第2話 妻、はじめてのおつかい

 僕の妻は悪の組織の大幹部であるが、妻は僕にそれを隠している。

 と言うより、僕は一方的に妻の正体を知っているだけだ。


 妻との出会いは、1年前のある日僕が会社員として戦闘からの避難に遅れ、壁に押し潰されそうになった所を大幹部姿の妻に助けられたのが出会いだ。

 妻は覚えてないと思うが、僕にとって妻は命の恩人なのだ。


 その時少しだけ会話をして、妻はすぐに立ち去ってしまうが数日後、その声と背丈が同じ女性に遭遇して声を掛けてたのだ。

 その後彼女であると確信し、話す中で性格や姿に一目ぼれして猛アタック。

 妻が折れる形で付き合い始めたのだ。


 彼女は、正体を隠していたが、僕は正体を知りつつもそれを含めて彼女を支えたい、ただ一緒にいたいと思い付き合い続けて、遂にゴールインしたのだ。

 ちなみに僕は、会社の破壊や戦闘に巻き込まれたので大きな手当を貰い、たまにパートをし彼女との生活を送っている。

 そんな妻に僕は夕飯を食べつつ、あるお願いをした。


「エリナ、明日おつかいお願いしてもいい?」

「ふぇ? ほつかい?」


 妻は僕の作った夕飯を口いっぱいに頬張りつつも、すぐに飲み込み聞き返してきた。

 あ~可愛いな~僕より1つ年上だけでもなんて可愛い姿なんだろう。

 妻は何でもこなせる悪の大幹部として働き、仕事ができる女性だが、家ではお茶目な一面などとギャップが凄いある。

 そんな所が可愛くずっと見ていたくなるが、すぐにもう一度おつかいの件を話すと、妻は箸を置いた。


「任せてよ! いつも美味しいご飯とか、家事とか全部やってもらってるしさ!」


 妻は片手で自分の胸を軽く叩き、自信満々に意気込む。

 う~ん! そんな張り切る姿もいい!


「それじゃ、お願いするよ。詳しくは、また明日話そう。今日も仕事で疲れてるだろうし、ご飯食べたらお風呂に入っておいでよ」

「いつも悪いね、俊平。でも明日は任せて! たまには俊平の役にも立ちたいからさ」


 すると妻は残っていた夕飯をペロッと食べ、食器を台所へと持っていく。


「今日は私が皿洗いするから、俊平も食べ終わったら置いといていいからね。それじゃ、私はお風呂入って来るから」


 そう言い残し、少し鼻歌交じりにお風呂場へと向かって行った。

 僕は妻に聞こえる様に「ありがとう」と少し大きめの声で言い、残りの夕飯を食べ食器は言われた通り台所に置いた。

 そしてリビングに戻る途中で、妻が持って帰って来たバックに目が止まった。

 バックから布の様な物がはみ出ていたので、ハンカチかと思い後で洗濯物に入れておこうと僕は手を伸ばした。

 だが、それを掴み引っ張り出すとそれはハンカチではなく、妻が悪の大幹部としていつも身に付けている衣服の一部であった。


「あー……これはマズいな。戻しておこう」


 僕はそっとその布をバックへと戻す。

 何故それが妻が身に付けている物だと分かったかと言うと、ちょうどその布に悪の組織のマークが刻まれていたからである。

 また、布をバックに戻す時に中身がチラッと見えてしまったが、そこには同じように悪の大幹部としていつも付けている仮面や衣服の一部や髪留めが、ボロボロの状態で入っていた。


 たぶんこれ、今日の戦闘で使えなくなったやつかな? 確かテレビでブルーとイエローと戦った的な事を言ってたよな。

 悪の組織と戦うヒーローはそれぞれ特徴的な色の名前で呼ばれている。

 詳しくは僕には分からないけど、彼らも今はどこかで同じ様な時間を過ごしている人であると僕は思う。

 僕はそっと妻のバックを元に戻し、リビングでテレビを見て明日のおつかいの事を考えだした。


 その後は、お風呂から出た妻から仕事の愚痴を聞き、一緒にテレビを見て笑いその日は就寝した。

 そして次の日。

 僕は朝食の準備を終え、まだ寝ている妻に声を掛けるが、熟睡しているのか反応がなかった。

 なので僕は、寝ている妻に近付き優しく声を掛けると、「う~」とか「あ~」とか寝ボケた感じで口に出した。


「ほらエリナ、もう朝だよ。起きて~」

「ん~……俊平? ……う~ん、後少しだけ~」


 妻は寝ボケた顔で、僕の顔を見て名前を呼ぶもいつもの様に二度寝をし始めたので、僕は布団を一気に剥ぎ取った。

 見て分かる通り、妻は朝に弱い。

 なので僕は心を鬼にして妻を強制的にいつも起こしているのだ。

 その後、寝癖のまま駄々を捏ねる妻を起こし顔を洗わせ、共に朝食を食べた。


「よ~し! 今日は俊平のおつかいをやるぞー!」


 意気込む妻の姿は、どこか犬の様な感じがし愛おしい目で見つめていた。


「それで俊平、おつかいは何をするの? 何でも言って」

「それじゃ、これを買って来てくれる?」


 僕はメモ書きの紙を妻に渡し、エコバックを持たせ張り切る妻を送り出した。

 僕は直ぐに着替えて、妻の後をバレない様に追いかけた。

 その姿は、はじめて子供におつかいを行かせて見守る親である。


 その後妻は無事に商店街に着き、お店へ向かっていた。

 さすがに心配し過ぎたかな? 彼女も1年はこの地域にいるし、多少分からない事があれば携帯で聞いて来るよね?


 行きつけのお店やいつも会う人は、妻に声を掛けたりしていた。

 妻は少し戸惑いながらも挨拶を返していたりしていた。

 僕は心配して付いて来たが、妻の姿から大丈夫だろうと思い家へと帰ろうとしたが、近くの店で誰かが何かを言い合っているのが聞こえて来た。


「だから、私は落としてないって!」

「お前が当たってうちの商品落としたんだろうが!」

「ですから、それは」


 そこでは、綺麗な金髪姿の社会人と店主のおじさんが口論をしていた。

 僕はその店主のおじさんと知り合いだったので、声を掛け事情を聞くと彼女が店の棚に置いてあった物を落としたから弁償を追求するも彼女はやっていないので口論となったらしい。

 しかも彼女は何やら急いでいる様子であった。


「おじさん、その分は僕が払うよ。いつもおじさんには良くしてもらってるし、そのお返しって事で」

「いや、俊平兄ちゃんから貰わなくても」


 そう言うおじさんに僕は強引にお金を手渡し、彼女の背中を押す形でその場から一緒に立ち去り、少しお店から離れた所で、彼女から手を離した。


「大丈夫だった? お金の事なら気にしなくていいから。それより、何か急いでたんでしょ?」

「ありがとうございます。今回の件は後日必ず。それより、もしかして風谷先輩ですか?」

「えっ……あっ、もしかして君、泉ちゃん?」


 すると彼女は物凄くいい笑顔で、僕に「はい!」と言い返してきた。

 彼女は、浅黄泉あさぎいずみで僕の大学時代の後輩で今は普通に社会人だったかな? にしても、髪色が名前通り黄色くなっていて気付かなかった。

 もしかしてグレた? いや、さすがにそれはないか。

 僕は久しぶりの後輩に嬉しくなったが、まずは髪の色について訊いた。

 すると彼女は、髪をいじりながら「やっぱり、変……ですよね?」と少し俯きながら話してきた。


「そう? 僕は綺麗な髪だと思うし、似合ってると思うよ。少し驚いたけどね」

「っ、風谷先輩……」


 と次の瞬間、彼女が腕に付けていた時計が突然光だし、声が聞こえてくる。

 その声に彼女は受け答えをする。

 僕は黙って彼女の時計を見ていると、そのマークがテレビでやっていたヒーローのマークだと気付く。

 また話している内容から、彼女が世間で戦うヒーローの1人であると分かってしまう。


「もしかして、泉ちゃんて……」


 僕は思っていた事を口に出してしまうと、彼女はぐいっと僕に近付いて来た。


「風谷先輩。この事は秘密にして下さい」

「も、もちろん」


 僕が小声で答えると、彼女は安堵の息をついた。

 どうやら正体がバレるのは組織的に良くない事らしい、まぁ僕の妻の正体もバレると大変なのと同じか。


「あっ、先輩って今はこの辺で暮らしてるんですか?」

「うん。もしかして泉ちゃんもこの辺? そしたら、意外とご近所だね」

「そうなんです! あの、よかったら……」


 とそこに突然、青髪が特徴の青年が現れる。


「いた泉! 何してんだ、行くぞ!」


 すると青年は彼女の腕を掴み、走り出す。


「えっ、ちょっとまっ……先輩! また今度!」

「お、おう。またな……にしても、今の青髪は泉ちゃんと幼馴染だった青石あおいしだよな?」


 僕はふとそんな事を思っていると、突然携帯が鳴りだしたので直ぐに見ると妻からの電話であった。


「どうしたのエリナ? 何かあった?」

「えっと……その、ごめん! 急に仕事の電話で呼び出されて……私は休みだし断ったんだけど、その……来ないと貴方が……」


 最後の方は聞き取れなかったが、多分何かしら弱みを言われてボスにでも呼び出されたのだろうと、僕はそう解釈した。

 僕は申し訳なさそうにする妻に声を掛けた。


「気にしないで。急用なんでしょ? 君の力が必要としているんだから、行ってあげなよ」

「俊平……うん! 直ぐに終わらせて帰るから、待ってて!」

「分かった。おつかいの方はいいから、早く行きな」

「本当にごめんね、俊平。本当に、直ぐに片づけて帰って来るから! もう本当にすぐだから」

「分かった、分かった。気をつけてね、エリナ」

「うん、行ってくるね俊平」


 そう言って電話が切れた数分後、携帯のメッセージに妻からごめんねの絵柄スタンプが送られてきた。


「気にしなくていいって言ったのに」


 僕は、スタンプを返して再び商店街の方へと足を向けた。

 そしてその日の夕方、妻は少しボロボロになった状態で帰って来た。

 あ~やられちゃったのかな? でも、無事に帰って来てくれて良かった。

 その日は夕飯を食べ、お酒も一緒に飲むと妻は酔っぱらってしまい今日の愚痴を言い出し、僕は頷きながらそれを聞き寝落ちしてしまった妻を布団に運んだ。


「今日もお疲れ様、ゆっくり休んでね」


 妻の頭を優しく撫でると、妻は安心した寝顔をした。

 はじめてのおつかいは、途中で終わっちゃったけど妻の新しい一面が見れて良かった。

 そうしてまた、僕と妻の何気ない1日が終わるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る