裏舞台 付き人のメイドより

お嬢様の様子がおかしい

 


 今日は夜会。なので私はお嬢様の付きメイドとして王宮に来ています。


 ここのところ、王宮内がきな臭いのでお嬢様はこの夜会の出席を本当は断りたかったらしいのですが、残念なことに今回の夜会の主催者がお嬢様の婚約者である王子様だったために断るに断れなかったようです。


 私はお嬢様が待機されている客室の前に立ち、入室して良いかの確認のためにノックと声を掛けます。


「お嬢様。ご支度は済まれていらっしゃいますか?」


 中から声が聞こえました。あまりよく聞こえませんでしたが、お嬢様は駄目な時は駄目とはっきり言う方なのでたぶん入っても大丈夫でしょう。


 客室の中に入ります。お嬢様は…ソファの所に居ますね。

 む、御髪が乱れています。まさか今まで寝ていたのではないでしょうね? 最近は特にお疲れな様子だったので、おかしなことではないでしょうけど、この場でうたた寝をしているのはよくありません。

 とりあえずお嬢様のドレスを確認します。跡が付いていては恥ずかしいですからね。


「ドレスの方は問題ないようですね。ですが、お嬢様。うたた寝していましたね? 御髪が乱れておりますよ?」


 私はそう言いつつ、持ってきた荷物から大き目の手鏡を取り出してお嬢様に渡しました。

 まあ、必要は無いでしょうけれど、お嬢様の御髪がどうなっているのか自身で確認してもらいましょう。


 さて、お嬢様が鏡で自身の御髪を確認している間にそれを整えるための道具を用意していきましょうか。


 お嬢様の御髪は少し癖があるので少々整えるのに手間がかかります。お付きになった当初は本当に慣れておらずだいぶ時間がかかったものです。今ではそれほど時間はかかりませんけれどね。


 そして、その用意が終わったのでお嬢様の元に向かうと何やら鏡を覗き込んで驚いたような表情をしています。どうしたのでしょうか? いくら御髪が乱れたからってここまで驚いた表情をするような方ではないのですが。


「どうなさいましたか? 何やら驚かれているようでしたが」

「あ、いえ。何でもないわ。気にしないでくださいませ」


 おや? 何やらいつもとは雰囲気が異なる気がします。いつもならもう少し落ち着いた雰囲気の方なのですけれど。


「本当に大丈夫でしょうか。何やらいつもと雰囲気が違うように感じられますが」

「大丈夫よ。髪の方、直してもらっていいかしら?」

「はぁ、わかりました。何かあったら言ってくださいね」


 やはり、少しおかしい様な気がします。ですが、大丈夫と言うのならそれに従いましょう。私はあくまでメイドであって世話係ではないのですからね。



 お嬢様の御髪を整え終えたところで、私は何時もなら居るはずの人物がこの場に来ていないことに気付きました。


「そういえば、グレテリウス王子の姿が見えませんがどうしたのでしょう。夜会の時は何時もお出迎えに来られておりましたのに」


 部屋の中を見渡しても王子が居たような形跡は見当たりません。これも何時もとは違いますね。お嬢様の態度がおかしいのと王子様が来ていないと言うのは何か関りがあるのでしょうか?


 とは言え、何時までも王子様が来るまで待っているわけにはいきませんね。私はメイド服のポケットに入れていた時計を取り出し、現在の時間を確認しました。

 ああ、そろそろ移動しないと夜会の挨拶に間に合いませんね。


 もう少ししたら時間であるとお嬢様に伝え、お嬢様のドレスの最終確認を済ませます。そして準備が整ったところで夜会の会場に向かうことになりました。



 暫く廊下を歩いたところで夜会の会場の入り口に着きました。そして嬢様の方に向き直り、いつも通り直ぐに会場に入って行かないお嬢様に対して、会釈をしながら会場に入るように促した。


「では、お嬢様。行ってらっしゃいませ」

「ええ、行ってくるわ。ああ、でももう少しここに居てくれる? 何となく嫌な予感がするのよ」

「え? あ…いえ、了解しました」


 何時もだったら不安そうな表情で入って行かれるのに、今日はどうして覚悟を決めたような表情で入って行かれたのでしょうか? それに少しここに居て欲しいということは、すぐに出て来るということなのでしょうか?


 どういう意図であんなことを言ったのかはわかりませんが、お嬢様に言われた通り会場の出入り口の近くで待機することにしましょう。

 でも、どうして嫌な予感がすると言ったのかしら。それにいつもだったらすぐに出て来ることが決まっていても、待っていてなんて言わないのに。


 ん? 他のメイドですか。今ここを通ると言うことはどこかの家に所属しているメイドでしょう。


 って、ちょっと!? 目の前を通り過ぎた時に、何か笑われたのだけど!? はぁ? 何様のつもりだ、こいつ? 私は公爵家のメイドなのよ? それに私も伯爵家の出なんですよ!


 と言うことで、とりあえず小ばかにした表情をして鼻で笑って差し上げましょう。おっと、思いの外大き目の音が出てしまいました。


 む、さすがに気付きますか。っと、おや? 何故こっちに戻って、文句でも言いに来る?ですが仕事は良いのでしょうか?


 明らかに怒った表情のメイドが近づいてくる。さすがにこのままでは拙いかも? そう思った瞬間に会場のドアが開き、中からお嬢様が出て来ました。

 あ…うん。同時に近づいて来ていたメイドは、いきなり開いて来たドアに顔面を打ち付けて倒れました。


 ざまぁ、とは思いますけど、これはさすがに同情します。と言うか、すぐに立ち上がってこないから、もしかして気絶している? まあ、その辺は私には関係ない事ですかね。


 とりあえず会場から出て来たお嬢様に声を掛けます。


「お嬢様。お早いお帰りでしたね。何かございましたか?」

「ええ。まあ、予想通りだったけどグレテリウス王子から婚約破棄の申し出があったわ」

「は? ええ? 何故そのような事に?」


 想定もしていなかった内容に動揺が口から洩れてしまいました。いえ、しかしどうしてそんな展開になったのでしょう。


「よくわからないけど、王子は真実の愛を見つけたそうよ」

「は?」


 真実の恋? 何ですかそれは。子供の頃によくある、妄想と言うか夢とか希望ではなく? 一端の王子が言う言葉ではないと思うのですが?


「とりあえず控室へ戻りましょう」

「あ、はい!」


 はっ!? 呆けている場合ではありませんね。とりあえず、お嬢様の言う通り一旦控室に戻りましょう。




 控室に着くまでに大分気持ちが落ち着きました。ですが、王子の婚約破棄発言は何かしらの行動はしないといけませんね。


 そもそもこの婚約は前国王とレフォンザム公爵様の間で取り纏められた物ですから、簡単に破棄できるものではありませんし。ただ、現王政の状態を考えるとこのまま話が進みそうです。


 それに、新興子爵の令嬢の色仕掛けを受け入れて、真実の愛って笑わせてくれますね。あの王子は。


「この話は旦那様に通しておかなくてはなりませんね」

「そうね。でもその内王族側から婚約破棄についての書面が届くと思うわ」

「そうでしょうね。この婚約は王族とレフォンザム公爵家との公式なやり取りで取り成ったものですから」


 ええ、どんな形であれ抗議は必要でしょう。なので、今回の夜会で起こったことは公爵様にしっかりと伝えなければなりません。


 と言うか、あの駄目王子はお嬢様のどこが気に入らなかったのか。ああ、もう。次に会ったら1回殴らないといけないかもしれません。

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