第18話 一糸まとわぬ女の想い

 翌朝。

 水晶すいしょう潘紅玉はんこうぎょくは、飛脚屋備え付けの風呂を借りて汗を流す事にした。

 本当は昨晩、楊譲ようじょうが風呂を沸かしていてくれたようだが、潘紅玉が酒を飲み過ぎてむにゃむにゃ言いながら眠ってしまい、それに乗じて水晶も眠ってしまったので、久しぶりの入浴の機会を逃していたのだ。

 飛脚屋で楊譲と暮らしている燐風りんぷうは、水晶と潘紅玉が寝静まった後にしっかりと入浴を済ませていたらしい。

 そんなだらしのない2人を見兼ねて、日が昇ってからまた湯を沸かしてくれた楊譲には頭が上がらない。

 まだ飛脚屋は始業前なので燐風は裏で楊譲と共に朝食の準備をしていた。


 ♢


 2人が脱衣所に入ると、潘紅玉はすぐに撈月甲ろうげつこうを外し裸になった。目の前で一切の躊躇いもなく裸になった潘紅玉の身体を、水晶は口元を押さえてまじまじと見た。

 腰にはメリハリのある括れがあり、薄ら凹凸の見て取れる腹筋が可愛らしい臍を中心に並ぶ。ただ、その辺は普段からさらけ出しているので特別新鮮味はない。今はそれよりも、通常隠している箇所の存在感が水晶の目を引き付けて離さない。

 小さいながらも形の良い胸の膨らみ。その先端の突起は綺麗な薄い桜色をしている。

 そして、割れ目の走る美しい股の恥丘を、髪と同じオレンジ色の毛が微かに飾り付け、女である水晶の劣情を煽る。


「どうしたの?」


 他人ひとの身体を凝視する水晶に潘紅玉は疑問の声を掛ける。


「あ、ごめんなさい。綺麗な身体なので、見蕩れていました」


 水晶がつい本音を漏らすと、潘紅玉はニンマリと笑った。


「ホント!? 嬉しい! 私、結構体型には気を遣ってるの。胸は……あんまり大きくないんだけど、それ以外は自信あるんだ! ほら、撈月ろうげつは普段から身体を人に見せるからさ」


 潘紅玉はあからさまに上機嫌になり、狭い脱衣所で水晶相手にあらゆる角度からその肉体美を見せ付けてくる。筋肉というよりも、その扇情的な曲線に水晶は目のやり場に困り顔を赤くする。


「も、もういいですから。早くお風呂入ってください」


「何赤くなってるの? ってか、水晶まだ服脱いでないじゃん。早く脱いで一緒に入ろ? 手伝おっか?」


「け、結構です。自分で脱げますから!」


 潘紅玉には羞恥心というものがないのだろうか。それ故に水晶が恥ずかしいと思う気持ちも理解出来ないのだろう。と、大人になりかけの思春期の身体を初めて人前に晒す水晶は思った。



 風呂場は2人で入るには丁度良い広さだった。

 先に入った潘紅玉が木の桶で掛け湯をしている。水晶も真似して掛け湯を始めると潘紅玉が小さな腰掛を指さした。


「背中。洗ってあげる」


「あ、はい。ありがとうございます」


 水晶は腰掛にちょこんと座り潘紅玉に背中を向けた。

 潘紅玉は手に石鹸を擦り付けるとモコモコと泡立て、それを水晶の小さな背中に塗りたくる。

 慣れない感覚に水晶は身体をビクッと震わせる。


「水晶さぁ、撈月渠ろうげつきょに着いたらさ……その……」


 潘紅玉は水晶の背中を洗いながらもごもごと話し始めた。

 水晶は少し横を向いて次の言葉を待つ。


「どっか行っちゃうの?」


 潘紅玉はどこか寂しそうな声色で訊く。


「それは……まだ考えていません」


「撈月に……入れば? 朱燦莉しゅさんり姉様が言ってたじゃん。別に闘わなくてもいいって」


 その言葉は、水晶の心を揺さぶった。確かに、潘紅玉と一緒にいるのは楽しい。出来ればずっと一緒にいたいと思う。だが、それだけの理由で、命懸けで国と戦おうとする撈月の戦士達の仲間になっていいはずがない。水晶にはそんな覚悟はない。


「私……潘さんみたく撈月の志とか分からないですし……格式高い撈月に私のような孤児が入るなんて……」


「でも、女が虐げられる理不尽な世界は嫌でしょ? その気持ちがあれば撈月の志とかそんなのは関係ないよ」


 潘紅玉の言葉に水晶は俯く。


「……今ここで“はい”とは言えません。……だから、その……考えておきます」


 水晶が濁した感じで答えると、潘紅玉はしばらくの沈黙の後、何を思ったのか突然水晶の胸を触り始めた。


「ちょっ!? 潘さん!? 何してるんですか!?」


 水晶の平らな胸を泡立ってヌルヌルの指先で弄ってくる。ただ、潘紅玉はふざけているわけではなさそうだ。水晶の胸を触る手にはいやらしさはなく、ただ身体を洗ってくれているだけなのだろうが、敏感な部分を触られた水晶の身体はいやらしく反応してしまう。


「私はね、水晶みたいな普通の女の子も、好きなように街で堂々と買い物して、堂々とお洒落して、堂々と色々な仕事が出来る国にしたいの。男も女も平等な国。特別撈月が普通の女の子達が考えている事よりも凄い事を考えているわけじゃない。私達は男だろうが女だろうが、同じ人間なんだから、同じように生きたいよ」


 潘紅玉の言葉は確かに水晶が普段から思う事と大差ないありふれた考えを述べているに過ぎない。だが、そのありふれた考えを考えのままにするのか、行動を起こすのか、水晶と潘紅玉の違いはそこだけだ。


「はい、脚も洗うよ」


 潘紅玉は言いながら水晶の胸と両腕、そして腹を洗い終わると、左の太ももを両手で優しく洗い始めた。

 水晶は背中以外も平然と洗い続ける潘紅玉にいつの間にか抵抗しなくなっていた。しなやかな女の手が身体を這う感覚は、くすぐったくもあり、そして何より気持ちが良かった。


 遠いと思っていたが、本当は一番近い存在。この国の女が抱く想いを潘紅玉は水晶と同じように抱き、そして行動に移した。


「はい、脚も終わり。じゃあ最後、立って脚広げて」


「え!? さすがにそこは大丈夫です。自分で……」


「遠慮しないで。水晶のなら汚くない」


「ちがっ……! そういう問題じゃ……やっ」


 潘紅玉の指が水晶の柔らかな股に触れたその瞬間──浴室の戸がガラッと開いた。


「き、君たち! 他人ひとの風呂場でそんな破廉恥な事しないでくれる!?」


 水晶と同じく顔を真っ赤にした燐風が白いタオルを片手に怒鳴り込んで来た。


「何が破廉恥なの? 身体洗ってあげてるだけだよ? 私、水晶に頼りっきりだからさ、身体くらい洗ってあげようと……あ、もしかして、燐風も一緒に入りたい?」


「は、入らないよ! とにかく! あたしの前でイチャつかないで! タオル、ここ置いとくから!」


 羞恥を誤魔化すかのように、燐風は大きな声で言うと、白いタオルを脱衣所の籠の中に放り込み、ピシャッと戸を閉めて走り去った。


「何で怒ってたのかな?」


 潘紅玉が振り向くと同時に、水晶は両肩に手を置き、水晶が座っていた腰掛に座らせた。


「はい。ありがとうございました。今度は私が洗ってあげます! 背中だけ」


「え、水晶まだ……」


 潘紅玉が何か言いかけたが聞こえないふりをしてその綺麗な白い背中を泡立てた手で洗い始める。

 すると、諦めたのかすぐに潘紅玉は大人しくなった。

 裸になったら本当に水晶と同じただの女の子。

 撈月。自分にも出来る事があるかもしれない。

 水晶は心の中で密かにそう思った。

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