第31話 ファントム視点

 


 


 


「……アンジェリカはどうして怒ってしまったのだろうか。私は、アンジェリカを襲わなくてすむと思って安心していたのに。私は、アンジェリカに女性としての魅力を感じなくて嬉しかったというのに。」


 アンジェリカが執務室から出て行ってしまった。


 しかも、なんだかぷりぷりと怒っている。


 私の何がいけなかったのか、私にはよく理解ができていなかった。


 アンジェリカが怒って出て行ってしまったショックで、私は執務室のソファーの上に倒れこむようにもたれこんだ。


「ええ。アンジェリカお嬢様が襲われずにすむことは良いことです。これで、旦那様がアンジェリカお嬢様のキスによって呪いが解ける可能性が高くなったというのに。どうしたことでしょう。」


 私の側に控えていたヒースクリフも首をひねっている。


「……アンジェリカお嬢様にお怒りの原因をそれとなく聞いてきます。」


 ここにいても解決策が見つかるはずもなく、ヒースクリフはそう言って執務室から出て行った。残された私はアンジェリカを怒らせてしまったショックで気を落としていた。


 アンジェリカを怒らせるつもりなど全くなかったのに。むしろ、面と向かって落ち着いて話をすることができることを一緒に喜んで欲しかったのに。


 私は沈んだ気持ちのまま、ヒースクリフが戻ってくるのを待った。


 怒っているアンジェリカに私が直接問いただしても良い結果にならないと思ったからだ。


 いや、これは言い訳だ。私がアンジェリカに会うことが怖かったのだ。嫌われてしまったのではないかと思うと、怖くてアンジェリカを追いかけることもできなかったのだ。


 


 


 


☆☆☆


 


 


 「旦那様っ!!旦那様っ!!大変でございますっ!!」


 ドタバタと普段冷静沈着なヒースクリフが屋敷の廊下を走りながら執務室に飛び込んできた。


 アンジェリカに何を怒っているのか確認しに行ってもらっていたのだが、私はヒースクリフが慌てるようなことをアンジェリカにしてしまっていたのだろうか。


 「なんだっ……。アンジェリカは私の何に怒っていたというのだ?もしかして、私の存在そのものが受け付けなかったのだろうか。


 ヒースクリフの慌てようをみて、私は、アンジェリカにやはりどうしようもないくらい嫌われてしまったのだと受け取った。


 だが、ヒースクリフは私にそれ以上の衝撃を与える言葉を告げた。


 「旦那様っ!大変でございますっ!アンジェリカお嬢様が屋敷内から忽然と姿を消しましたっ!」


 「な、なんだって……。送り届けるための馬車はどうしたんだっ……。」


 「も、申し訳ございませんっ。まさか、アンジェリカお嬢様がもうご帰宅されてしまうとは思わずにまだ用意ができておりませんでした。」


 そう言ってヒースクリフは額を床に擦り付けそうなほど頭を下げて謝罪の言葉を言った。


 アンジェリカがこんな日も暮れた時間に出て行ってしまうだなんて。馬車も用意していないだなんて、なにかあったらどうするんだ。


 いくら、私のことが嫌いで飛び出してしまったとしても、アンジェリカは可愛い可愛い女性なのだ。そんなアンジェリカが夜道を歩いていたら攫われてしまうに決まっている。


 私は自分の失態に頭を抱えた。


 アンジェリカに嫌われていたっていい。


 ただ、アンジェリカが無時に家に帰宅できていればそれで……。


 「ヒースクリフ。今すぐ馬車を用意するんだ。そして、アンジェリカを探せ。アンジェリカの無事を確認したら丁重に送り届けてくれないか。」


 「はっ。かしこまりました。」


 ヒースクリフはそう言ってすぐに執務室を出て行った。


 私は、ヒースクリフが出て行った扉を恨めしく睨みつける。


 アンジェリカを夜道を歩かせるほど怒らせてしまった自分を許せなかった。


 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る