第17話 残る

 翌日、まだ微熱を残して目つきも虚ろなデューンを励ましながら、ドーレマは夢の内容を聞き出した。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 大学の倫理委員会により、フェイズⅠ臨床試験第1号として、レイヤの尊厳死実験が認められた。

 被験者のプライバシーと尊厳を守るという観点から、カプセル内の様子を観察することには異論も出されたが、あらゆるデータ収集が必要な実験であるため、仕方なくモニター用のカメラが取り付けられた。


 薬物ミストステップ2で、気持ちよさそうに眠りながら呼吸を止めるレイヤの頬を、ひとしずくの涙が伝った。

 最終兵器、薬物ミストステップ3により、カプセル内のすべてのものが分解され、カプセルそのものも消滅する。

 最後にモニターカメラが分解された。送られてきたデータだけが実験チームのコンピュータに残った。実験は大成功だった。


 一個の研究室による発明品の段階を超えて、全学プロジェクトとなっていた尊厳死カプセルだが、当の開発者であるグル・クリュソワは、開発中止を望んでいる。研究者人生のすべてを注ぎ込んできたプロジェクトだというのに、自ら積み上げてきた実績をごっそり塵芥に帰すことも厭わないとまで考えるようになった。

 齢を重ね、死に近づくにつれて、人が死ぬときのあれやこれやを想像すればするほど、疑問が増大していくのだ。

 しかしすでにプロジェクトはグルのコントロールが及ばないステージへ進行してしまった。


 臨終のとき、手を握っていたいと希望する大切な人がいる。安楽椅子に、旅立つ人の手を握る装置を加えるアイデアは、比較的初期の段階で実現可能だった。一番手を握っててほしい人の肌の感触とか、握り方、強さなどを再現することができた。

 ところが、それではダメだということがすぐにわかった。ステップ2の薬物ミストは、〈快〉の感覚だけを残して他のあらゆる感覚を麻痺させる。神様でなく、身近な誰かに手を握っててもらう感触は、想い出や淋しさなどの雑念を呼び起こし、心安らかな旅立ちの妨げになる、と結論づけられていた。

 遺される家族の方は、臨終の瞬間、手を握っててやることができないのだ。


 グル・クリュソワが泣いていた。自分の親が死んだときにも泣いていたが、こんな泣き方ではなかった。

 デューンは、薬物ミスト精製のヒントとなる化学反応式を、ネプチュン鳥島の故アルチュンドリャのノートから書き写してきたことを死ぬほど後悔する。

 尊厳死カプセルを最後の1ピースで完成に導いたのは、デューンの手柄だったはずなのに。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 それは〈予言の夢見〉で見た夢だったが、デューンの心に現実と同じダメージを残した。二日目は、普通に寝ても闇の砂嵐に魂を食われるような悪夢にうなされた。


 三日目には、ドーレマが車で送って行き、なんとか家へ帰したが、デューンは、夢を見るのが恐ろしくて眠れなくなっている。


 レイヤを男手だけでは介護しきれず、しばらくショートステイ先へ預けていた。グリンは育児のストレスも相まって、自分もどうにかなりそうな状態だったから、グルたちは、グリンを介護に巻き込まないようにしてやろうと決めていた。

 家にレイヤがいないことは、デューンの夢にリアリティを足すことにもなるけれど、逆に、レイヤがいたら、デューンの意識が混乱してしまうから、やはり今はいないほうがいいのかもしれない。


 夢は、デューンにとって心理的に〈事実〉となってしまった。

 デューンが夢の内容を語るというより、現実に経験した事実を語るようにその夢を語るのが、ドーレマには少し恐ろしかった。

 しかし、ドーレマは心を決めている。〈夢〉ではなく〈事実〉として、話を聞いてあげよう。デューンの心の苦しみを、一緒に引き受けよう。



「環境に優しい? 増えすぎた人類の土への循環を間引く? 人の尊厳ってなんだ?」


 グル・クリュソワはしばらく前から、精神科医の元へ通っている。人間の〈心〉の研究のためか、治療のためか・・・。デューンも、薬物ミスト精製を完成へ導く発見をしてきたけれど、心理的に限界だ。


 夢から復帰しきれていないデューンを、ドーレマは逃げずに真っ直ぐ受け止め、肉親を持つ人生の苦しみを知る。

 母親を亡くした悲しみは、モイラとじいちゃんを亡くしたときの自分の悲しみと同じだけれど、愛する人に死ぬ手段を与えてしまった苦しみは、想像を超える。



 ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘



 パトスじいちゃんの魂帰しから六年目のその日、グル・クリュソワ師匠がパトスの墓参りにやってきた。ちょうど墓地の清掃に回っていたドーレマと出会ってひとこま挨拶を交わし、ドーレマは、

「お茶でも」

 と、師匠をコンサバトリーへ誘った。


 大テーブルの端に陣取って長椅子に腰かける師匠の姿、なんだか久しぶりに見た。角を挟んでじいちゃんが腰かけてる光景が目に浮かぶ。

〈じいちゃんの席〉に心の中で微笑みを捧げて師匠にお茶を出し、ドーレマは師匠の横に座った。



「デューンに〈予言の夢見〉のまじない、かけた?」


 ぎくり!


 家族には内緒にしておきたいとデューンが言うから、契約書の連帯保証人の欄をヘーメラさんが偽造してくれた。けれど、呪術を受けた後のデューンの虚脱ぶりは誰が見ても尋常ではない。隠し通せるわけないか・・・。ここは潔く認めよう。


「ごめんなさい! デューンの魂を傷つけちゃいました・・」


 術を執り行なった呪術師の名を口外するのは守秘義務違反だし、自分も傍にいて関わっていたから、ドーレマは責任を引き受けるつもりで謝った。同時にその責任の重さが今更ながら心にずしりと迫ってくる。こんなにダメージが残る呪術だとは思わなかった。本当に可哀想なことをした。

 ドーレマはうつむきながら、ちょっと泣きそうになる。


「デューンはいま、魂の底から送られてくるヴィジョンと戦っているが、それはいずれ対峙しなくてはならない問題だ。キミも辛いだろうけど、見守ってやってほしい」


 叱られるかもと思ったのに、意外にも優しい言葉をかけられて、ますます泣きそうになる。

 師匠は泣きそうなドーレマの背中を、慰めるようにトントンする。変人錬金術師の生身のお父さんぶりが垣間見えて、ドーレマはなんだか温かい気持ちにもなる。

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