第5話 救われた者と救われなかった者


「そんな・・・・・・人攫いっ!?」




 知人が行方不明に、しかも最近子供が攫われる事件が増えてるって・・・・・・。


 もし私が見つけられなかったら待ち受ける最悪の結末はきっと。きっと。




「う、うああ・・・・・・」




 死、考えずとも容易に弾き出た結論に私は情けなくも嗚咽を漏らすのみでユイさんを救い出す具体的な方法も考える事もなく、ユイさんのおじいさんを落ち着かせる事も励ます事もせずにその場にただ硬直するだけの無能と化しました。




「レミ少し落ち着いて? おじいさんも、ユイちゃんは私が無事で連れ帰るから。そう天使の名にかけて!」




 その場の空気を一変させたのは意外、とは思いませんがエリルの一言でした。


 もう既に無事ではないかもしれないのによくもまあそんな無責任な発言をと、卑屈になってしまう自分に嫌気が差しつつも、動じない存在が居てくれることに安心感も覚えもしました。




「レミ、確か千里眼得意だったよね?」




「得意ですけどアレを使うにはユイさんが最近触れたものがないと・・・・・・」




 言いかけた途中で「あ」と自分の手の平に目をやりました。




 触れてる。




 千里眼とは簡潔に説明すると見通す力。失踪した方が触れていた近しい物から気を感じ取り居場所を探知する能力です。




 そしてユイさんが私をエリルの元まで案内して下さった時、確かに手を引いてくれていました。触れていました。




「千里眼の条件、バッチリです。いきます」




「んっ! レミ、ファイト!」




 全身の神経を手の平に集中させて、ユイさんの気を感じ取る。今は募る焦燥感を全て投げ捨てて。




「ユイさんの居場所、少し遠くの教会です。今は無事のようですが一刻を争います」




 無事と聞いて幾分かは落ち着いたおじいさんに構う暇もなく「いきますよ!」とエリルの腕を掴み、人目を憚らずに思い切り羽を広げて私だけが場所を知ってる教会に、風が髪や服を乱しても最高速度で闇夜を飛びました。




 その日の夜風は暗く、冷たく、まるで私たちの不安を煽るかのように不気味に吹き荒れていました。 




「見えました。あの教会です」




「アレか、とっととユイちゃん奪い返すか!」




 飛び始めてから数分後、千里眼で見通した教会の目の前まで辿り着きました。




 私がエリルに目をやると「早く行こうよ!」的な視線を向けられてました。


 正直誘拐犯の元へ行くんですから怖いし足が震えます。でもエリルが居てくれるだけで 少し、やれる気がしてきます。




「扉、開けますよ?」




「うん、開けちゃって」




 魔法で教会の鍵を外して、思い切り扉を開けました。バンっと大きな音が辺りに響き渡ります。




「え、あ・・・・・・ユイさん!?」




 私達の視線の先には縄で縛られて長椅子に横たわっているユイさんがいました。ご丁寧に口枷までしてあります。何処ぞのクソ野郎の仕業でしょうか。




「きつく縛られてる、ユイちゃん痛かったでしょ」




「んん、天使様!? 助けに来てくれたの!?」




 せっせと縄を解くエリル、ユイさん視点で憧れの天使様が助けに来てくれた的な感じでしょうか。一応私も天使なんですがね。




 口枷の外れたユイさんは目を白黒させて驚いています。そんなに大きな声を出してもし犯人が気付いたら・・・・・・。




「お前たち、何をしている」




「え」




 背後から声が聞こえて振り返ると神父でしょうか。聖職者の衣装を見に纏った男が聖剣を振り下ろしてきました。 




 私目掛けて振り下ろされた剣に全く反応することが出来ずに、エリルがとっさに放った魔力の障壁でなんとか一命を取り留めました。殺されかけた恐怖をなんとか堪えてユイさんの手を取り犯人から距離を取りました。




「貴方がユイさんを拐った犯人で間違いないみたいですね」




「他人の楽しみを奪るのはよくないな。夜までその子を生かしておいた意味がない」




「最近人攫いが多くなっているそうですが、全て貴方の行いと見てもよろしいですか?」




 男は「ええ、どうぞご勝手に?」と気味の悪い薄ら笑いを浮かべました。正直ゾッとしたのですが怯んだ様子は相手に付け入る隙を与えるので、これもグッと堪えます。




「ねえ君! この子をどうする気だったの?」




「夜、精神に更に乱れが出てきたところを、少し遊んで神への供物にする」




「遊ぶ? 神への供物? 私バカだから分からないな」




 周りくどいと言うか、濁すと言うか意味不明な物言いにエリルは首を傾げています。




「個人的に楽しんで、最後は散ってもらうんだよ!」




 男は反吐の出るような下衆な面持ちになり、再び聖剣を振りかざしてきました。




 もう少し事情を聞きたかったのですが、話し合いをする気はないようですね。先程は完全に不意を突かれましたが、相手は人間、まともに戦えば負けるわけがありません。




「一度その剣を置いてもらいます! エリルはユイさんを!」




「任せて! レミも気を抜かないで!」




 魔力の障壁で剣を防ぎ、尻目にエリルがユイさんの側にいるのを確かめると、天使の輪で男の身体を締め上げ、あっさり無力化させました。




「くそ! こんな何処の馬の骨かも分からないやつに!」




「馬の骨じゃなくて天使です。聖職者の貴方が人攫いとは意外ですね』




「この街は信仰心の強い街だ、聖職者への信頼も厚い。人攫いが起きてもまず疑われることはないと思ったからなっただけだ」




 案外語ってくれるものですね。あと、計画犯のようですね。意外と喋ってくれそうなので色々と質問しますか。




「拐った他の子供たちは?」




「死んだよ。その子を除いてな」




 簡単に最悪の答えを返してくる事への苛立ちと回答への絶望を感じました。




「その子も死ぬはずだったんだけどね」




 余計な一言を、ユイさんが震え上がっているのを視界の端で感じました。どちらにせよこの男は人間の規則で罰せられ、地獄へ行くでしょう。なら。




「最後にききます、何故このような事を」




「俺が小さい頃、当時の父親にいつも母親が罵声を浴びせられて、殴られていた。初めは周りの人間も助けてくれようとしたが、次第に周りから人が消えて結局誰も助けてくれなくなっていた」




 私達は黙って男の次の言葉を待ちました。何となく、彼からは同情を誘う気はあまり感じられませんでした。




「結局母親は血を見ることになった。父親は精神障害と認定され今ものうのうと生きている」  




「別に同情を誘う気はない、ただ俺は子供心に父親を見て思った。他人の一生を好き勝手に支配するのは楽しいだろうなと」




 ただ、自分も同じ思いをしたかっただけだと、だから抵抗する力の無い者を拐って、痛めつけてから・・・・・・。  




 「そうですか、最後に貴方の胸の内を聞けて良かったです。残念ながらもうお時間ですが」




 この教会に来る前、事前にテレパシーでユイさんのおじいさんにここの場所をお伝えし、犯罪撲滅組織、確かエリスにここまで来るようにとお願いしていました。




 どうやら外が騒がしいので到着したみたいですね。




 結局、男の身柄はエリスの人達に厳重に確保され、状況説明は「レミだとコミュ障拗らせるから」とエリルがしてくれました。は?図星やめろ下さい。




 まあ私にもまだ大事な用が残っていますし。




 前回、私が出来なかったこと。事件は解決しても心の中が晴れるとは決して限りません。なので寄り添うことが大切なんだと学びました。




 私はそっと放心状態のユイさんに近付き、していいのか戸惑いながらもユイさんを優しく抱き締めました。




「え・・・・・・?」




「怖かった、ですよね」  




 ユイさんが戸惑っているのを感じましたが、お構いなしに抱き締めながら「もう大丈夫です」「明日からはいつも通りの日常ですよ」と思いつく限りに慰めの言葉をかけました。




「うん、怖かった、うん・・・・・・うあああん!」




「・・・・・・ユイさんが無事で良かったです」




 突然我慢していたであろう感情が、溢れ出す様に大きな声で泣き出すユイさんを抱き締めながら慰めの言葉を掛け続けました。どれくらいの時間そうしていたでしょうか、エリルが長丁場の状況説明を終えてこちらに戻って来るとユイさんは私から離れてしまいました。




 憧れの天使様に泣いている所をみられるのが恥ずかしい様子で頬を染めています。気付いてください、正体は芯の強いただのバカですよ。 




「あれ、ユイちゃんどうしたの? あ、レミ無事終わったよ」  




「お疲れ様です。エリルのせいですよ」




「え、なんで!?」




「私の為に争わないでないで!」




 ユイさんが意味不明なことを言って割り込んできました。思わず一瞬「は?」と顔に出してしまいましたが、から元気を出せる様になっただけでも一安心です。回復早。




 エリスの方々からユイさんを家まで送ると言われましたが、ユイさん自身が私の袖を掴んで離さなかったので、私とエリルで家まで送る事になりました。




 ユイさんに案内されるがまま、家まで送り届けるとおじいさんが慌てて飛び出してきました、それに呼応する様にユイさんもおじいさんに飛び付き、大きな声で泣き出しました。二人を見て無事再開できて心から良かったと思います。




 暫く無言で二人を眺めていると、落ち着いたのか私達に何度もお礼を言い始めました。




「この子が無事で、なんとお礼を言えばいいか」




「気にしないで良いよ! 天使として当たり前の事をしただけだよ」 




 誇らしげに胸を張るエリル、私には張る胸が無いのでやめておきました。あ、なんかイライラしてきました。




 一人でに苛立っているとユイさんたちはまた後日お礼をすると、家に入ろうとしていました。




「この度は本当にありがとうございました。」




何度も頭を下げているおじいさん。




「あのね! 私天使様のことはずっと好きだったんだけど、レミお姉ちゃんも優しくて大好き!」 




 そう言って二人は家の中に入っていきました。「え、お姉ちゃん?」と首を傾げていると隣でエリルが「良かったじゃん」と小突いてきました。まあ、良かったのかもしれません。




私達も帰路につく頃、ふと犯人の事を考えました。叶わぬ願いですがもし今の私が彼の幼い頃に出会っていたら、歪んだ家庭環境の彼を見て、ユイさん同様強く抱き締めてあげられたんじゃないかと。




 考えるだけ無駄でしょうか。ただ、一人の救われなかった人間がいたのは変わらぬ事実です。

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