第四章 ブヒる姫と文化的生活

ブヒる姫、怒る。でもやっぱりブヒる

 二者面談から、音更さんが戻ってきた。

 教室の扉をガンと乱暴に開ける。

 生徒指導の直後に問題が生じたらしく、両親まで来た始末だという。

 着席して早々わざとらしくため息をついて、苛立ちを隠そうともしなかった。


「いったいどうしたんだ、音更さん?」


 他の生徒も、音更さんには近づけない。




「担任とモメたらしいぜ」


 昼食の時、進藤がそう教えてくれた。


 誰にでも気さくな音更さんが、いったいどうして?


「聞いた話だと、『高校に進学しない』って宣言したらしい。それで、親呼び出しになったそうだ」

「なんだって!?」


 でも、心当たりはある。


 俺は、図書館の一幕を思い出していた。図鑑を熱心に読みふけっていた音更さんを。


 音更さんは俺たちより、将来を見据えているように感じたのだ。一歩二歩はるか先の。俺たちの見せている世界と音更さんの見ている場所は、まるで違うのかもしれない。


 俺たちが普通に歩んでいる道は、彼女にとって退屈なのかも。


 終わりのHRで、皆が文化祭の出し物を決めているときも、音更さんはずっと窓の向こうを見ていた。


 結局、文化祭は『じゃがバターの屋台』に決まる。




 部活でも、音更さんの機嫌は直っていなかった。


 さすがに俺たちにまで当たりちらすなんてコトはない。しかし、話しかけるなというオーラが充満していた。


 ミミちゃんが声をかけたがっている。しかし、そんな空気ではない。音更さんの目の前にお菓子をそっと置くだけに留めた。


 しかし、音更さんは手を付けない。


「いらないなら、もらうねー」


 場の雰囲気を和ませようと、俺はお菓子に手を伸ばす。


「うん。このせんべいうまい。どこのメーカーだ?」


 バリボリと大げさに、せんべいを食う様を音更さんに見せつける。


「きのう食べたヤツの残りですよぉ」

「そうだっけ? ああ、そうだったそうだった」


 袋を裏返して、メーカーを確認した。


「棗、ムリだ」と進藤が小声で俺に告げる。


「ああもうっ!」


 頭を掻きむしり、音更さんは立ち上がった。


「ゴメン。雰囲気悪いよね。帰る」


 カバンを振り回すように担ぎ、音更さんは帰ろうとする。


 俺もあきらめない。どうにか、機嫌を取り戻して欲しかった。どうせ、家でも両親とケンカするんだろ? そんなの辛いよ。


 何か手はないものか……そうだ。


「待って、音更さん!」


 俺は、部室のドアの前に立つ。


「ウチでも、文化祭の出し物を決めようぜ!」


 音更さんは、一瞬呆気にとられていた。だが、すぐにまたムスッとする。


「……そんなの、みんなで決めればいいじゃんっ。今の私に聞いても、楽しいモノは作れる自信ない」

「ダメだ。部長がいないと始まらないって」

「じゃあ聞くけど、みんなは何がしたいの?」


 音更さんのひと言が出た後、俺たちは円陣を組んだ。音更さんが、一番引っかかりそうなワードを伝えて、口裏を合わせる。




「せーのっ、『映画』!」




 全員で、声を揃えた。


「映画? この部で撮るの?」

「そうだよ。五分くらいのムービーでいいんじゃねえか? 効果音はぜーんぶ、音更さんにお願いしたいです!」


 進藤に続いて、ミミちゃんが伝える。


「沙和ちゃん先輩の本領発揮!」


 音更さんが呆れかえった。


「映像技術とか、どうすんの? 私たち素人だよ?」

「それは、映研と共同で作るんだ」


 映研の出す映画に、俺たちの作った効果音を載せる。


 そう説得してみた。


「悪くないかもね」

「やったー。沙和ちゃん先輩の機嫌が直った!」


 ミミちゃんがバンザイすると、音更さんは苦笑いしつつも、まんざらでもない顔をする。



 ようやく、音更さんが復活したみたい。



 だがこのとき、俺は夢にも思わなかった。

 まさか俺と音更さんが、あんなことになるとは……。

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