第26話

 


 


 


 次の日、眠い目を擦りながら起き上がると同時に、ロザリーが部屋に飛び込んできた。


「あら、おはよう。ロザリー。そんなに慌ててどうしたのかしら?」


「大変でございますっ。アンジェリカお嬢様っ。侯爵家の馬車が門の前に停まっておりますっ!」


「ええっ!?今日もっ!?」


 侯爵家には昨日行ったばかりだ。それも、有力な情報にもならない結果しか得ることができなかった。


 侯爵の呪いを解呪したいという思いは強いが、侯爵家の使用人は初恋の人が誰であるかまでは知らないようなのだ。ローゼリア嬢は何かに気づいたようだけど、教えてくれる素振りはないし。


 出来ることなら、また侯爵家に行って聞き取り調査をしたいとは思っていたが、まさか今日突然迎えの馬車が来るとは思ってもみなかった。昨日の帰りに明日も来ますとは言っていないのだから。


 それに、ローゼリア嬢もロザリーも、ヒースクリフさんも侯爵の初恋の人については、侯爵に直接尋ねるか自分で気づけと言われてしまった。そのため、今日は一日自分の部屋で今までに聞いた情報を整理しようと思っていたのだ。


 それが、まさかのこんな朝早い時間に迎えが来てしまった。想定外すぎて慌ててしまう。


 いや、昨日も同じくらいの時間……むしろ今日よりも30分以上早い時間に迎えの馬車が来たのだから、ある程度予測しておけって話かもしれないけど。


「アンジェリカお嬢様。考えるのは後にしてすぐにお仕度をなさいませんとっ。」


「そうね。クリスも来ているのかしら?」


 昨日は可愛いクリスも一緒にお迎えに来ていてくれていた。今日も来てくれていると嬉しいんだけど。


 そう思ってロザリーに問いかければ、ロザリーは首を横に振った。


「それがまだわからないのです。侯爵家の馬車は門の前にありますが、馬車から人が降りてこないのです。」


「まあ。どうしたというのかしら?」


 昨日は侯爵家の馬車が到着するなり、クリスが家に向かって飛んできたとか。それに一緒についてきたヒースクリフさんが、慌ててクリスを追って来たということだった。


 もしかして、クリスが飛んでこなかったらヒースクリフさんはキャティエル伯爵家に訪問する時間を遅らせようとしていたのだろうか。


「わかりません。今、私の父が確認にいっております。」


「まあ、ジョハンヌが?なら安心ね。」


 ジョハンヌというのは、ロザリーの父親であり、キャティエル伯爵家の執事である。ジョハンヌはとても頭の回転の早い執事で、お人好しで人を信じ込みやすいお父様とお母様がいるのに、伯爵家がいまだに潰れないのは、ジョハンヌがいるからと言っても過言ではない。


 


 


 


 ロザリーに手伝ってもらって身支度を終えると、応接室に向かう。応接室にはソファーでくつろぐクリスと、クリスの側に立っているヒースクリフさんがいた。


 どうやら今日もクリスが一緒に来てくれたようで嬉しくなって破顔した。


「いらっしゃいませ。クリス、ヒースクリフ様。」


 私は二人に向かって挨拶をする。すると、クリスがソファーからピョンと降りて私の足元まで駆け寄ってきた。そうして、私の足にまとわりつくように、私の足に頭を擦り付けてくる。


 抱っこして欲しいの合図だった。


 私は、クリスを両手で抱き上げるとヒースクリフさんに断ってソファーに座った。抱き上げられたクリスは私の腕の中でゴロゴロと大音量で喉を鳴らしていた。


「アンジェリカお嬢様。このような早朝に押しかけてしまい申し訳ございません。」


「構わないわ。なにかあったのかしら?」


 クリスのふくふくホッペを人差し指でツンツンしながら、ヒースクリフさんに答える。


「本当はもっと常識的な時間に訪問する予定でした。しかし、クリス様が、待ちきれなかったご様子で……。それでも、早朝にアンジェリカお嬢様の元に行くのは相手の迷惑となると言ったところ、それならキャティエル伯爵家の前でアンジェリカお嬢様が出てくるのを待つときかないものでして……。」


 ヒースクリフさんは申し訳なさそうに言った。


そっか、クリスがそんなに私に会いたいと思っていてくれただなんて、なんて嬉しいことなのだろう。


私は嬉しくなって、クリスに頬擦りをした。そして、そのままクリスの頬にちゅっとキスをする。


「にゃぁぁぁん。」


すると、クリスが甘えたような声を出して、私にすり寄ってきた。どうやらクリスのお気に召したらしい。


嬉しくなった私は何度もクリスの頬にキスをする。


「アンジェリカお嬢様……。そのくらいにしておいた方がよろしいかと……。でないと後で後悔をすることになるかと思います。」


「あら?なぜ?」


ヒースクリフさんにクリスの頬へのキスを止められてしまった。私は不思議に思って問いかけるが、ヒースクリフさんはただ「止めた方がいい。それが、アンジェリカお嬢様のためです。」としか言わない。


「仕方ないわね。」


あまりにもヒースクリフさんが反対するので、私はクリスをそっとソファーにおろした。


「にゃあ。」


クリスは寂しそうに一声泣いてからヒースクリフさんを睨み付けるかのようにジッと見つめていた。


「アンジェリカお嬢様。お迎えに上がりました。侯爵家に参りましょうか。」


ヒースクリフさんはクリスからの視線を無視するようにそう私に向かって言った。


「えっと。でも、今日はお約束はなにもしていなかったと思うのですが……。」


迎えに来たとヒースクリフさんが言うので、意を決して聞いてみた。


「旦那様の呪いを解いてくださるのでしょう?そのことで、旦那様からお話があるそうです。」


「えっ!?」


まさか、あの侯爵が私に話があるからヒースクリフさんが迎えに来たと言うの!?


しかも、呪いの解呪のためだという。もしかして、侯爵は私に初恋の人のことを教えてくれるのだろうか。


「もしかして、侯爵様は私に初恋の方が誰か教えてくださるのかしら?」


私は期待に満ち溢れた表情をしてヒースクリフさんに問いかける。


「ええ。そうです。旦那様がしっかりとアンジェリカお嬢様にお伝えするそうです。」


ヒースクリフさんはそう言って、にっこりと微笑んだ。その笑顔には嘘くささは全く感じられなかった。


 


 


 




 


 


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