第13話


「ねえ、クリス。侯爵様の初恋の相手を知っているのでしょう?」


「にゃ、にゃぁ……。」


私がクリスに問いかけるとクリスは戸惑いながらも、しっかりと頷いた。ように見えた。


「お願い。その人のところに案内してくれないかしら?」


私はクリスにお願いしてみる。賢いクリスのことだ。きっと私の言っていることを理解してくれているのだろう。


クリスは「にゃぁ~」と鳴いたあとに、私の頬をペロリと舐めた。


「ちょっと。クリスっ。くすぐったいってば。」


急にペロペロとクリスが私の頬を何度も舐め出す。私はクリスに侯爵の初恋の人がどこにいるか教えてほしいといっているのに、どうしてクリスは私頬を舐めているのだろうか。


いや、クリスに頬を舐められるのが嫌というわけではない。むしろ、ザラッとしたクリスの舌が頬に当たってちょっといたいけど、でも、それ以上に気持ちがいい。


むしろ、この感触が癖になってしまいそうだ。


「にゃぁん。」


クリスはなおも執拗に私の頬を舐めてくる。私の頬になにかついているのだろうか。


「クリス。やめて。ね、クリス?」


私は名残惜しいと思いながらもクリスを優しく両手で掴んで私の顔から離す。


クリスは嫌々をするように手足をバタバタとさせた。


「アンジェリカお嬢様。頬が赤くなっております。」


側に控えていたロザリーがサッとハンカチを鳥だし、私の頬を拭う。


「そうね。あれだけ、クリスに舐められたら赤くもなるわ。でも、急にどうしたのかしら?」


「さあ?どうしたのでしょう。いつもでしたらアンジェリカお嬢様の言うことを理解しているように思うのですが……。」


「そうよね。」


いつものクリスだったらこんなことはしないだろうに。


不思議に思って首を傾げる。すると、クリスも一緒に首をかしげていた。


「真似をしているのかしら。かわいいわ。」


可愛いと言われたクリスは照れたのか、右の前足で必死に自分の顔を撫でている。


「ねえ。クリス。私を助けると思って意地悪しないで侯爵様の初恋の人の居場所を教えてくれないかしら?」


私はもう一度クリスに問いかけた。クリスは困ったように、その場をぐるぐると回りだした。


どうやらクリスは私を侯爵の初恋の人のもとへ連れていくか迷っているらしい。これは、もうひと押しかもしれない。


そう思ってクリスにもう一度お願いをしてみる。


「ねえ、クリス。お願いよ。」


すると、クリスはわかったとばかりに私の部屋を飛び出して行ってしまった。


「ロザリー。どうやらクリスは私に侯爵様の初恋の人の居場所を教えてくれる気になったみたい。私、クリスの後をついていってみるわ。」


やっとクリスが教えてくれる気になったようで、私は嬉しくなってその場で飛び上がった。


「……アンジェリカお嬢様。大変言いにくいのですが、クリス様はアンジェリカお嬢様のお願いをきいたわけではなく、ただ単に逃げたのではないでしょうか。」


「ええっ!まさか。クリスが私から逃げる?そんなこと今までなかったわ。何かの間違いよ。」


ロザリーがなにかいっているが、それは到底信じられないことだ。あのなついているクリスが私から逃げるだなんてそんなことあるはずがない。


もし、万が一、クリスが私から逃げたというのならば、私はショックで寝込んでしまいそうだ。


「とにかく。私はクリスの後を追うわ。」


「アンジェリカお嬢様っ!もう日が暮れます!!クリス様はご自宅に帰ったのかもしれません。もしかしたら門限の時間なのかもしれませんよ。」


ロザリーは窓から外を見て、空が赤く染まってきたのを確認して私に教えてくれた。


確かにいつもクリスが帰る時間だ。でも、万が一クリスが私を案内してくれるのならばついていかない訳にはいかない。


「大丈夫よ。すぐに戻ってくるわ。」


「アンジェリカお嬢様……。では、私も一緒に参ります。ですが、旦那様にはお伝えしなければ。」


「わかったわ。私は先に行くから、ついてきてちょうだいね。」


私はロザリーの制止を振りきって外に飛び出す。


ロザリーも私の姿を見て慌てたように、お父様のところに向かった。


私はそれを確認すると、クリスの去っていった方向に向かって走り出した。

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