第5話『スケベ太郎は捨てたい』


「うん。あの上屋敷先輩を……」

「更正させるように頼まれたとか?」


 そんな展開かなぁと思って口に出す。

 もしそんな展開なのだとしたら、かなり厄介なことになりそうだ。

 しかし、薫は首を横に振った。なんだ、違うのか。


「そうじゃないの。そうじゃなくて……上屋敷先輩の『登下校をしっかりさせる。朝のHR時間までに出席させる』この二つを条件に出されたの」

「ほうほうなるほど……。上屋敷先輩……アンタ一体普段どんな学校生活送ってるんですか!?」

「……えへん」

「だから褒めていない!!」



 誇らしげに胸を張る先輩。違う! 今はしょんぼりと肩を落とす場面であって、誇らしげに胸を張る場面じゃないんだ!!



「ちょーーーっと先生たちの手には余るみたいなの。だからこうして押し付けられ……じゃなくて頼まれたの」

「ねぇ薫。今、押し付けられたって言おうとしてたよね?」



 そこまでの問題児だっていう事か……。



「まぁ、一応納得はしたけどさ……。でも、誰が上屋敷先輩の送り迎えやら出席をサポートするのさ? 一日一日日替わりで送り迎えするとか?」

「うーん、そこはまだ決めてないの。どうしよっか? 椿部長」

「さては僕に全部押し付けるつもりだな貴様」

「てへ♪」



 全く……。

 などと上屋敷先輩の送り迎えなどについて考えていると、



「ふふっ、そこで俺の出番だね。良ければ俺が上屋敷先輩を送るよ」



 いつの間にやら復活していたスケベ太郎が上屋敷先輩の方に爽やかな笑顔を向けていた。



「いや、スケ……助平すけひら君。ちょっと君に任せるのは――」

「うるせえこのハーレム鈍感系主人公。口を挟むな呪うぞ」

「あれぇ!?」


 今までの表面上だけは紳士的なスケベ太郎の仮面が今一気にはがれたよ!? どうして!? それと誰がハーレム鈍感系主人公だ!! 僕はどっちかって言うとハーレム鈍感系主人公と教室で一言二言だけ話して消えるモブだ!!



「上屋敷先輩。俺があなたをめくるめく官能の世界に送って差し上げますよ」

「……うーん、ヤダ」

「あはははは、そんなに照れなくてもいいんですよ?」

「? なんで照れるの?」

「そんな……俺みたいなモテ要素を多く持ったイケメンに誘われる事に緊張するのは当然かもしれませんけど――」

「イケ……メン?」

「……少し傷つきました。なので上屋敷先輩……」

「なに?」

「その豊満なボディで俺を一晩中ベッドの上で慰めてくださいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」



 スケベ太郎は何の躊躇いもなく、

 上屋敷先輩に向けて土下座し、

 最低な頼みごとをしていた。



「「「うわー、引くわー」」」

「最低。死ねばいいのに……」



 その行動にドン引きする他の女性陣。

 かくいう僕もこれはさすがに少し引く。

 いやまぁ、ここまで自分に正直に生きてるスケベ太郎は逆に凄いとも思うけどさ……。

 方向性が……ね?



「頼みます! 靴の裏でも体中でもなんでも舐めるんで!」



 前者のはともかく、後者はただの願望なんじゃないだろうか?



「………………」



 上屋敷先輩は答えない。

 てっきり即断ると思っていたのに……もしかして迷っているんだろうか?

 さすがに口を挟ませてもらおう。


「あのぅ、上屋敷先輩。こんなの悩むまでもないと――」

「うるせえこのハーレム野郎! 俺の童貞喪失の機会を奪うというなら……貴様をコロス!!」

「あ、うん。ごめんなさい」


 親の仇でも見るような目でスケベ太郎に睨みつけられ、思わず引いてしまう僕。いや、でもあれは駄目だ。アレは冗談でもなんでもなく、るつもりの目だった……。恐るべきエロへの執念だ。



「上屋敷先輩! 返事がないという事はOKだと思っても――」

「zzzzzzzzzzzz」

「……先輩?」

「むにゃむにゃ……もう……食べられない……」


 寝息をたてながら超定番な寝言をこぼす上屋敷先輩。どうやら立ったまま眠ってしまったらしい。なんか無駄に器用だなこの人……。


 上屋敷先輩に相手にもされていないと知ったスケベ太郎は言葉を失い、土下座の姿勢のまま固まっている。

 さすがに落ち込んだか……。



 ――と思ったのだが、



「よし、今ならヤれるな」



 などととんでもない事を言っておもむろにズボンのベルトに手をかけた!?



「どこまで最低なんだお前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「ひげぷっ!!」



 さすがに黙ってみていられなくなった僕はスケベ太郎の後頭部目掛けて蹴りを一発入れる。

 そうするとスケベ太郎は変な声を上げながら倒れこんだ。

 全く……いくらなんでも法に触れるようなことはダメでしょ……。



「な、なにをするだぁ貴様ぁ!」



 と、地面に倒れこんだスケベ太郎はすぐさま起き上がって僕に掴みかかってきた。いや、それはいいんだけど外れかけのベルトは直そうよ。なんか別の意味で怖い。



「むしろスケベ太郎こそ、無抵抗の上屋敷先輩相手に何をしようとしてた!? そしてちゃんとベルトを着けろぉぉ!!」

「誰がスケベ太郎だ! 今更そんな風に褒めても遅いんだよ。俺の童貞卒業の機会を邪魔した事……万死に値する!!」

「褒めてないんだけど!? ってそんなのはいいからベルトをきちんと締めろぉぉぉ!!」


 取っ組み合いになる僕とスケベ太郎。適当に転ばせようと思ったのだが……こいつ、地味にやるなぁ!



「うるさぁい! お前みたいに無自覚に周りに美少女配置できるような人間ばっかりじゃねぇんだよぉ! お前はやろうと思えばすぐにでも童貞さんとおさらばできるかもだけどなぁ! 俺は……俺は……こんなに努力してるのに童貞さんと別れられねぇんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!! うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん」

「知らねえよ!?」


 その場にくずおれてガチ泣きするスケベ太郎。なんというか……哀れだ。ただただひたすら哀れだ。もう怒る気も失せてくる。



「ホント……男って最低。死ねばいいのに」

「ぐほぁっ」



 そんなガチ泣きするスケベ太郎に対しても言葉のナイフを投げつける篠原さん。あの……もしかしてその最低男っていうのに僕も入ってたりするんですかね? 僕のメンタルもぼろぼろになりそうなんですけど……。


「まぁまぁ、篠原先輩もそこまで言わないであげてくださいよ。男の人は色々大変だって聞きますから。私たちには理解できないなにかが男の人にはあるんですよきっと」


 言葉のナイフを投げつける篠原さんに対し、フォローを欠かさない陽菜。だけど僕をスケベ太郎と同じカテゴリーに入れるのは止めてくれないかな。心外だから。


 そんな陽菜の言葉にまたもや復活するスケベ太郎。

 奴は勢いよく立ち上がり、


「分かってくれるのかい陽菜ちゃん。これから時間ある? あるなら俺のどうて――」

「あ、それはお断りしまーす」

「………………」


 またもや崩れ落ちるスケベ太郎。こいつの頭の中には『性』に関する事しかないようだ。


「まぁ、そんなスケベ先輩に上屋敷先輩の送り迎えをお願いするわけにはいかないので……バッキー先輩。上屋敷先輩の送り迎えお願いしまーす」


 どうやら陽菜の中で助平与太郎はスケベ先輩呼びで定着したらしい。……ってちょっと待て。


「へ? いや、ちょっと待ってよ!? 確かにスケベ太郎に上屋敷先輩の送り迎えをさせるわけにはいかないっていうのは分かるけどさ!? だからってなんで僕になるの!?」

「あれ? バッキー先輩。まさか女の子の送り迎えを女の子にさせるつもりだったんですか? 上屋敷先輩を家まで送るとなると遅い時間になっちゃいますよね? そのあと、送り迎えを担当した人はその遅い時間の中、一人で帰る事になりますよね? バッキー先輩は女の子に夜の遅い時間を一人で出歩かせるんですかー?」

「ぐぬぅ」


 正論だ。ぐぅの音も出ない完璧な正論だった。


「それにバッキー先輩ってバイトもしてないですし、さくらちゃんが家事をしているんですよね? だったら時間だってあるはずじゃないですか」

「いや、僕にも色々と予定くらい……」

「予定って……どうせ読書やら一人映画鑑賞とかそんなんでしょう?」


 なんて言いぐさだ。馬鹿にするにも程がある。

 ここは言い返しておく必要があるだろう。 

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