紅玉の背中にしがみついているのは楽だが、潘紅玉にとっては邪魔なのだろう。烈火も2人の人間を乗せて走ると本来進める距離も進めず疲労が溜まっているはずだ。

 そんな気持ちを察したのか、潘紅玉は水晶の肩に手を置いた。


「水晶が邪魔だからってわけじゃないからね。1人で馬に乗れるようになった方が、色々と役に立つから。練習しよ」


「はい……」


「大丈夫。私がちゃんと大人しい馬見付けてあげるし……それに」


 潘紅玉は一旦話を切ると、水晶の耳元に顔を寄せた。


「いつでも私のお腹触っていいから」


「なっ!? 何言ってるんですか!? 潘さんはもぉ!!」


 水晶は顔を真っ赤にしてケラケラと笑う潘紅玉をポカポカと叩く。


 その時だった──


「こんな時間に人の声がすると思って来てみたら、まさか女?」


 その声は1本の道の向こうから。

 ゆっくりと女が1人こちらへ歩いて来る。

 髪は長く後ろで縛ったポニーテール。潘紅玉と同じくらいに肌を露出した撈月甲ろうげつこうを纏い、首に掛けた銀色の三節棍の両端をを両手で握っている。


 本当にいた。撈月甲を身に纏った女。


 潘紅玉はフードを外しそのオレンジ色の髪と顔を見せた。


「へー。若い女か。珍しい」


 撈月甲を着た女はニヤリと笑った。

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